眼鏡の賢者はかく語りき。2
「あまり話が早すぎると助かる以前に困惑するね……。じゃあ、私の用件も察しはついているかな?」
意気込んでいた分の反動か、どっと疲れにも似た倦怠感が肩にのし掛かって来たのを感じながら、後どれだけの確認をする必要があるのだろうかと考えた。
そもそも今回の目的は、彼女からの意見を聞きながら、けれどそれを無視したのも同然の行動をしたことに関して、せめて一言くらいは詫びを入れなければ、と思ったからである。
無論、彼女がどんな反応を示そうと、今更話を反故にするなどあり得ないことだと思う。しかし今後、彼女と因幡との間で何かしらの接点が出来る可能性がある以上、蟠りを残すようなことはない方が良い。ましてや私にしてみれば、生徒会の活動がある限り、彼女と顔を合わせずにはいられない訳で、仕事に支障のないよう、あまり機嫌を損ねたままにはさせておきたくなかった。
「詫びや謝罪なら別に結構ですよ。本気で反対していた訳ではありませんから」
「おや、そうだったのかい?私はてっきり機嫌を損ねたとばかり思っていたのだがね」
肩透かしを食らったような手応えのなさに眉根を寄せる。涼しげなのは彼女にとっていつもの事なのだが、今日はいつにも増してどこか淡々と、まるで何かを我慢しているようにも見えた。
「それに君は意味もなく人の行動を縛ろうとするほど、傲慢でもなければ臆病でもないだろう」
「そう言って頂けるなら有り難い事ですが、これでも私は存外我が儘なんですよ」
「そうなのかい?」
「ええ。貴女の隣に私以外の誰かが寄り添うのを、邪魔したいと思うくらいには」
「……それは、その」
どういう意味だろうかなどと、聞くほど私は朴念仁でも野暮でもない。意味するところなんておおよそ一つ切りで、だからこそ言葉に詰まり、まるで逃げ道を探るように伊織ちゃんの顔色を伺うも、彼女は眉一つ動かさない。それだけ、その告白に込められた思いが真剣なものなのだと察するに余り、続く言葉を見つけられずに押し黙る。
「冗談です。本気にされるとこちらも反応に困るのでやめてください」
「……チッ」
「生徒会長ともあろう者が、舌打ちなんて品の無い真似をなさいますか」
「君は自分が冗談を言うに不向きだと正しく理解したまえ。もしくは表情筋を鍛えて出直したまえよ」
馬鹿正直にも額面通りに言葉を受け取った自分が悪いのは重々承知ではあるものの、悪態の一つも吐かずにはいられなかった。それを釘をさすに留めたのは日ごろの付き合いがあってのことだった。
「全く。朝一に随分と疲れさせてくれるじゃないか」
「それは失礼しました」
私の心情を知ってか知らずか、それでも伊織ちゃんは涼しげだった。