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第3節 リノンの憂鬱

 マノンと話をした次の日。

 リノンの姿は自身がねぐらとして使っている木の上にあった。


 本来ならカノンのところに行くべきなのだが、今日も来なくてもいいという連絡がワノンを通じてきたのでそれに従う形でこの場にとどまっているのだ。


「マノン……いったいどうしちまったんだ」


 彼女の頭の中をよぎるのは、昨日突然急変したマノンの姿だ。

 どうやらリェノンは何か心当たりがあるようだったが、それに関して話を聞きに行けるような立場ではない。


 妖精と大妖精との間というのは本来、それほどのものなのだ。


 本来なら単なる妖精としてあるべきのマノンが大妖精に近づきすぎているというのだろうか?


 いや、だからと言ってそれだけではマノンの異常は説明できない。


「……考えても仕方ないか」


 なんで自分はマノンのことなんか考えているんだと思考をリセットし、リノンは家を飛び出す。


「さてと、今日は何をしようかな」


 ここ最近、大妖精なんてものにかかわって忘れかけていたが、妖精というのは本来もっと気ままな種族だ。

 大妖精を頂点とする絶対的な縦社会であるとはいえ、そもそも大妖精と関わる妖精自体が希少すぎて、たまに開かれるすべての妖精が招集される妖精議会でも顔を出すのは全体の半分にも満たない。


 大妖精ですらすべてそろわない議会にわざわざ参加する必要はないと考えているものが大半のようだ。

 リノン自身もそうなのだから、そこらへんはほぼ間違いない。


 大妖精が何を考えているのか、なにをしようとしているのか……それは、妖精たちが国を持っていたころから変わらない。


 結局、国があろうとなかろうと妖精たちの生活に何か変化があったというわけではないのだ。


 住む場所が少し狭まっただけ……妖精たちが持っているのはそんな認識だ。


 そもそも、広すぎたのだろう。

 あの国は……


 徹底的に多種族を排除し、自分たちだけであれほどの広大な領土を守ってきた。


 それにどれほどの価値があったのか今となっては分からない。


「どうしたもんかな……」

「どうしたもんってどうしたもんなの?」

「いや、それがわからないからって……マノンか……」


 いつの間にか姿を現したマノンの姿に思わずため息をついてしまう。


「相変わらず、変化の激しい奴だな……」

「何が?」

「いや、こっちの話」


 今はこうやって軽口をたたきあっているが、これが大妖精からの指令を伝える時を始めとして“仕事”ときは人柄が豹変する。

 無表情で敬語を使い淡々とことをこなす彼女の姿を見ていると、なんだか背中に冷たいものを感じるのはなぜだろうか? 大妖精と接していて敬語を使っているときもそうだが、彼女の裏には何かがあると思わせるには十分なモノがある。それは、昨日の出来事も影響しているのかもしれないが……


「ねぇマノン」

「なに? リノン」

「……私たち妖精ってこれからどうなっていくんだろうな……あぁいや、昨日みたいなのはなしだぞ。大妖精が考えていることじゃなくてマノン自身の考えを聞いてみたいなって」

「私の?」

「そう。マノンの」


 何せこれまでリノンがかけらほどにも考えていなかったことだ。

 マノンも同様にそういった類の持論は持っていなかったらしく首をかしげて空を仰いだ。


 しばらくそうしていたマノンであったが、やがて小さくて優しい声で語り始めた。


「……少なくとも変わらないなんてことはないんじゃないかな」

「変わらないことはない?」

「うん。かつて私たちは自らの国を持ち他の種族を排除して自分たちの社会を築き上げていた。しかし、それは亜人追放令という十六翼議会の決定とともに崩壊し、人間の手が伸びるよりも早く私たちは国を捨て、十六翼議会が指定したこの森へ移り住んだ。そして、旧フェアリーキングダムの南端にあったこの地域をこの森の名前からシャルロ地方と改め、シャルロッテの家名を持った鍛冶屋が開拓に乗り出した……」

「まぁそうだな。でも」

「えぇ神域として立ち入りを禁じたこの森の周囲を避けるように町を造ろうとしている。おそらく、そのうちに何かしらの理由を付けてこのあたり一帯に境界線を引くつもりでしょうね。亜人追放令からすでに100年が経っているわけだから、このまま変わらないなんて考えているのかもしれない。だけどかつて、人間を国に入れないために様々な罠を張り巡らせていた国境地帯がいまや私たちの住まいとなっているわけでしょ? みんなはそれをうけいれはじめている。納得していないのは大妖精はじめ一部だけ。それほどの変化が起きたのに変わらないなんて思えるほど下っ端妖精たちの意識に変化が生じてしまっているのよ。これ以上の変化がないなんてことはどう考えてもありえない。少なくとも大妖精が現状に満足しない限りは。それ以外にも森にあるツリーハウス、そしてだんだんと周囲を囲むようにできていく街……これらは私たちに変化を及ぶすには十分な材料だと思うの。その変化の結果がなんなのかは全く理解できないけれど……」

「そうか……」


 語り終えたマノンはどこか不安げで何かを隠しているように見えた。

 そもそも、マノンと大妖精の関わりが急速に増えた時期はちょうど妖精たちが国を追われた時期と一致する。


 その時期に何があったのか、彼女が何をしていたのか……あの混乱期においてそれを気にする余裕はなかったし、何があったのか知るのは当人たちだけでリノンのような下っ端妖精が知る由もない。


 ただ一つ言えるとしたら大半の妖精はこれ以上の変化を望まず、これ以上の変化はないと信じ込み、ほんの一握りほどの妖精は変化を望み、変化があると信じている。


 それのどちらが正しいかはのちにわかることだろう。


 ただ、それ以上にリノンは憂いていた。


 変化があるとかないとかそれ以前に好敵手(ライバル)であり友であるともいえる彼女の変化を……

 大妖精とのかかわりでどんどんとおかしくなっていくのではないかという憂いがどうしても離れない。


 だからこそ、マノン個人の意見を聞きたかった。マノンの考えていることを知りたかった。


 しかし、彼女は長々と話して煙に巻き、本質を悟らせようとはしてくれなかった。


 そのことだどうしてもリノンの中で引っかかる。


「なぁマノン」

「ごめんリノン。そろそろ行かないと……シノン様を待たせているから」

「待って!」

「ごめん! また今度!」


 リノンの制止を聞くことなくマノンは飛び立っていった。


 森の中に一人残されたリノンは木の枝に座り、呆然とマノンが飛び去って行った空を眺めていた。

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