眼鏡の賢者はかく語りき。
最悪の滑り出しから始まった《赤坂因幡妹化計画》は、しかしその悲惨な幕開けとは裏腹に、私が恥態を晒した以外は困難もなく成功に終わったかに見えた。
しかし世の常と言うべきか、『勝ち誇った瞬間、そいつは既に敗北している』なんて格好の良い教訓を思えば、やったね雅ちゃん大勝利!と締め括るには一つやり残したことがあったのである。
「やあ、相席失礼するよ」
「どうぞ。おはようございます、雅先輩」
因幡と朝焼けを堪能して暫く、部屋に戻りだらりと時間を潰してから再び食堂を訪れると、目的の人物がいつものように一人で食事をしているのを見かけ、切り込むことにした。
「相も変わらず伊織ちゃんは野菜しか食べないのだね。育ち盛りなのだからお肉を食べなさいお肉を」
「たんぱく質なら大豆で充分ですので。それで、ご用件はなんでしょうか?」
「おや、用件がないと私は後輩と食事も出来ないのかい?」
「先輩は用件もなしに人と食事をされる方でしたか?」
心外である、と嘆くには思い当たる節というか、積み上げてきた諸々が有りすぎるから困る。
生徒会会計、《赤坂因幡妹化計画》の反対者、八千草 伊織は的確に澄城 雅という人間の一面を理解していてくれたようであった。嬉しいことに、と言っていいかは意見の別れる内容だろう。
「話が早くて助かるよ。まあ、昨日の話の続きをしたくてね」
「既に終わっている話をしてどうするんです?」
「生憎と終わらせる訳にはいかなくてね」
「私の意見を聞かずに因幡さんと姉妹の契りを結んだ。それ以上の終わりがありますか?」
意気込んだ私のことなどどこ吹く風と、彼女は涼しげな表情のまま核心へと触れた。
驚いたのは言うまでもない。その事を知る人間など当事者である私と因幡だけで、例外を探しても昨晩部屋へと押し入って来た春が感付いたか、私が部屋を去ってから因幡に事情を聞いたかしたくらいだろう。
どちらもわざわざそのような事を言って回るようには思えなかった。春の性格を考えればまずあり得ないし、因幡にしても転入初日ではまずそれを伝えるべき相手もいないだろう。
「……契りを結んだ、なんて言い方だと、まるでいかがわしく聞こえるじゃないか」
隠す必要もないと判断して肯定するものの、それでも声は僅かに詰まり、そして上擦った。この少女は、一体どれだけのことを見抜いているのだろう、とその底知れなさに恐れすら抱く。
「そうですか?それは失礼しました」
私の気持ちを余所に、彼女はあくまで涼しげであった。冷ややかでないのは数少ない救いに違いない。