大学受験に失敗した私こと日野恵は、家から自転車で30分ほどの距離にある、土手の側の予備校に通っている。
もう勉強だけの生活が3ヶ月続いていて、我ながら頑張って勉強しているものだ。うん、誰か褒めてくれてもいいんだよ?
さて、来年の受験に向けて今日も予備校に行きますかーと自転車に股がろうとしてふと思い止まった。
最近運動してなくて太ってきたし、今日は歩いていこう。ちょっと遠いけど、きっといい運動になるよね。
よしっ、と一言呟いて私は歩き始めた。
~30分後~
「暑い......やっぱり自転車にしとけばよかった......」
絶賛後悔なう。
自転車ならもう予備校に着いてる頃なのに、今やっと土手とか......
太陽から降り注ぐ光をこれでもかと浴びて私は土手を歩いている。
土手だから当然日影もなく、私はただ暑さに耐えるしかない。
夏だからそらゃ暑いけど、いつもこんなに暑かったっけ?
あ、自転車だと風を感じるからまだましなんだ! ああ、前から来るおじさんが乗ってる自転車が羨ましい......! 風よ.....! せめて風よ吹いておくれ!!
額に汗を浮かべ、自分の手を団扇代わりにして扇ぎながら歩く。
そして前から来る自転車に乗ったおじさんとの距離がどんどん縮んでゆき、3mほどになった瞬間!
バサァ!
いきなり強い風が吹き私のスカートをめくりあげた!
「―――!」
驚きのあと、羞恥心で声が出ない。急いでスカートをマロロンモンローのように抑える。
確かに風吹けって思ったけどスカートまくりあげろとは思ってない!! 風の馬鹿!! てか絶対おじさんに見られたよ......
恐る恐るスカートを押さえた姿勢のまま、スレ違ったおじさんを見ると、満面の笑みで私を見ながら自転車を漕いでいる。
最悪!! しっかり見られてた!
「ぐへへへへへへへ! お? おぁああああああああ!!!!!」
おじさんは振り返りながら漕いでいたせいか土手の道から外れ、斜面を物凄い勢いで下っていき自転車ごと川にダイブした。
.......え、大丈夫? てか私のせい?
羞恥心とおじさんの安否が気になり、複雑な気持ちでおじさんが落ちた所を見ていると、おじさんは川から上がってきた。
そしてこっちを見て満面の笑みでグッと親指を立てる。
いや、無事なのはよかったけど、それはどっちの意味だ? 俺は無事だって意味? それともパンツ見れてよかった的な意味?
複雑な気持ちのままとりあえずおじさんに親指を立て返した。
そして再び予備校めざして歩き始める。
「はぁ......」
風のせいとはいえ、知らない人にパンツ見られたことには変わりないから気分は最悪。恥ずかしいし。
明日は暑くてもズボンで行こうかな......
そう思いながらふと土手の斜面を見ると、そこには辺り一面にクローバーがたくさん生えていた。
ここまで来たってことは、予備校まであとちょっとだ。やっとここまできた......
夏の暑さにふーと息を吐きながら斜面いっぱいに咲くのクローバーに目をやると、その中に何か小さくて赤い物を見つけた。
ん? なんか落ちてる。なんだろ? 赤い花.....じゃないみたい。
拾ってみよう。
少し斜面を下り、足元に落ちているそれを拾う。それは10cmほどの赤いテッ〇のような毛糸の人形だった。
お腹の出ている小太りのクマの人形は、頭からなぜか四葉のクローバーがついている。
可愛い! 四つ葉のクローバーが頭についてるクマの人形とか初めて見た! でもなんでこんなところに落ちてるんだろ? 誰かが落としたのかな?
「どうもお姉さんこんにちは。恐いと思うけど怖がらないで。正直俺もなんでここにいるのか、何者なのか、記憶も何もない。ただ一つ、誰かの恋を実らせたいって気持ちだけはあるんだ。だから協力してほしい! そしてベージュのパンツ、いいセンスだ! 一瞬履いてないのかと思ったよ」
声が聞こえた。
もちろん私ではない。
今の声は!? てかベージュのパンツって、確か今日私はいてるのベージュだった気が......
川に落ちたおじさん!?
慌ててあたりを見渡しても私以外人は見当たらない。
ということは今の声は.......
視線が右手の中にいる人形に戻る。
いや、まさかね! 人形が話すわけが......
「お姉さん聞こえてる? てか俺のこと怖くないの? だいたいの人は俺が話したとたん逃げ出したり投げ飛ばしたりするんだけど」
その声は確かにその人形から聞こえた。聞こえてしまった。
驚きのあまり体が動かない。
「? もしもーし? ベージュのパンツのお姉さん?」
そいつは右手を持ち上げ左右に振ってきた。
「きゃぁぁああああああ!!!!!!!」
「やっぱ投げるんかああああぁぁぁぁぁぁぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
恐怖のあまりそいつを投げると、それは叫びながら遠くへ飛んでいった。
なに!? 今の!? 人形が喋ったし動いたし私のパンツ色を知ってた!?
「はぁ、はぁ、はぁ」
呼吸が荒くなる。理解が追い付かない。
こわい。とにかく急いで予備校に行こう。
斜面を上がろうとして左手の小指に違和感を感じる。
ん?
小指を見ると、一本の赤い毛糸が絡みついている。その毛糸はさっき飛んで行った人形の方から伸びてきていた。
そしてどこか懐かしいような、安心するような感じが小指から伝わってくる。
え、何この感覚....毛糸から何か伝わってくる.....
というかこの赤い毛糸って、まさか.....
「ベージュのパンツよ!!!! 私は帰ってきたぁあああ!!!!!」
私の小指に絡んでいる毛糸はやっぱりそいつの腕から出てきたものだった!
シュルシュルシュルシュル!!!!!
そいつは毛糸を体に戻すのを利用して物凄い勢いで私の方へやってくる!!
「いやぁぁぁぁぁああああああ!!!!」
「ぐほぁあああああ!!!!!」
私はそいつが左手に触れる瞬間、毛糸を振り払おうと振り回すと偶然裏拳がそいつにヒットした。
ポーンとボールのように跳ね返り、2mぐらい先に落ちていく。
小指から糸が外れたのを確認すると、私は予備校に向かって駆け出した。