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私立陣屋学園能力科  作者: みやもと なまにく
1章 自然科学部
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2話 デート

2話です。宜しくお願いします

2話 デート


 「アキト! よかった。まだ帰ってなかったな。いい情報を仕入れてきてやったぜ!」

 

 そう言ってズケズケと人混みをかき分け、アキトの前のイスにどっかと腰を降ろし、ニヤニヤとアキトの顔をのぞき込んできたのは隣のクラスの間中(まなか)タケルだ。


 タケルは能力科ではアキトの唯一の中学時代からの男子同級生だ。中学時代はそれほど仲がよかった訳ではないのだが、お互い同性の知人が居ない環境に置かれると、なんだか親近感が湧いてしまうもので、入学以来急速に親密になった間柄だ。


 「あんまり期待しないで聞いてやるよ」


アキトはまるで興味無さそうにおざなりな返事をする。


 「おいおい、わざわざホームルームが終わった瞬間に駆けつけて来てやったんだぜ。つれない事言うなよな」


 「分かったから、話せ」


 「うーん。……まあ、いいや。お前、自然科学部って知ってるか?」


 「……部活の勧誘ならお断りだよ、タケル。俺はバイトに生きるバイト戦士だぜ? 部活なんて遊びはもう卒業だよ」


 「そんな事言って先週だか、店のレジぶっ壊してクビになったのはどこのどいつだよ……」


 「だ、だからだよ! 早く新しいバイト見つけないとだな……」


 口ごもるアキトの様子を見てケラケラと笑うタケルに、背後からゲンコツをお見舞いする影があった。


 「タケル君、アキを変な部活に誘わないで下さい」


 声の主はミコだ。ムッとした様子で両手を腰に置きタケルを(いぶか)しげに見ている。いや、(にら)んでいる。


 「んだよ、ミニ丸のくせに。そんな顔しても全然怖くねーぞ。だいたい俺は部活の勧誘に来たわけじゃねえの! しかも俺はサッカー部だ!」


 「知ってるよ」

 「知ってますよ」


 二人の見事なハモリツッコミに仲のいい夫婦だな、全く、などと呆れた顔をするタケル。ミコは何やらブツブツとミニ丸がどうのこうのとか言いながら、立ち上がったタケルの脇腹あたりにワンツーを決めているようだ。


タケルは気にも止めずにゴホン、と無理やり咳払いをして机に両手をつくとアキトを睨み、一旦間を置いてから話し始めた。


 「……いいか、よく聞けよ。部室棟に入って左に行った突き当たりに自然科学部の部室がある。そこの部長さんがこの学校でも指折りの能力者って話だ。なんでも、人の心が読めるとかで本当に悩んでる奴は相談に行くらしい。能力についてやたらと詳しいみたいで、その部長さんのおかげで能力が発現したっていう生徒もいるとか。――どうだ?」


 次第に強くなっていき、左→右のワンツーに左ショートアッパー、さらには右ストレートまでコンビネーションに組み合わせてくるミコの執拗(しつよう)な嫌がらせに耐えつつそう言い切ると、ミコにファイティングポーズを取りジャブで牽制するタケル。


 「ダメです。アキはバイトを探さなければなりません。生活費を入れるという約束があります」


 タケルの構えを警戒したのか間合いを開け、二十四式太極拳に切り替えてミコが言い放つ。


 白鶴亮翅バイフリャンチから楼膝拗歩ヨオローシャーブに繋げ、手のひらを突き出しながら一歩踏み込んだところで、すかさず間合いを詰めたタケルのデコピンをくらってしまった。


 ケラケラと腹をかかえて笑うタケルを、額をおさえながら涙目で睨みつけるミコ。そして護身術と称してミコにあれやこれやを教え込んだアキトは、愛弟子の成長ぶりに頬を(ほころ)ばせていた。


 ミコは舌をチロっと出してぷいっとタケルから目をそらすと、アキトの手を取り教室の出口に向かって歩き出す。急に手を引かれたアキトはバランスを崩しながら立ち上がりちょっと待って、などと言いながらもミコを止めるような事はしなかった。


 「アキト! 俺はお前の事を思って言ってやってんだ! お前のその、頭に虫でも飼ってんのかってほどの忘れっぽさは異常だ! 頭ん中だけじゃねーぞ。冬でもないのにバチバチするその変な体質もだ! 今日じゃなくてもいい。話だけでも聞いてみろ!」


 アキトは何かを言いかけたが、ミコが更に強く手を引くのを感じ口をつぐんだ。しかし、タケルから視線を外す事はなかった。


 アキトはミコに手を引かれて歩く道すがら、ずっとタケルに言われたことを考えていた。なかなか他人には理解されない悩み。作りかけのパズルのような穴だらけの記憶。過程が無く結果だけを後付けで理解している世界。


 もちろんミコには何度も相談した。病院にも行った。この一年カウンセリングも受けている。一時良くなったような感じがした。だが失った記憶は戻らなかったし、今でもまるでだるま落としのようにスコーンと記憶が抜け落ちてしまい、やたらと憂鬱(ゆううつ)になってしまう事がある。


 自身の帯電体質も何か超能力めいたものに違いない、と能力科に振り分けられたことで確信し、色めき立ったものだが、入学時の能力検査では能力的なものではなくただの帯電体質だと専門家に太鼓判(たいこばん)を押されてしまったことは(いささ)かショックだった。

 

 「また悩んでますね、アキ。いつも言っていますが、忘れてしまうような記憶は思い出さないほうが良い、思い出す必要がないということです。何かの拍子(ひょうし)に思い出す事もあると思います。考えすぎるのは……アキの辛そうな顔は見ていられません」

 

 だからといって考えずにいられるはずもないが、アキトはミコに言われるようになるべく考えないように、努めて明るく振舞うようにしていた。


 「なあ、ミコ。さっきタケルが言っていた自然科学部って聞いたことあるか?」


 「ありません。……行ってみたいのですか?」


 「うん。自然科学部なのに超自然の能力に詳しいとか明らかに怪しいけど、何もしないよりは話だけでも聞いてみたい」


 「また期待を裏切られるかもしれませんよ。まだ、たった一年では心の傷は()えないのです」


 それでも。アキトは今まで何度も病院や心理カウンセリングに通い、期待しては裏切られ一向に良くならなかった訳だが、やはり期待してしまうのだ。


 「悪い。いつも俺より辛そうなのに。でも……」


 「――わかりました。明日一緒に行ってみましょう」


 そう言ってアキトに微笑みかけたミコの(ひたい)はまだ少し赤身がかっていた。


*********************************


 バイト探しと言われてミコに連れられてきたのは学園にほど近い駅ビルだ。結局いつもミコのショッピングに付き合わされる。ミコは終始ご機嫌でバイトを探すという当初の目的を完全に忘れているようで、普通にウィンドウショッピングを楽しんでいるようだ。


 「……これじゃ、ただのデートみたいじゃねーか」


 ベンチに腰掛けてコーヒーを飲みながらため息をつくアキトの横で、ミコは手にしたコーヒーでむせこんでいる。顔が真っ赤だ。


 「お、おい大丈夫かよ」


 そう言ってミコの背中をさすった時だった。


 ――キャー!


 悲鳴だ。


 若い女性の甲高い声。途端に周りが騒然となり、遠くで人だかりが形成されようとしていた。


 「なんだ? ミコ、ちょっと待ってて。様子をみてくる」


 「待ってください。私も……」


 必死に声を絞り出して立ち上がろうとするミコを制止し、


 「無理すんなって。ちょっと野次馬(やじうま)してくるだけだから」


 そう言ってアキトは現場と(おぼ)しき人だかりに向かって駆け出した。

 

 近づくと人が倒れているのが見える。見覚えのある服装だ。それもそのはず自分と同じ私立陣屋学園の制服を着た男子高校生であった。


 明らかに様子がおかしい。夏場のアスファルトに迷い込んだミミズのようにのたうちまわっている。一言も発せず涙目で自らの(のど)をかきむしっていた。

 

 うめき声一つあげずにもだえ苦しむ異様な光景に躊躇(ちゅうちょ)しながらも、アキトは男子高校生の脇に滑り込むと肩に腕を回し抱え起こした。


 「大丈夫ですか?!」


 肩を揺らして声をかけるが男子高校生は涙目でどこか一点を注視し、アキトに視線を移すことすらしない。足をばたつかせながら腕を伸ばして必死に何かをつかもうとしている。口からは泡を吹き、眼球が飛び出さんばかりに眼をひん()いて、おぞましいほどの必死な形相(ぎょうそう)でもがき苦しんでいる。


 「塩見(しおみ)先輩! あぁ……まさか……」

 

 声の主を辿ると、いつの間にか男子高校生を挟んで逆サイドには面識のない女子生徒が立っていた。ミコと同じ制服。彼女も陣屋学園の生徒のようだ。彼女は真っ青な顔でなにか(つぶや)いていたが、それどころではないアキトの耳には入ってこなかった。


 ――ちょっとしたホラーだぞ、これ! まさかこのまま……なんて事は無いよな!


 アキトは焦りながらも状況を把握しようと必死だった。ふと男子高校生の口元に耳を近づけると、


 ――呼吸をしていない? できないのか?


 そう思った刹那(せつな)


 「ッカヒュ、カハー、ゲホッゲホッ……」


 顔面蒼白で血の気の無かった塩見と呼ばれた男子高校生の顔は、みるみるうちに血の気が戻り、一気に汗が噴き出してくる。(しばら)く苦しそうにむせ込んでいた塩見は、次第に呼吸が整ってきた。


 顔色が良くなった塩見はなかなかの色男で、さっきまでの酷い顔が嘘のようだ。

 肩で息をしながら怯えたようにキョロキョロと周りを警戒する塩見。その間、アキトはずっと塩見の背中をさすってやった。


 しばらくすると塩見は落ち着きを取り戻し、バツが悪そうにしゃべりだした。


 「ハァハァ……すまない。君は同じ高校のようだね。僕は塩見、塩見ケンタだ。迷惑を、かけた……」


 「塩みー先輩! もう大丈夫なの!?」


 アキトがしゃべりだそうとするのを(さえぎ)るように女子生徒が塩見に声をかけた。


 「ああ、御船もありがとう。いや、死ぬかと思ったよ。ハハ……」


 「無事でよかった。急に苦しみ出すんだもん……」


 御船(みふね)と呼ばれた女子生徒はホッとしたのか、ポロポロと涙を流してよかったよかったと繰り返しつぶやいていた。

 

 「あー、塩見さん、それに御船さんだっけ? もう大丈夫かな?」


 すっかり置いてけぼりをくらったアキトはバツが悪そうに立ち上がってそう言うと、塩見も続いて立ち上がり深々と頭をさげ、何度もお礼を言ってきた。


 いつの間にか人だかりから一人また一人と離れ、ミコが連れてきた警備員らしき人が到着すると皆散会していった。

 

 塩見は立ち上がると御船に付き添われながら警備員に近づいていく。そして深々と頭をさげ、もう大丈夫だとか迷惑をかけて申し訳ないだのと、また何度も頭をさげていた。


 「アキ、何があったんですか?」


 ミコは状況を理解できずに上目使いで困った顔をしている。アキトが大体の状況を簡単にミコに説明したところで塩見と御船がアキト達の元に戻ってきた。


 「改めてお礼を言わせてくれ。えっと……」


 「あ、俺はアキトです。大東アキトっていいます。こっちは丸井ミコです」


 「それではアキト君、ミコちゃん、本当にありがとう。俺は三年の塩見ケンタ。こっちは中学の時の後輩で……」


 「御船マヤです! 能力科の一年ですっ!」

 

 「え? 君も能力科なの? ということはA組かな?」


 能力科は二組あり、アキトとミコはB組、タケルはA組だ。


アキトが改めてマヤと名乗った女子生徒を見てみるとかなりの美人である事に気付く。肩まで届いた長く綺麗な髪と真っ白な肌、そしてなにより目を引くのが、ミコのそれとはまるで別物と思わせるほどに胸のあたりが盛り上がった制服。窮屈(きゅうくつ)そうに納められた双丘は一目で只者ではないことを容易に想像させる。


 「いっ! いてててて……」


 アキトが二の腕に激痛を感じ目を向けると、ミコが思いっきり爪を立ててつまんでいた。


 「アキ、鼻の下伸ばしすぎです」


 「ばっ……何言ってんだよ! そんなわけないだろ、いやーでも焦りましたよ! もう、どうしていいかわかんなくて……しかしみんな無関心ですよねー……」


 アキトは自分でも驚くほど焦っていた。自分でも信じられないくらいわけのわからない事をダラダラとしゃべっているという自覚があった。


 「ハハ…可愛い彼女さんだね」


 塩見が急にそんな事を言い出しさらに焦るアキト。ミコは何やら照れているようだが、


 「いやいや、コイツはただの幼馴染ですよ。別に付き合ってるわけじゃないんすよ。妹みたいなもんすよ」


 などと顔を引きつらせながらアキトが言うとミコはあからさまに機嫌が悪くなり、「帰る!」と一言言い残しさっさと歩いて行ってしまった。

 アキトはおいおい先輩、余計な事言うなよなーという完全に自分のミスを棚に上げて塩見に八つ当たりの様な感情を抱いた。マヤをチラっと見ると、やはり相当にかわいい。


 ――そっちの彼女さんも相当ですよ、あれ? 何これ、新手の自慢か?


 そんなことを考えているうちにミコの姿が見えなくなってしまう。


 「じゃ、じゃあ俺もこれで失礼します! ちゃんと病院で診てもらった方がいいっすよ!」


 「あ、アキト君! なにかお礼をさせてくれ! 明日昼食でも(おご)らせてくれないか!」


 走り出したアキトに塩見が声をかけるがそれどころではないといった様子で、気にしないでくれと言い残すとアキトは急いでミコを追いかけていくのだった。


読んで頂き、ありがとうございます

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