第7節 秘書代理リノン 再び
「リノンー! ねぇリーノーンー!」
「はい。なんでしょうか? カノン様」
リノンが再び秘書代理となってから二日。
さっそく、この役目に嫌気がさしてきていた。
カノンからの要求内容は相変わらずで雑務と言っていいのかわからない雑務をこなしながら、思い出したようにシノンがいないことを嘆き始めればそれを必死に慰める。
カノンとシノンの間に何があったか知らないが早くシノンに帰ってきてほしいものだ。
そもそも、シノンが帰ってくる条件というモノが一体何なのだろうか?
時々、仕事の合間にマノンのところに赴いて話を聞いたりしているのだが、結局大切なことは聞けていなかったりしている。
リノンはなぜ、セントラルエリアを飛び出したのか。それは間違いなく一番検討すべき問題だ。
しかし、カノンはそれに気づく気配は一切なく、思い出したようにシノンがいないと嘆き、すぐにいつも通りの調子に戻ってくだらない命令を下すというサイクルの繰り返しだ。
リノンはカノンの様子を見つつ、彼女の命令通り動くのだが、これが以前よりも大変になっている。
まず、命令される仕事の量がかなり増加しているということがある。
かつてはリノンのほかに何人かの妖精が手伝っていたのだが、どういうわけかそれがすべてなくなってしまったのだ。
これには裏でシノンが関与している可能性があるが、詳細な原因については定かではない。
次にカノンが以前に増して不安定になっているということがあるだろう。
彼女の中ではシノンという人物の存在感が大きかったようでこの前の一連の出来事で彼女がいるという感覚を思い出してしまったのかもしれないし、もしくは前にシノンが帰った時に何かを言われたという可能性がある。
いずれにしてもリノンの負担が増えたという事実に変わりはない。
リノンは大きくため息をつきながらカノンの下を離れた。
*
「やぁリノン。元気にしてる?」
セントラルエリアのすぐ外。
リノンがセントラルエリアから出てくるのを待っていたかのようにマノンが木の上で待ち構えていた。
マノンはリノンが立ち止まるのを確認すると、目の前に降り立った。
「なんか用か?」
「何かっていうほどでもないけれどね。その様子じゃあまり元気じゃなさそうね」
カノンから命じられた仕事で憔悴しきっているリノンに対して、マノンは柔らかい笑みを浮かべて彼女の前に歩み出る。
リノンはすぐ後ろにある木に体を預け胸の前で手を組んだ。
「……原因はマノンが痛いほどわかってるからいいとして、いつまで続くんだ? こんな状態」
「さぁね。カノン様しだいかな?」
「カノン様しだいね……シノン様しだいの間違いじゃないの? 結局、なんであの人はセントラルエリアを飛び出したのさ? 教えてくれると助かるんだけど?」
リノンの疑問にマノンは少し間をおいてから首を横に振る。
それを見て、リノンはやはり教えてはもらえないかと小さくため息をつく。
その様子を見て、マノンはふっと笑顔を引っ込めた。
「ねぇリノン」
「なんだよ?」
「あなたは……カノン様の……大妖精たちのことをどう思っている?」
「大妖精たちのこと?」
言われて、リノンは頭の中に大妖精の面々を思い浮かべてみる。
代表格はカノンとシノン……そのほかに十四人の大妖精たち……それぞれが個性が強く、一癖も二癖も三癖もある人たちだ。
だが、その一方で彼女たちがかつて妖精国……正式名称でフェアリーキングダムと呼ばれる国を治めていた人たちという事実には変わりがないのだ。
だとしたら、彼女たちの行動には何かしらの理念というか信念があるのだろうか?
かつての国を追われ、シャルロの森の中に住む今も外部からの干渉を極力排除してひっそりと表舞台に出ることなく暮らしている。
今のような時代となってはそれが最も正しい選択となっている。
しかし、大妖精は……すべての妖精はそれで納得できるのだろうか?
そんな思考が彼女の頭の中をぐるぐるとまわる。
「……でも、それが何の関係があるんだ?」
答えが出ないという事実をごまかすようにマノンに話しかける。
彼女はクスクスと笑い声を上げながらリノンを見た。
「関係? さぁどうかしらね? それでどうなの?」
どうやら、彼女は有無を言わさずにリノンから見た大妖精のことを聞きたいようだ。
「はぁ……どうだろうな? あまりかかわらないし、カノン様だけだったら大して参考にならないでしょう?」
「それを踏まえたうえで……どう?」
「それを踏まえたうえでって……正直に言うと、嫌いだな」
「ふーん」
リノンの返答にマノンはどこか興味がなさそうな返答を返す。
彼女はそれを紙にしたためると、すぐに飛び立った。
「おい! どういうことだよ!」
「大妖精に対する好感度調査! 大丈夫! 名前は伏せるから!」
「いや、ちょっと待て!」
リノンが止めるのなど聞き入れる様子もなくマノンは空高く飛び立って行ってしまった。
先ほどの回答はリノンの意志であるともいえるしそうではないともいえるようなものだ。
それがはっきりと調査の結果にカウントされてしまう。
それならそうと言わないマノンも悪いのだろうが、正直に答えなかったリノンにも非があるだろう。
だから、彼女は飛び立つマノンの背中を追いかけることもできずにその場でマノンの背中を見送っていた。
「まぁ仕方ないか……」
別に完全に間違ったことを言ったわけではない。
それにあぁ言う言い方、方法をとっている以上、必ずしも正確なデータを必要としているのではないのかもしれない。
そう開き直り、リノンは再び背後の木に体重を預けることにした。
「まったく……カノン様にも困ったものだ……」
今は何も命じられていないのでこんなふうにゆっくりとしていられるが、そうでなければ一刻でも早く仕事を終わらせるために奔走しているだろう。
マノンもそのあたりを狙ってあんな調査をしたのだろうが……
リノンは今一度ため息をついて彼女が飛び去って行った空を見つめる。
「本当に自由人だよな……カノン様もマノンも……まったく、それに振り回される方の身にも鳴れってんだ……」
そんなことを言いながらリノンはセントラルエリアに戻っていく。
そうすると、さっそくカノンが自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「はいはい。今行きますよー」
リノンは振り返ることなく、カノンへのいるであろう方へ向けて飛んで行った。




