1話 陣屋学園
本編スタートです。宜しくお願いします!
1章 自然科学部
1話 陣屋学園
――バチッ!
「痛ってぇ! またかよ……もう季節も春だってのに」
静電気というものは湿度の低い、乾燥した時期に溜まりやすい。湿度が高いと空気中の水分に自然放電するからだそうだが、個人差があるようで大東アキトには湿度や季節は関係ないようだ。
ドアノブに向かって文句を言いながらバスルームを後にすると、アキトはリビングに向かう。
「おはようございます、アキ」
静電気を気にして、恐る恐るリビングのドアを手の甲で開けたアキトに気付いた少女は、笑顔で朝の挨拶をする。
「ああ、おはよ、ミコ」
気だるそうに朝の挨拶を済ませたアキトはいつものようにダイニングチェアに座ると、タイミングよくミコがコーヒーをテーブルに置く。
一緒にいると高確率で兄妹と勘違いされてしまう少年と少女だが、れっきとした同級生であり、アキトは彼女、丸井ミコの実家、つまりは丸井家に居候の身だ。
「今日も眠そうですね。昨夜も夜ふかししましたか?」
「いや、ぐっすりと寝たぞ。眠そうなのは生まれつきだよ。……それより最近静電気除去グッズが効かなくなってきてるんだよな。この前も電子レンジ壊しちゃったみたいだし。なんかまた記憶が無いけど電化製品が壊れるってことはそういうことだろうから……居候のくせにごめんなさい」
自分で言っておいて罪悪感に耐えられず、とりあえず申し訳なさそうに謝るアキト。
「あれはもう寿命だったってママが言っていました。それに、アキはただの静電気体質? です。たまにそういう人がいるのだそうですよ。アキは無関係です」
ミコは澄ましてそう言うが、アキトが電化製品を壊すのは一度や二度ではない。自宅のものならまだしも、人様の家のインターホンや自動販売機、電車の改札なんてものまで、バチッ! という音がアキトの指から放たれた途端、完全に沈黙してしまうのだ。
「……さすがにあの時はビビッた……静電気だけに」
でかいビルのエレベーターを止めてしまった事を思い出し、くだらない独り言をミコに華麗にスルーされつつ朝食を済ませると、学校へ行く準備に取り掛かるアキト。やがて洗い物を終えたミコもそそくさと制服に袖を通すと、
「さあアキ、学校へ行きましょう!」
はいはい、とこれまた気だるい声で気の抜けた返事をしたアキトは、ミコと自宅の玄関を後にするのだった。
大東アキト。彼は都内の私立陣屋学園に通う高校生だ。同級生の丸井ミコと一つ屋根の下に住んでいるのには深い理由があるのだが、
「お? 今日も夫婦揃って登校か?」
とまあ、思春期の高校生にとっては、からかうのにうってつけなのは言うまでもなく、入学早々夫婦だの新婚だの若旦那だの新妻だのと、毎日のように同級生から不本意なあだ名で呼ばれ、日々の話題の種を提供しているのだ。
「ごめんな、ミコ。俺が居候しているせいで毎日飽きもせずからかわれちゃって……」
「気にしないで下さい、アキ。新妻の方がよっぽどマシです。……ミニマル、よりは」
そう言ってミコは右手を強く握り締め、顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。
丸井ミコ。彼女は身長が低い事にコンプレックスを感じているようで、これまた不本意なあだ名を付けられる事が多く、非常に嫌がっている。
ミニ丸、ロリ丸など苗字を絡めた秀逸なものから、小学生、幼児体型など誹謗中傷とも言えるもの、果ては彼女のお気に入りのショートボブが容姿と相まって“ち○まるこ”なんてものまであり、実にレパートリーに富んでいる。
昔は丸ちゃんと呼ばれる事に抵抗は無かったようだが、似ているだの、生き写しだのと事ある事に言われてしまっては、さすがに気にしたようでちょっと前まで落ち込んでいた。
気を効かせたアキトが髪色を明るく染めようと提案し、ミコを半ば強引に美容室に連れ出した結果、現在は綺麗な栗色の髪が彼女を少々大人びて見せるのに一役買っている。
ミコが敬語で話すのも、そういったコンプレックスからきているのだろう。少しでも大人っぽく感じるよう自分を演出している。アキトはそう考えていた。
「いつかモデルのようになってみせます。アキも惚れ直す筈です」
「いやいや、もう高校生なんすケド……」
「諦めたら、そこで試合終了ですよと、昔偉い人が言ったそうです。毎日牛乳飲んでます。努力は決して裏切りません」
「……なんかだいぶ勘違いしてるっぽくね? ……そんな事よりさ、ミコは何か超能力っぽい力、体現した?」
「……そんな事……いいえ。していません。私にそんな才能あるのでしょうか?」
彼らが通う私立陣屋学園には能力科という特殊学科がある。所謂超能力が少しだけ認知されてきた今、若く多感な時期に体現しやすく、伸びやすいのだという事が最近の研究で分かったそうだ。
そんな不可思議な超常能力を理解し、育成するとの目的で創設された全国初のモデル校。彼らはその四期目にあたる一年生である。
能力科には誰でも入れるわけではなく、一般入試のように募集しているわけでも出願できるわけでもない。普通科などの一般入試の際に簡単なアンケートや心理テスト等を行い、超能力がある、発現する可能性がある、と考えられる者が能力科に振り分けられる。
実は、関係各所で極秘裏に心理テストや特殊な検査が行われている。中学生の身体測定用の様々な器具などにも細工がされており、能力がありそうな者はチェックされている。
そうして能力に対して素養のある者には連絡が入り、学費免除に惹かれてこの私立陣屋学園に集まってくるのだ。
理事長の肝いりで設立された能力科だが、現在のところ物理法則を著しく超える様な凄まじい能力、人類史を変えてしまうような能力を体現した者は国内どころか、海外にさえまだ確認されては居ない。
政府も本腰を入れて超能力に特化した公立校を設立するはずであったが、素養のある生徒が思ったほど居ない事や、たいした結果が出ていないのを理由になかなか進まないようで、支援だけしている状況にある。
アキトは普通科を受けたつもりが能力科にミコと揃って合格。ミコは、頭の中をいじられるだの、最後は廃人にされるだのと猛反対、猛反発していた。
更にアキトは高校生になったら一人暮らしをする気でいて、これに対してもミコは猛反対。アキトの考えはミコの実家に対して気を使っての事で、高校生らしい浅はかさで漠然と何の計画性もなく公言していたのが癪に障ったのだろう。
そこへ来てアキトにとっては能力科に合格した事で免除される学費を家賃や生活費に充てるという大義名分が出来てしまい、一人暮らしをするという意思を強固なものにしてしまった。
結果、暴走。
連日の家族会議という名の罵りあいは、着地点を見い出せずにいたが、ミコの連日の号泣についに絆されたアキトは、落ち着くまで下宿を続けるという条件を渋々提示。ミコはあっさりと了承した。アキトが乗せられた! と気づいた時は既に遅かったようだ。
結果としてはお互い痛み分けである。アキトは能力科に行くという我儘を通す代わりに、ミコの希望である同居を了承したわけだが、アキトは何だか負けてしまったような、どうにも腑に落ちない気持ちになってしまった。
結局、二人揃って私立陣屋学園能力科に入学した。アキトはミコだけでも普通科に行くことを勧めたのだが、その選択肢は無いらしい。二人共能力科か、二人共普通科でなければならないらしい。
そして、入学してから早一ヶ月が経とうとしていた。
説明がダラダラとウザくてすみません!
次回もお待たせしません!