続きも生徒会室で。2
日が暮れて、夜の帳が学園を包み始めた頃。根を詰めて処理するほど急ぎの仕事も無いという理由で、私は労働から解放されることとなった。
「しかし絵になるね。今度メイド服でも来てみないかい?」
「いたずらに前科を増やすものではありませんよ、先輩」
「増やすも何も、まだ脛に傷すらない清い身なんだがね……」
にも関わらず、未だに生徒会室に留まり軽口を言い合うには理由があった。
「少し、お時間頂けますか?」
我らが頭脳たる会計、八千草 伊織からの誘いである。
「勿論良いとも。伊織ちゃんからの誘いなら断るまいさ」
私だけをご指名らしく、副会長の春と書記の栞ちゃんは先に生徒会室を出た後である。時間を頂く代わりに、と伊織ちゃん手ずから淹れた紅茶を楽しみながら、二人きりの女子会と相成った。
「しかし趣味とはいえ手慣れたものだね。私ではこうはいかないよ」
手元のカップを遊び、しっかりと抽出された飴色に私は微笑む。香りも確かな存在感を保ちながら、けれど主張し過ぎない様が好ましい。
「ご冗談を。先輩ならすぐに出来るようになりますよ」
謙遜なのか、それとも本心なのか。私の賛辞など歯牙にもかけぬ、とばかりに紅茶と共に飲み込まれてしまった。
確かに私はさして不器用でもないし、やろうと思えば多少は出来るようになるだろう。ただそれは教えをなぞるだけで歪な出来損ない。哀れで虚ろと既に見切りをつけられていることを思えば、とてもそんな気にはならなかった。
《茶道において作法はどこまでいっても作法でしかありません。本質は相手を想ってこそ。雅さんでは損なうばかりです》
「……私は利休になれないさ」
ふと思い出した家元の言葉に呟けば、なんのことかと伊織ちゃんは首を傾げる。
「ああいや、大して意味のある話じゃないさ」
温度や茶葉の選定から、幾らかではあるが私の好みに寄せられて淹れられたことが知れる、気遣いあればこその一杯。
洋の東西で隔たりがあろうと、何かを振る舞う行為の本質は同等だろう。他者とはある程度の距離を取っていたい私には、ティーバッグですら手に余るかも知れない、と自嘲する。
比較的気心の知れた伊織ちゃんに対してすら、やはり一線を引いたまま近付こうとは思わない。紅茶が趣味と知りながら、何故、紅茶が趣味なのか知ろうとは思わない程度の距離。
それは私が誰かに近付ける限界なのだろう。
「それで、今回の用向きは何なのかな?」
虚勢も良いところだとは自覚しながら、沈みかけた心中を悟られぬよう、私はニヤリと笑って切り出した。