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百合っぽい学園物  作者: 森野彼方
澄城 雅
9/22

せめて骸に手向けの花を。2

因幡の言葉に、私は耳を疑った。


身勝手のほどが、罵られるに足ると知っていた。なのにそれをまるで受け入れるとでも言うかのような優しい響きが、理解出来なかったからだ。


堪え性のない心が歓喜でざわつく。今すぐ手を振り払い因幡にその言葉の意図を確かめたいのに、臆病にも理性がそれを止める。


今まで何度そうして期待を裏切られたのか。頭上の手が、直ぐ様ギロチンのようにその期待を断たないとは限らないぞ、と。


歓喜と臆病の狭間で、やはり私は震えているしかなかった。


「あれ、あまり嬉しくはないですか?」


「……嬉しいさ。嬉しくて震えが止まらないほどだよ。でもね、思ってしまったんだ。私には、そう呼ばれる資格があるのかって」


「面倒な人ですね」


因幡は呆れて笑う。


「ああ、我ながらそう思うよ」


こちらは笑う気力もない。


私の言葉を聞いて、頭上から因幡の手が退いた。


柔らかな手。たおやかな白魚の指。温かな、優しさに満ちた掌が、長く望み続けていた何かが、私から遠ざかる。


理性が言う。もう期待するな、と。傷を増やすくらいなら、諦めて一人で居るべきだ。見限られて孤立する。これは妥当な結末だ、と。


それなのに、叫びを上げる感情が、役立たずな体の震えを止めた。


手を伸ばせば届くのに、また諦めるのか。


「因幡!私は、」


「そんな人はこうです」


感情に突き動かされ、振り仰いだ頭を、柔らかな何かが覆った。


温かく柔らかで、仄かに香る果物のような甘い匂い。


感情と理性が困惑に巻かれて渦を成し、何が起こったのか判然としない中、


「私は、赤坂 因幡は今日から貴女の妹です」


優しさと慈悲に満ちた、温かな声が頭上から響く。呆けた頭が抱き締められているのだと理解し始めると、止まったはずの震えが思い出したかのようにぶり返して来た。


因幡へ何か言葉を返さなければいけないと思うのに、渦巻いた感情の中から何も言葉は浮かんで来ない。


「なんて呼びましょう。お姉ちゃんでは少し気恥ずかしいですし、お姉さまでは気取っているようで鼻につきますね。姉さんくらいが丁度良いでしょうか?」


伝えるにしても、何を伝えれば良いのだろう。歓喜だろうか、感謝だろうか。それとも別の何かだろうか。


喉元からは言葉に成り損なった音の残骸が、嗚咽として漏れるだけで用を成さない。飢えていた筈の心は今、因幡から伝える温かな何かに満たされて、満たされて。


「……何も泣くことないじゃないですか」


遂には溢れて、言葉の代わりに涙となって零れ始める。


そんな事はないさ。泣くほどのことなんだよ。


ただそれだけは伝えたくて、なのに言葉は嗚咽に呑まれて伝えられなくて。行き場を失ったままの感情に導かれて、因幡の背へ両手を回す。


まるですがり付くように、私は因幡を抱き締めて願う。


どうか、言葉よりも早く、言葉よりも正確に、この想いが伝わりますように。


「本当に、頼りがいの無さそうなお姉さんです」


改めて呆れて笑う因幡。


ああ、全くだ。たとえ泣いていなくても、こんな体たらくでは文字通り言葉もない。


きっと分かりはしないだろうけど、せめてもの強がりに、私は因幡の胸元で精一杯に笑顔を浮かべるのだった。


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