せめて骸に手向けの花を。
「……えっと、お疲れ様……です?」
「……お帰り因幡」
「……っ、会長さん!?」
本来ならばここは一日の労を労ってやるべきだろうに、傷心の身ではとても顔向け出来ず、私は隣り合ったベッドの片割れにうつ伏せのまま因幡を部屋へ迎えることとなってしまった。
「……会長さんだなんてまた他人行儀だね」
「上級生と相部屋なんて聞いてませんでしたけど、なんで居るんですか?」
まるで不審者でも相手にしているような棘のある物言いに、けれど今は何も感じ入ることはない。
「……寮の部屋割りに手を回した、と言っただろう?」
仲良くしようと思えばこそだった。良かれと思ったからそうしたのだ。同居人だった春に頭を下げて部屋を移ってもらい、因幡を迎えたつもりだった。
「……嫌ならまた手を回すよ。けど、すまないが今日一日だけ我慢しておくれ。……もう時間も遅いし、何より気力が湧かないんだ」
舞い上がっていた心は、浮かれに浮かれて気付けば地に墜ちていた。
「何か、あったんですか?」
「優しいのだね。てっきり嫌われたかと思っていたんだが」
「好きではないと思います。でも、誰かが落ち込んでいたら話くらいは聞くでしょう?」
因幡の簡潔な物言いはとても素敵だった。嫌悪を覗かせながら、けれど優しさと慈悲が滲んでいる。
「多少なりとも振り回してしまったものな。詰まらない話だが、詫びの代わりに聞いてくれるかい?」
果たして、それだけの価値があるかは分からないけども。そう心中で前置きして、体を起こす。せめてもの誠意として、因幡と向き合おうとした。
「私は澄城の家に居場所が無くてね。それが嫌で苦しくて、逃げるようにここへ来たんだ」
言葉を選び、どこまで伝えるかを考えながら言葉を紡ぐ。
「因幡の話を聞いた時、もしかしたら、と思ったんだ。血の繋がりは無いけども、生まれも育ちも別々だけれども、ひょっとしたら家族になれるかも、ってさ」
だから姉妹。姉と妹、二人で成せる家族の最小単位。
言ってしまえば高々その程度の、ただの無い物ねだりでしか無かったのだと気付いて、羞恥が総身を焼いた。
「……私じゃなくても良いじゃないですか」
今すぐ身悶えの一つもして気を紛らせたいけど、因幡の言葉は尤もで、だからこそ堪えねばならないと強く思う。
「生憎と親戚一同からも嫌われていてね。私が澄城姓を名乗る上で家族になれるとしたら、何も知らない因幡だけだったんだよ」
因幡だからでは無かった。条件さえ合えば良かったと、言葉にして自らの身勝手に改めて自覚すると、身を焦がす羞恥の炎はその勢いを増したように思えた。加えて、自己嫌悪で視界が滲む。
「悪かったね。転入したばかりなのに掻き回してしまって」
因幡は黙したまま私を見つめ続ける。その視線が辛くて、羞恥と嫌悪と、あまりの惨めさから私は震えながら俯くしか無かった。
ややあって、因幡の動く気配があった。視界の端に因幡の足が映り、此方に近付いていると分かってしまい私は目を閉じた。
なんと罵られるのか、なんと嘲りを受けるのかと震えながら、自らの弱さを嗤う。
強がって、気取った口調をして、家に居場所がないのなら、と生徒会長なんてものにもなった。誰かに触れようともしないくせに、誰かに必要とされたかった。
必死に繕い続けて残ったのは、継ぎ接ぎだらけの歪な自分だけ。
因幡の手が私の頭へと伸ばされたのを重みで感じる。
柔らかで、温かな掌。
「本当に頼りがいの無さそうなお姉さんですね」
因幡の声は優しく響いた。