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私立陣屋学園能力科  作者: みやもと なまにく
1章 自然科学部
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4話 危ない人

4話 危ない人


 昼休み、アキトは意を決してミコを学食に誘っていた。ミコの目の前にミコが作ったと思われる自分の弁当を突き出し、


 「ミコ! おなか減ったな! 今日は学食で一緒に弁当食べないか?」


 唐突(とうとつ)にそんな事を言われたミコはキョトンとしている。周囲の女子生徒達がヒソヒソ話す声にもめげず、アキトは無理くり笑顔を作って握った左手の親指を突き立てた。反応の薄さにもめげず笑顔を崩さぬよう必死になるアキトの顔を冷ややかに眺めていたミコだったが、やがて笑いをこらえきれずクフフ……と笑い声が漏れてしまった。ミコの隙をアキトが見逃すはずもなく、さらに畳みかける。


 「よし! 行こう! 学食初体験だ! 視察だ! 物見遊山(ものみゆさん)だ! インスペクションだ! さあミコ、アテンドしてくれ!」


 「――その程度のプレゼンではジャストアイディアでゴーと言わざるを得ません。もう少しブラッシュアップしてドライブかけないとアグリーには程遠いです。リスケで」


 「はうっっ!? メ、メイクセンスしました……べ、ベネフィットはあると思うんだよ……ナレッジをその……シェア? してだな……」


 「……フフフ、もうやめにしましょう。学食ですか? アキに付き合いますよ?」


 覚えたてのビジネス用語にまさかのビジネス用語返しで度肝(どぎも)を抜かれたアキトはガックリと肩を落としたのだが、ミコは自分の弁当を取り出すと強引にアキトの手をとり、さあ、行きましょう、と満面の笑みで歩き出す。

 

 アキトはミコには(かな)わないな、と苦笑いで呟くとホッとした様子でミコについていくのであった。


 学食は二人が想像したよりも賑わっていた。大きなガラス張りで中二階付きのラウンジ然といった造りの為か、今日のような天気の良い日は殊更(ことさら)人が多いのかもしれない。


 学食(ラウンジ)南側最奥の中心部は円形に外に突き出た造りになっていて、ラウンジのどこにいてもその場所が見えるようにテーブルが配置されており、さながらステージのようになっている。吹き抜けになっている高い天井には大きな天窓があり、その真下ではさんさんと太陽光を受けたガラス製の円卓が一際(ひときわ)眩しく光を反射し、まるでその空間だけが別世界の様相(ようそう)だ。近寄りがたい神々しさでもって二人の視線を釘付けにする。


 「すげぇ。なんだあれ。誕生日席かよ。さすがは私立。陣屋理事長半端ねぇ。マジ、神だわ」


 などと皮肉りながら光景に目を奪われていた二人だったが、アキトはハッと我に返ると周囲を見渡しユーリの姿を探す。ユーリならば探すのは苦労しないだろうと考え、ぼーっと(ほう)けて異世界に心を奪われているミコには声をかけずにラウンジのテーブル一つ一つをじっくりと観察していった。


 「アキト君! ここにいたのか!」


 急に後ろから声をかけられたアキトはビクっとして振り返った。


 「君の教室に行ったんだが入れ違いになったみたいだな」


 「あれ? 塩見先輩、どうしたんすか?」


 声を掛けてきたのは塩見だった。昨日の憔悴(しょうそう)しきった顔とは正反対の生き生きとした顔が、アキトをホッとさせる。とっ散らかっていた髪型も、今日はピッチリとセットされイケメン度も上がっている。


 「おいおい、昨日言っただろ? お礼に昼食を(おご)らせてくれよ。あ、もちろん丸井さんも一緒にね」


 さりげなくウィンクをかます塩見においおい、これだからイケメンは……などと内心思いながらも、お礼なんて……と言い出そうとしたのだが、


 「アキトン、ミコタン、こんにちは!」


 アキトの言葉を遮るように塩見の後ろからひょっこり顔を出して笑顔でそう言ったのは御船マヤだ。相変わらず高校一年生とは思えぬ程の破壊力を持った(ふく)らみに否が応でも目線を奪われる。頭では失礼だ、見るな、いや、ちょっとなら……などと良心が(ささや)くのだが体が、目が拒絶する。悲しい男の(さが)だ。ついついガン見してしまうアキトに、みるみるミコの頬が膨らんでいくのを横目に感じ、冷や汗が垂れるような錯覚があった。


 「……アキトンて……」


 初めて聞くあだ名に聞き慣れず、微妙な顔をしていたアキトだが、マヤは意にも介さず満面の笑みだ。ミコは満更では無いようだ。アキトと違いあだ名慣れしているミコだが普段のあだ名が酷いため、普通のあだ名が一つ増えた事が嬉しいのだろうか。


 「アキト君がいなかったから隣で御船を連れてきた。御船にも昼食を奢ると約束していたからな」


 「そ、そうすか。でも、俺たちはいいっすよ。弁当持ってきてるし。な、なあミコ?」


 ミコはジト目でマヤの主に胸を見ながらむぅ、と唸っているが、マヤは全く気付いていない様子でニコニコしながら、


 「スペシャル定食ですよ、スペ定しか認めない!」


 などと目を輝かせて塩見に念を押している。塩見はわかったわかった、と苦笑いでなだめながら、ならば明日こそ奢らせろだの、むしろ今夜はどうだ、などとアキトにしつこく言ってくる。


 「せっかくなんで食後のコーヒーでも頂いていいすか? それと、代わりに相談に乗ってほしい事があるんです」


 根負けしたアキトはどのみち聞くつもりだった事を交換条件として提示してみた。


 「俺でよかったら何でも相談にのるよ。伊達に三年生やってないぞ? 生徒会メンバーだしな。多少は名前も知られてるはずだ」


 「マジすか! うっし!」


 アキトは塩見の使命感をなんとか緩和(かんわ)しようと大げさに反応してみせた。ガッツポーズのおまけつきだ。気を良くした塩見は、


 「よし、じゃああそこで待っていてくれ。俺たちはコーヒーと御船のスペシャル定食を買ってくる。食べながら話そう」


 そう言って塩見が指さした先はアキトが誕生日席と揶揄(やゆ)した、あのステージのようなキラキラしたテーブルだった。


 「げっ! マジか。あそこに座るのかよ。恥ずかしいな、おい!」


 そうアキトが思わず漏らした言葉は、早くしないと売り切れちゃう、と急かすマヤに背中を押されながら券売機に急ぐ塩見には聞こえてはいない。


 「大丈夫です、アキ。生徒会のお墨付きです。ふへへ……」


 アキトの羞恥心(しゅうちしん)をよそに、ミコは目を輝かせ半笑いでスタスタと歩き出してしまった。さらにはステージに到着すると、さも当たり前のようにど真ん中の席に自分の弁当を置くと、嬉しそうにアキトを手招きする。このままでは名前を叫ばれかねないと危機感を覚えたアキトは、しょうがねーな! と吐き捨て頭を掻きむしると何かに背中を押され、倒れそうになった。


 ――ドンっ!


 「あっ! す、すいません!」


 前に倒れそうになり咄嗟(とっさ)に足を前に出した時、横切ろうとした男子生徒と思われる人物にぶつかってしまった。『男子生徒と思われる』というのは、顔や体格は高校生で間違いないと断定できるのだが、異様に着崩した制服とジャラジャラと身に着けたシルバーアクセと思しきネックレスやブレスレット、そしてなにより頭に巻かれた派手なバンダナがおよそ普通の高校生の(よそお)いとは一線を画していたからだ。


 「てめぇ! 喧嘩売ってんのか!」


 いかにもな男子生徒は想像した通りの危ない人のようで、アキトの胸倉を掴むとガンを飛ばしている。


 「本当にすいません! 誰かに押されて!」


 「あ? 誰もいねぇじゃねーか!」


 アキトと危ない人は周りを見渡すが、誰もいない。


「てめぇ、嘘つきやがって!」


 アキトは内心やべぇと思いながら必死に頭を下げようとするのだが、いかんせん胸倉を掴まれ今にも持ち上げようと力んでいる相手の手や頭が邪魔で、変な感じになってしまう。


 「お前バカにしてんだろ! ちょっとこっちにこいや!」


 いやいやいやいや、滅相(めっそう)もないなどと抵抗するがどうにも許してくれそうにない。ちらっとミコの方を見ると、今にも泣きだしそうな顔でこっちを見てオロオロしていた。そんな時、


 「おい! 彼は俺の連れだ。それ以上事を荒立たせるなら、我々生徒会が黙っちゃいないぞ!」


 塩見だ。騒ぎを聞きつけて戻ってきてくれたらしい。塩見先輩ステキ! この時ばかりはアキトには塩見がユーリ以上のイケメンに見えた。元々整っているのだが、さらに三割増しといったところか。そんなつり橋効果を体感しながら愛おしいものを見るような目で塩見を見つめながら、危ない人の腕を掴もうとした刹那、


 バチッ!


 「痛っ!」

 「痛って!」


 アキトの指から光が走った瞬間、激痛が二人を襲う。危ない人は完全に頭に血がのぼったようで、真っ赤な顔をしてアキトを睨みつけている。そして拳を握りしめ殴りかかろうとしたその時、間一髪で塩見が二人の間に割って入った。


 「そこまでだ!! ここはお前のような奴がくるところじゃない! 暴力行為は水に流してやる。今すぐ出ていけ!」


 塩見も臨戦態勢だ。周囲には野次馬がわらわらと湧いてきて出ていけだの、やっちまえだの、顔はやめろボディを狙えだの好き勝手叫んでいる。危ない人はさすがに多勢に無勢と考えたのか、舌打ちをして出ていった。憶えてろよ! 塩見、一年! という捨て台詞を置き土産にして。


 「大丈夫か? アキト君。すまないな。彼らは……我々生徒会の恥だ……」


 「大丈夫ですよ。どこにでもああいう輩はいますから。ていうか、彼ら?」


 「あ、ああ。奴の今どき流行らないバンダナを見たか?」


 「ええ、頭に巻いてた派手な赤いヤツですよね? 模様は……ファイアパターンっぽかった」


 「その通りだ。ここ最近問題ばかり起こしているグループがある。ファイアスターターとか呼ばれていてそいつらの仲間はみんなファイアパターンの模様のアクセサリなんかを身に着けているんだ。いいか、ファイアパターン、ファイアスターターには気をつけろ」


 「そんな迷惑な奴ら、なんで退学にしないんすか?」


 「……ギリギリでうまくやっているってのもあるが、奴らのほとんどは能力科の二、三年なんだ。君にこんな事を言いたくはないんだが、言うなれば理事長に守られていると言っていい」


 「えっ?」


 塩見の言葉に耳を疑った。だが、よくよく考えれば納得できる。能力科は理事長の(きも)いりだ。相当力を入れているし、お金だってかけているだろう。それに政府から補助金を貰っているという事実もある。おいそれと退学にはできないのだろう。


 「会長と……生徒会長とファイアスターターのリーダーは昔は親友とも呼べる間柄だった。色々あって今は疎遠(そえん)だが、会長は責任を感じてる。必死で奴らを抑えているんだ。きっと何とかしてくれるはずだ」


 とはいうものの、塩見の表情は(くも)っていた。きっと生徒会は大変な思いをしているのだろう、塩見の表情から容易に想像できた。


 「なーに? どしたの? 塩みー先輩ったら、急に血相変えて飛んでっちゃうんだもん。あ、先輩の分のスペ定はないよ? 売り切れだって。ざーんねん」


 緊張感をブチ壊すようにマヤが戻ってきた。彼女の手には、なるほどスペシャルの名に恥じぬ豪華なおかずがてんこ盛りになったトレーが乗っかっている。マヤは早くたっべよーだの、すーぺしゃるーだのと言いながら塩見やアキトには目もくれず、誕生日席へと歩いていくのだった。


読んで頂いて誠にありがとうございます!


次回もまた明日投稿させていただきます。

宜しくお願い致します。

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