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第21節 カノンの手紙

 「……何だこれ……」


 紙の裏から火であぶるという方法で手紙を読むことができたリノンが声をあげる。

 それは今初めて手紙の内容を見たらしいマノンも同様だ。


 どういうわけかそうする前に手紙の内容を知っていたらしいノノンはその様子を平然とした様子で眺めていた。

 おそらく、途中で字を書き間違えるなどして捨ててしまったものだと思われるそれには、途中までではありながら重大な情報が見え隠れしていた。


 リノンは今一度手紙の内容を確認するように手紙を読み始める。



 拝啓、アルドンサ・マリ・モンテジョル様。


 時期は整いました。

 神話計画の実行の時期です。


 つきましては……



 これだけの内容の手紙なのだが、それはリノンと、マノンを驚かせるには十分すぎるほどの内容だった。

 ます、手紙の差出人にあたるアルドンサ・マリ・モンテジョルと言う名前。これは見覚えのあるモノだ。


 リノンの記憶が正しければ、一部の人間たちが信仰している神様の名前だ。

 曰く、数々の世界を見通し、観測する。自らは直接世界に干渉しないが、何かしらの駒を使って表にわからないようにして世界に干渉する。


 干渉してどうするかなんてことまでは知識にないのだが、人間たちが団体で信仰しているのならば、それなりのなにかがあると見て間違いないだろう。


 どうやら、事態はとんでもない方向に動こうとしているらしい。


 このような手紙を出しているのなら、今自分たちのいる世界に対して妖精たち……少なくともカノンを利用して干渉しようとしているということなのだろう。


 それと同時になぜこのような手紙をノノンが手にすることができたのかと言う疑問が生まれるが、それはノノンに聞いても答えは帰ってこないだろうし、そんなことは些細な問題だ。


 リノンは改めて手紙に目を落とす。


「少し気持ちとか頭の中とか整理してもいいか?」


 相手が大妖精だということすら眼中にないほど混乱しているという自覚を持ちつつ、リノンはノノンに話しかける。


「えぇ。どうぞご自由に」


 ノノンからの許可を得たリノンは椅子に座って頭をかかえて思考の海に沈む。


 今、自分がしようとしていることはなにか?


 それは単純だ。


 妖精よりも上位の種族である大妖精の長、カノンに逆らうような行動だ。


 森で普通に暮らしていると、あまり感じることはないのだが、妖精という種族は基本的に大妖精より下の存在だ。

 これはすべての大妖精および妖精の共通認識であり、普段そういった意識を持たずに、さらに言えば、疑問を感じる隙間など微塵もないほどに当たり前のこととして体の芯まで刻み込まれている。


 そんな一種の常識をわざわざ覆そうなんて言うフロンティア精神にあふれた妖精はなかなかいないのでそれは暗黙の絶対的ルールとして古くから二者の間に存在している。

 そんな中において、ノノンという後ろ盾があるとはいえ、大妖精の長であるカノンに対して抵抗を見せようとしているのである。これはかなり大きい……大きいはずだ。


 ノノンはあまりの事態に状況を中々整理しきれないでいるリノンを見てニコニコと笑みを浮かべる。


 今頃ながら、この人は笑顔で人を殺せるタイプの人なのではないかとすら思えてきた。これからどういった手段を使うかしらないが、カノンに対抗しようとしているのだ。なのに余裕なことをアピールするかのように笑顔を浮かべていられる彼女は純粋にすごいと思えてしまう。


 もっとも、それぐらいの何かがないと大妖精という種族は存続することが難しいのかもしれない。

 なぜなら、大妖精と妖精は生まれたときからそうであるというわけではなく、妖精の中でも優秀な個体が大妖精という種族へ変化するという仕組みだからだ。その中で何かしらの条件をクリアして、妖精たちを支配できる立場になってはじめて大妖精を名乗ることができるらしい。


 ただ、妖精は自然の権化ともいわれているだけあって、新たな妖精が生まれるということは相当な環境の変化が起きない限りありえないとされている。もちろん、それと似たような理由から妖精の消滅もまた、滅多なことがない限り起こり得ないため、ほぼ同様の面々でさらにいえば、妖精はかなり排他的な種族であるため、他との交流もほぼほぼ絶たれた状態で何百年も過ごしていくことになる。


 だからこそ、その中で大妖精は絶対的な支配体制を築き、妖精たちから逆らう気力を奪うような方式をとってきた。

 今でこそおだやかな大妖精たちも心の底では妖精たちをいかにして支配していくかという算段を立てていたりするし、妖精たちも心のどこかでは絶対に大妖精には逆らえないと思っているところがあるので外部からの強力な介入がない限りはこの関係はおおきく変化することはないのかもしれない。


 現にリノンだって、仮に神話計画で何をやろうとしているのかと知ったところでノノンという後ろ盾がなかったら行動すら起こさないだろう。


「そろそろ気持ちとか考えの整理は終わった?」


 頃合いを見計らっていたのか、相変わらず笑顔を崩さないノノンが声をかける。


「……まぁ一応はついたことにしておきますよ。いつまで考え事ばかりしていても仕方ないし、動き出しますか」

「おぉそういう返事を期待していたのよ。さて、それじゃ早速シノン当たりのところに行きましょうか。マノン、案内して」

「はい。わかりました」


 ノノンの命令に対して深々と頭を下げてから返答をしたマノンは二人を先導するような形で歩きだす。

 これからカノンのところへ行くというのにニコニコと笑顔を浮かべたままのノノンに対して、リノンはすっかりと緊張しきったような表情を浮かべている。


 マノンの、表情はうかがい知ることはできないのだが、おそらく表情ひとつ変えずに歩いているのだろう。

 そこまで考えてリノンはため息をつく。


 大妖精であるノノンはともかく、ただの妖精であるはずのマノンはどうしてここまでできるのだろうか?

 いや、これだと少し語弊があるかもしれない。なぜ、彼女はここまで行動をすることができるのだろうか?


 歩く度に少し揺れるマノンの背中に視線を送る。


 その背中はどこか自分たちとは違うなにかがあるように思えて、手の届かないところにあるのではないかとすら錯覚させられる。

 どこかでマノンはすべての妖精の中で一番代用背に近いなどと言われているが、その所以はこういったところにあるのかもしれない。


 そんなことを呆然と考えていると、不意に目の前を歩いているマノンが歩みを止めた。


「リノン。私の背中ばっかり見ているところぶわよ」


 後頭部に目がついているのではないかと思うようなセリフを放つマノンに一瞬、驚いて戸惑いつつも半ばあきれたような態度で返答する。


「えっ? いや、それは……じゃなくて、どうしてわかるんだよ」

「うーん。勘かな? でも、そういう返答が返ってくることは私の背中を見ていたんでしょ? どうせ、マノンの癖になんで冷静なんだよとか考えていたんじゃないの?」


 彼女は平然とした表情でそういうと、そのまま歩き出す。

 マノンが指摘したリノンの考え事の内容は微塵にもあたっていないのだが、わざわざそれを否定するまでもないので小さく息を吐いて彼女の後ろについて歩く。

 なぜか、その二人の姿をノノンは楽しげな様子で見守っていたのだが、これに関しては気にするだけ無駄というものだろう。


 それぞれの思惑を胸に三人はセントラル・エリアの深い森の中を歩いていく。


 今頃ながら、どうして空を飛ばないのだろうという疑問を持つリノンであるが、そんなことを言い出せそうな雰囲気ではないのでその疑問は心の奥底にこっそりと封印することにした。

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