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第2節 シノンの事情(後編)

 ワノンとの会話を終えたリノンがシノンの下に現れると、まるでそのことがわかっていたかのように彼女はにこやかな笑顔で出迎えてくれた。


「あなたが来たのね。リェノンあたりが出てくる可能性も考えていたけれど、さすがにこの程度で大妖精の力は借りないか……にしても、あの子結局、わかっているのかしらね?」

「わかっているって何がですか?」

「なにって、あの子人に頼りすぎることがあるでしょ? だから、こうしていれば自分が一人じゃ何にもできないってことに気づいてくれると思ったんだけど……結局、意味はなかったみたいね。あぁ今言ったことはあの子に言っちゃダメよ」


 どうやら、リノンが来たという事実が彼女を落胆させているようだ。

 しかし、目の前で落胆されたところでリノンは困るだけだし、むしろお前のせいで困っているんだと声を大にして叫びたいが、そうするわけにもいかない。


 少し目線をそらすと、シノンの横に座るマノンがプルプルと笑いをこらえるようなそぶりを見せている。


「マノン。あとで話がある」

「あっはっはっはっはっ! えっ? 話?」

「そうだ。主に私とお前の関係についてだ」

「うーん。まぁいいよ。私もあなたとちゃんとお話ししたいことがあるし」


 リノンとマノンがいうお話のニュアンスは大きく違っているのだが、それを指摘する者は誰もいない。

 リノンとマノンが話し始めるとシノンは我関せずと言わんばかりの態度をとり、離れたところから見ているであろうワノンも干渉する気配はない。


 そのせいもあってか、リノンは本来の目的を半ば忘れてマノンに詰め寄る。


「だーいーたーい! 私はマノンのそーいう態度が気に入らないの!」

「シノン様の御前だって忘れてないでしょうね? あなたはあなたの用事をこなしてから私と話をしたらどう?」

「ぐっ」


 ほかならぬシノンの言葉で自分の役割を思い出したリノンは苦虫を何十匹も噛み潰したような表情を浮かべる。


「私はどっちでもいいんだけどね……そうそう。帰るのなら、言づてを頼んでもいいかしら?」

「……はい。それも役割のうちに入っていますので」

「そう。だったら、“帰るつもりはない。何で私が帰らないのかちゃんと考えなさい”以上よ。それじゃ、頼むわよ」

「わかりました……」


 どうあってもリノンは落胆しているのを隠せそうにない。

 シノンはその様子を見ても表情を崩さないし、マノンはこれまた、笑いをこらえているように見える。


 あとで覚えておけ。


 口には出さず視線だけでマノンにそれを伝え、リノンはその場から飛び去る。


 その様子を無表情ながらもなんとなく楽しそうに眺めるシノンの姿があった。




 ♪




「それで? あっさりと帰って来たの? 来ちゃったの?」

「……はい」


 リノンからの報告を聞いたカノンの機嫌は見るからに最悪だ。

 頭を下げているリノンは彼女の表情を伺い知ることはできないが、声だけでそのことがわかった。


「シノンは……シノンは他になんて言ってたの?」

「その……それ以上は」

「ふざけないで! シノンが出て行った理由を調べるのがあなたたちの仕事でしょう! そう! 仕事なの! それが帰ってくるつもりはないっていう言づてだけで終わりってどーいうことなのよ!」


 ドンッと何かを殴りつける音がする。

 カノンは立ち上がり、リノンの目の前まできて彼女のあごを持ち上げる。


「いい? 一週間後にもう一度チャンスをあげるわ。それまでにちゃんと仕事をこなしながらシノンを連れ戻す方法を考えて。そう考えなさい!」


 端から見ればその背格好も合わさって、子供が癇癪を起こしているようにしか見えないかも知れない。

 しかし、カノンのすぐ目の前にいるリノンは全身の血液がサーと引いていくのを感じていた。


「わかった?」

「はっはい!」


 普段、マノンはどうしてこのような相手に対して、ぞんざいな態度をとれるのだろうか?

 リノンは涙目ななりながら、そんなことを思考する。


「どちらにしても今日はもういいわ。帰って。そう、さっさと帰りなさい」

「はい」


 彼女に追い返されるような形でリノンはその場から立ち去っていく。


「どうしたっていうのよ……シノン……」


 カノンのそんな言葉を背にリノンはカノンの寝床を離れた。




 ♪




 リノンがセントラルエリアをでると、その出口でマノンが待ちかまえていた。


「その様子だと、うまく立ち回れなかったみたいね」

「……見てたの?」

「そんなことはないわよ。何となくそんな感じがしただけ……それよりも話があるんでしょ? 場所を変えましょうか?」


 平然とした顔でそう言ってのけたマノンは着いてきてと言わんばかりに歩き始める。


「この場じゃダメなの?」

「まぁそうね。少しセントラルエリアから離れましょう」


 彼女のそんな言葉に促されて、リノンはその場から歩き始める。


 それを確認したマノンもまた、リノンの前を歩き始めた。




 ♪




 セントラルエリアから少し離れた場所にある木の上。

 そこにマノンとリノンの姿があった。


 マノンは上の方にある枝に腰掛けるなり話し始める。


「あなたもいろいろと言いたいことがあるでしょうけれど、私の方から話をさせてもらうわ。そもそも、なんでシノン様がカノン様の下から離れたのか理解できてる?」

「いや、まったく……最初はカノン様があまりにわがままで嫌気がさしたのかと思ったけれど、実際にシノン様にお会いした感覚だとそうじゃなさそうだな。やっぱり、シノン様が他言しないでほしいっていった内容が重要なんだろうな」


 ただ、その意味をちゃんと理解できていないリノンはただただ困惑するだけで、答えにはたどり着きそうもない。

 そのことを知ってか知らずかマノンはにっこりと笑って答えを示す。


「そう。そこが大切。シノン様はカノン様に気づいてほしいのよ。シノン様の言う重要なことに……おそらく、あぁ見えても結構頑固な方だからそれまではてこを入れても帰らないおつもりでしょうね。もっとも、今まではカノン様一筋でずっとカノン様の為にって動いていたから、カノン様からすれば自分が命令すれば都合よく動いてくれる部下ぐらいの認識でしょうけれど……おそらくだけど、シノン様はその認識を改めてほしいと思っているのよ」

「そのせいで私たちがこれほど迷惑こうむっていると」

「だから、近づかない方がいいって言ったでしょう? そうすれば、少なくともあなたは巻き込まれなかったというのに」

「へいへい。ご忠告を聞かないで悪かったわね」


 いかにもめんどくさそうに振舞うリノンを見てマノンはクスクスと笑い始める。


「まぁそんなに気張らなくてもいいと思うわよ。仮にこの件についてカノン様が厳罰を下そうものならシノン様が味方になってくれるはずだから……だから、私たちは私たちなりの讃美歌を謳いましょう」

「讃美歌?」

「そう。人間が教会で神をたたえる歌を歌うように私たちは私たちの物語を紡いで神様ってやつを楽しませるぐらいのつもりで生きて行かないと。だって、他の生物にとって有限だといわれる時間は私たちにとっては無限に存在するんだもの!」

「まっマノン?」


 明らかに様子がおかしいマノンを前にリノンは思わずたじろいでしまう。


「シノン様はおっしゃっていた! これは新たなる神話のための下準備だと。そう。私たちは新たな神話の登場人物にして証人になると!」


 強い風が吹き荒れ、森の木々を揺らす。

 おそらく、風の妖精である彼女の力が暴走し始めているのだろう。


「おい! 落ち着けマノン!」


 リノンの呼びかけをもってしてもマノンは落ち着く気配を見せない。


 彼女の狂ったような笑い声は森中へと響き渡る。

 マノンはシノンから何を聞いたのだろうか? シノンは……いや、カノンは何をたくらんでいるのだろうか?

 たくさんの疑問がリノンの頭の中を巡るが、どうあっても答えが出る様子はない。


「さぁ! 新たなる神話の扉を! 今! この手で!」


 刹那、マノンの体が崩れ落ちる。


「えっ?」


 何が起きたからわからず、呆然と落下していくマノンを見ていると、誰かがその体を受け止めた。


「迷惑かけてすまない。少々、気が張っていたみたいだからな許してやってくれ」


 そう言って、木の下から金髪の少女がリノンの傍らにマノンを寝かせる。


「リェノン様……」

「私は急ぎの用があるからここで失礼するよ」


 金髪の妖精……リェノンはリノンに何かをいわせる暇も与えずに飛び去って行ってしまった。

 結局、その場に気絶したマノンと呆然としたリノンだけが取り残されていた。

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