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第5節 エルフの来訪者(後編)

 セントラルエリアの前でシルクを待たせたリノンは全速力でカノンの下へと向かっていた。

 一応、カノンに会わせると決めたのだが、セントラルエリアに入る前に“カノンの許可がないのに入れられない”と別の妖精に止められてしまったのだ。


 リノンがカノンの寝床に到着すると、彼女は木の実を食べながら寝ころがっていた。


「リノン。やっと来た。待っていたよ! そう、待ちくたびれた!」

「お待たせして申し訳ありません」


 自分の中では早めに帰れていた気がするのだが、彼女がそういうのであればわざわざそれを言う必要はないだろう。

 リノンはカノンの前で片膝をつき首を垂れる。


「それで? どうなったの? うん。どうなっちゃったの?」

「はい。侵入者は商人のシルクと種族はエルフです。カノン様とな対談を望んでおり、現在セントラルエリアの外で待たせています」

「なるほどねー」


 カノンは何かを感じたのかニヤリと笑みを浮かべる。


「リノン!」

「はい!」

「その客人を連れてきて。そう。連れてきちゃって! いますぐ!」

「はっ!」


 カノンの指示を聞いたリノンはカノンに背を向けて一気に飛び立つ。


 それと同時に自分の判断は間違っていなかったという思いが彼女の中にあった。


 リノンは全速力でシルクの下へと向かっていった。




 ♪




 シルクが森に入ってからかなりの時間が経っている。

 ようやく、彼女をカノンの下へ連れてきたときにはすでに陽が傾き始めていた。


「ようやく会えたね」

「確かに結構、待たせてしまったみたいで……そう。待ってもらっちゃった」

「いやいや、長老に会いたいといえばそれなりに時間がかかるのは覚悟の上だよ。これぐらいは織り込み済みだ」


 リノンはカノンの秘書なのでカノンの斜め後ろに立ち、二人の会談の様子を眺める。

 カノンの目に前に座るシルクは不敵な笑みを浮かべてカノンを見ている。


「まぁ時間も時間だ。さっそく本題から入らせてもらおうか」

「そうだね。そうしてもらおうか。うん。そうしよう」

「改めて名乗らせてもらうと私はエルフ商会のシルクだ。あぁ別に商品を押し売りしに来たわけじゃないから安心してくれ」

「そう。知っているみたいだけど、私は妖精を束ねる大妖精の長であり、さいきょーの妖精である……」

「カノン様。長いです」


 リノンがつっこむと、カノンは一瞬不服そうな表情を浮かべたのちに訂正する。


「わかったよ……私はカノン。この森の長老」


 カノンの自己紹介を聞いたシルクは不敵な笑みを浮かべたまま彼女に片手をさしだした。


「うん?」

「握手だよ。もしかして、妖精にはそういった文化はなかったか?」

「いや、エルフはあまり他人に肌を触らせないって聞いていたから……そう。触れないって」

「あぁそれは結構前の話だ。私らは商売しているからな。握手ぐらいならするさ。まぁ過剰に触られると気分が悪いっていうのは事実だがな」

「ふーん。そういうものなの」


 そんな会話ののちにカノンがシルクの手を取り握手を交わす。

 それが済むと、シルクは一度座り直してカノンの目を見た。


「さてと……少し脱線したが、本題に入ろう。私が聞きたいのはこの森に住んでいる人間のことだ」

「あぁあいつね。そう。あいつか……」

「おや、わかっているようで話が早い。ちょっと彼女の様子を尋ねたくてね。あぁ別に会いたいってわけじゃないぞ」


 シルクの言葉にリノンだけではなくカノンも拍子抜けしたような表情を浮かべる。

 そんな二人に対してシルクは不敵な笑みを浮かべたままだ。


「えっ? それだけ?」

「まぁそうだ。森に侵入者とあれば確実にあなたに情報が伝わるでしょうし、今回のことでそれは確認できたから」

「はぁ……もうエルフが来るなんてなんなのかと思ったら……というか、何者なの? あの人間。そう。あの侵入者は誰?」


 カノンはもはや呆れてしまっているようで、すっかりとやる気を失っていた。


「そうだな。簡単に言えば“不死者”かな」

「不死者?」


 あまりにも突拍子のない内容だ。

 リノンもカノンもそろって眉をひそめる。


 確かに妖精は長生きで不死という存在自体に疑問は感じないのだが、人間が不死だといわれれば当然ながら疑問を感じざるを得ない。

 人間は頭脳が優秀であるが、短命である。それは、妖精だけではなく亜人たちの共通認識だ。


 しかし、シルクは堂々とした態度で話を続ける。


「そう。百の名を持つ魔法使いセリーヌ……“今のところの”通り名だよ」

「今のところの?」

「そう。私と最後に会ったときはセリーヌを名乗っていたからな……今、会えば別の名前を名乗るだろうな」

「えっと……それで? そう。どういうことなの?」


 ある意味自由奔放な彼女の態度に対して、カノンは明らかに動揺していた。

 普段とはまさに逆の状態だ。


 リノンはそんな彼女と余裕綽々なシルクを見て小さくため息をつく。


「あのですね。言いたいことが見えてこないのですが?」


 リノンがそういうと、シルクはクスクスと笑い声をあげた。


「おっと、すまないな。私の悪い癖だ。まぁ用は何っていうとだな。長い付き合いになるだろうから、変な風に禍根を残さないようにした方がいいってことだよ。ただそれだけ」

「それはご忠告どうも……それで? もう帰るつもり? そう。帰っちゃうの?」

「まぁな。帰りも案内を頼んでもいいか?」

「まっまぁリノンがしてくれると思うけれど……うん。そう思う……」


 純粋に人間の侵入者について警告しに来たらしいが、何かしらの問題の発生の可能性を考えていた妖精側からすれば、本当にそれだけだったので完全に拍子抜けしてしまった。

 もっとも、本当は危害を加えに来たのだとか商品を押し売りしに来ただとかだったらこんなことがなかったからそんな風に思えるのかもしれないが……


「それじゃ帰るわ。あぁそれと、私が扱ってる商品に興味がおありなら次の機会に……ご用命があればエルフ商会へ連絡をくれれば行くので……そちらの方も期待していますよ。長老さん。とリノンだったか? 森の外まで案内してもらってもいいか?」

「えっ? はい!」


 シルクはリノンに声をかけてからさっさと準備をして立ち上がった。


「それではまた、紙とペンはエルフ商会までどうぞよろしく。あぁもちろんそれ以外の商品も扱ってりるけどね」


 シルクはカノンに背を向けて歩き出す。

 リノンは置いて行かれまいとすぐに彼女の背中を追いかけはじめた。




 *




 セントラルエリアを出てしばらくすると、たくさんの妖精たちの視線を感じた。

 おそらく、エルフを見る機械などめったにないから出てくるのを待っていたのだろう。


「まったく、妖精というのは物好きだな」

「それはあなたですよ。わざわざこんなところまで……」

「いやはや、それもそうかもしれないな」


 シルクは自嘲的な笑みを浮かべながら森の中を歩いていく。

 すっかりと森の中は真っ暗となっていて足元が良く見えないというのによく転ばないものだ。


 エルフは森を愛し、森に愛された種族だというがまさにこういったことを言っているのかもしれない。


 リノンは彼女の前を飛びながら小さくため息をつく。


「どうかしたのか?」

「いえ、なんでも……ただ、後から面倒事が多そうだということだよ」

「あぁなるほどね。確かにこの妖精たちに説明するということを考えると面倒そうだな……しかし、奴を敵に回すと厄介だから気を付けた方がいいぞ」

「えぇ。それはさんざん聞いた。実際、面倒事はそれ以外にも……」


 そんな風な会話をしているうちにあっさりと森の出口までたどり着いてしまった。

 シルクは森の外に止めてあった馬車に乗り、リノンへ向けて手を振る。


「それじゃ! また機会があればどうぞよろしく!」


 そう言い残すと、彼女は馬車を走り出させてあっという間に去って行ってしまった。


 リノンはその後ろ姿を見ながら大きく深く息を吐く。


「はぁ……早く帰ってこないかな……シノン様……」


 ポツリと出たその言葉は彼女の本心から出た言葉であった。

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