星ひとつ
ジングルベルが街に流れ始めるのは早いところではだいたい十一月半ばぐらいからで、要するになんと一カ月もの間クリスマスムードで街には浮かれた空気が漂い続けるわけだ。クリスマスは嫌いではないしむしろ大歓迎なくらいなのでいつから始めてもらっても構わないのだが。
買い物を終えて街から戻ると、しらゆき荘もなんだか様変わりしていた。薄暗いエントランスに入るとまず色紙で作った輪を連ねた色とりどりの鎖に引っかかった。天井から吊された鎖がさわさわと音を立てる。なんのトラップだこれは。
そして極めつけは、エントランスど真ん中にでーんと鎮座するクリスマスツリー。そこそこの身長はあるはずの自分と同じくらいなので、一八〇センチ近くはあるだろう。でかいツリーのせいでそれほど広くもないエントランスがさらに狭く感じる。
入るなり鎖に邪魔されたのでそれ以上足を踏み入れることがためらわれて入り口に突っ立っていると、ツリーの向こう側から山積みの箱が現れた。よろよろと箱が近づいてきたのでぎょっとして体を引く。
「あ、原田いいところに!」
箱がしゃべったのかと思ったが箱を持った菅原が声を発したらしかった。ツリーの飾りが入った箱なのか、所々からリボンの端が覗いている。
「なにやってんの」
無節操に垂れた鎖に引っかからないように身を屈めながら箱に押しつぶされそうな菅原に近寄り、箱をいくつか受け取る。
「ツリー飾るの。さっき朋さんが持ってきてくれたから」
箱の山を床に置いた菅原が振り返った先から、こちらも山のような荷物(でかいサンタの人形とかトナカイの被りものとか、要るのかそんなもの)を抱えた空人がよたよたと歩いてくるのが見えた。その後ろからこちらは身軽そうな長身――妹の朋晴だ。
「お疲れ、空人」
菅原の隣で耐えきれなくなったのか荷物を落とし、空人が大きく息を吐く。
「さっすが男の子、力持ちねえ」
「おまえも手伝ってやれよ……」
隣に並んだ妹が頬に手を当てて関心した様子で「だってわたし、か弱い女の子だもん」などとのたまうので半眼で睨んでおく。
「どうしたんだよ、こんなでかいツリー」
「実家にあったやつよ。もう誰も使わないし捨てるっていうからもらってきちゃった」
「え?」
そう言って朋晴はちらっとこちらに視線を向けてくる。「懐かしいでしょ」首を傾けて見上げてくる視線から逃げるように目をツリーに向ける。小柄な二人では手が届かないのか心持ち上のほうが寂しいツリーを見てなんとなく思い出した。
子どもの悠仁や朋晴にとってこのツリーは大きすぎて上のほうには手が届かず、いつも下のほうばかりごてごてと飾られていた。そして最後はいつも決まっててっぺんに付ける星の取り合いになる。
「わたしが星つけるっ」
「あっ、ずるい、ハル! おれもつけたいっ」
あらかた飾り付けが終わると、妹はてっぺんに飾る大きな星を持って早い者勝ちといわんばかりにツリーに突進した。あわててそれを追いかけて妹の手から星を引ったくって、でもまた取られてというのを繰り返してツリーの下でぴょんぴょんと飛び跳ねる。
台所からその様子を見ていた母が笑いながら「あんたたち二人ともてっぺん届かないでしょ」ともっともな突っ込みを入れた。二人同時に動きを止めて顔を見合わせる。それから困った顔で巨大なツリーを見上げるのも同時。
しょうがないなあとこちらも笑いをこらえるのに必死な様子の父がソファから腰を上げてツリーの傍まで寄ってきた。
「二人で付ければいいじゃないか」
どうやって、と反論するより先に視界がぐんっと高くなった。父の肩に載せられてようやくツリーと視線が近くなる。ツリーを挟んで向こう側では母が妹を抱き上げて肩に載せていた。
妹が差し出した星に手を添えて、二人一緒にツリーのてっぺんに星を付ける――
思えばそんなふうにクリスマスの飾り付けをしていたのもはるか十数年前のことなのだ。しばらく見ないうちにてっぺんが自分の目線と変わらなくなっていたので気づかなかった。もちろんツリーが縮んだわけではなく自分の背が伸びただけなのだが。あの頃は同じぐらいの身長だった妹も今ではわずかに見下ろせるぐらいの差になっていた。
ツリーの下では菅原と空人が、どちらがてっぺんに星を付けるかでもめている。いつかの記憶と重なって苦笑いが浮かぶ。
「おまえら、二人とも届かねーだろ」
呆れて声をかけると、二人同時に動きを止めてこちらを向いた。それから同時に困った顔でツリーのてっぺんと星とを交互に見る。呆れるほど昔の自分たちと同じだ。隣で同じことを考えていたのか朋晴が笑いを堪えきれず口を手で覆って肩を揺らしている。
「二人で付けりゃいいだろ」
「二人で、ってどうや……って、わっ」
菅原の反論が終わるより先に抱え上げて肩に載せた。慌てた声が上から降ってくる。「おまえ、太った?」「うるさいっ」がんっと星の飾りで叩かれて「いてっ」のけぞった拍子にバランスを崩して菅原が悲鳴を上げた。
「あ、あぶないじゃんっ」
「今のぜったい角当てただろっ」
「だって原田が太ったとか言うからっ」
「はいはい、ケンカしなーい」
上と下でぎゃあぎゃあと騒いでいるとツリーの向こう側からやんわりと制止の声が飛んできて、渋々二人とも口を閉じる。あとでぜったい仕返ししてやる。
朋晴の肩にも空人が乗っかっていて(考えてみればいくら小学生とはいえ普通女が肩車をするのは難しいと思うが、母といいこの妹といい我が家の女は怪力ばかりだ)、困った顔をこちらに向けている。
「二人で星持ってつけたらいいのよ」
同意を求めるような視線を向けられてなんでこっち見るんだと思いつつとりあえずうなずく。朋晴の言葉の意味を咀嚼するぐらいの間があって、肩の上で菅原がもぞもぞとツリーに向かって手を伸ばした。「空人、そっち持って」空人も頷いて星の一端をつまむ。
そっと、二人の手でツリーのてっぺんに星が落とされる。わあ、という小さな歓声が上から二つ。なんとなく妹と目が合って、どちらともなく小さく笑った。
クリスマスが好きすぎて、クリスマスの話ばっかり書いてる感じがします。
しらゆき荘のクリスマス、一緒に楽しんでいただけたら幸いです。