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第20節 契約書

 妖精の森のセントラル・エリア。

 そこの外れにあると思われるその空間はなんとも異様な雰囲気に包まれていた。そんな場所においてある机を囲んでいるのは大妖精のノノンと妖精のマノンとリノンだ。


 リノンの前には同意書……というよりも契約書がおかれていて、それにサインをするのをノノンが今か今かと待っているような状況だ。


「……これは……どういうことですか?」

「どうかしたの? その同意書の内容。不満?」

「えぇ。簡単かつ分かりやすい内容だな。でも、その分だけあいまいで危険な部分が多くあると私は思う。。それにこれ、単なる同意書じゃなくて契約書だよな? それも存在する限り絶対的な効力を発するっていう一番厄介な奴だ。それを同意書なんて言って手軽に描かせようとする当たり、裏に何かあると考えて妥当じゃないのか?」


 リノンは自身の目の前に置いてある契約書を指さしながらそういった。


 そんな彼女の目の前にある契約書に書いてある文章はたった一つ。“大妖精ノノンに逆らった場合、妖精の住む森より永遠に追放されることを承諾します”というものだ。

 とてもじゃないが、簡単に承服できる内容ではない。この文章にはノノンに逆らった場合という状況について明確な答えが示されていないので解釈次第ではちょっとした些細なことで簡単にリノンをシャルロの森から……下手をすれば妖精が住む森という言葉の解釈から旧妖精国地域から追放することが可能になってしまうわけである。


 不機嫌そうな様子を隠そうともせずにいるリノンを目の前にしてもノノンは余裕の笑みを浮かべながら答えを提示する。


「大丈夫。理不尽にこの森を追い出したりするつもりはないわ」

「口ではいくらでも言える。それは契約書に書いてないじゃないか」

「安心して。今回のことが終わったらあなたの目の前でこの紙をきれいに破り去って、契約破棄をさせてもらうわ」

「本当にか?」

「えぇ本当に」


 彼女は真っすぐとリノンの目を見ながら答える。

 いや、もともと最終的にこれを断るという選択肢など存在していないのだろうから、この言葉を引き出せたのはある意味よかったのかもしれない。

 いまいち不安が残るが、これ以上粘ったところで今度はどんどん自分の方が不利になっていくような気がしたのでリノンは不満が残りつつもここで折れることにした。


 リノンは小さくため息をついてから近くにあったペンを手に取った。


「わかった。書くよ」

「それはどうも、ちゃんと血もつけといてね」

「はいはいわかりましたよって……」


 決めれた枠の中に自身の名前を書き、指を少し切ってそこから出た血を少し垂らす。


「これでいいのか?」

「えぇ。かまわないわ」


 ノノンはにやりとした笑みを浮かべて、その契約書を手に取る。

 彼女は魔法でそれをどこかにしまうと、改めてリノンの方を向いた。


「さて……それじゃ話をしましょうか。カノン様が進めようとしている神話計画とその阻止方法について……といっても私も神話計画に必ずしも明るいわけじゃないから少し間違っているかもしれないけれど……」

「明るくないって……」


 阻止するという割には何とも情けなく思えてしまう。

 だが、彼女とて大妖精。先ほど、あの木の上で力の片鱗を見せた上にあんな契約書まで書かせたのだから何も考えがないわけではないだろう。


 その期待に応えるようにノノンはゆっくりと話し始めた。


「……そもそも、神話計画というのは先ほど見せた力。つまり、この地上に本来は存在しない力を取り入れることを目的としているの。そして、その力はどこから来ているものだと思いますか?」

「力の発生源って空か?」

「えぇ。半分正解ね。正確に言えば、空の上に住んで入れるとされる住民。天使族もしくは神族……神話計画という名称からすれば神族の可能性の方が高いかもしれないわね」

「神族って……神様っていうことか?」


 リノンの問いにノノンは小さくうなづいて答える。


 神様といえば、神話にしか登場しないという存在だ。

 世界を作ったとされる創造神やら大地の神、海の神とその数は多岐にわたる。しかも、地域ごとで信仰の対象や範囲、考え方が違っていて地方によって信じられている神様や神話は全く別のモノだ。


「そう。神話計画というのは誇張でもなく本当に神の力を取り入れる計画だと私は思っている。私は実際に神様や天使がいるかどうかは知ることはできないけれど、カノン様ならその真偽を確かめたりコンタクトをとることは可能だと思うの」

「神族や天使ねぇ……」


 何とも話が壮大すぎて想像もできない。

 それもそんな力を利用する計画がカノンをはじめとして大妖精たちが進めようとしているのだ。そして、大妖精であるノノンはそれを止めようとしているわけだ。

 その理由は現状のところいまいち不明瞭なのでそれもまたちゃんと確認しておかない点のうちの一つだろう。


 一歩間違えば大変なことになってしまう。妖精の森から追い出されるようなことがあったら、リノンにとっては死活問題だ。

 だからこそ、リノンは物おじせずに目の前の大妖精に疑問をぶつける。


「……それで? どうして反対なんだ?」

「一応、事前に言っておけば単なる感情論で反対しているわけではありません。そのうえで語らせてもらえばあれはあまりにも危険なモノになる可能性を内包しすぎているからといったところでしょうか?」

「危険なモノになる可能性……なるほどな。でも、それだけだと感情論といわれても反論できないんじゃないのか?」

「えぇそれはもちろん。ですから、これが危険だという根拠も集めているところです。裏付けができて初めてそれは反対意見として成立するわけですから」


 彼女はそういいながら一枚の紙を机の上に置いた。

 それに何か書いてあるのかと覗き込んでみるが、見る限りそこに何かしらの文章が書かれている形跡はない。


 なんとなく、魔力痕も調べてみたのだがそれに関しても何も引っかからない。

 純粋にただの紙のように見える。


「これは?」

「……これはその証拠について記した紙よ。もっとも、ある特殊な方法を使わないと読めないようにしてあるけれど……」

「見れないようにって……だが、魔法を使った痕跡は……」

「なにも魔法を使う必要なんてないわよ。かつて、人間たちは魔法に頼らずに手紙を他人に見せないようにする技術を持っていたわ。今回は徹底的にただの紙切れだと思わせるためにわざわざその方法を用いたのよ。まぁ並大抵のことじゃなかったら、協力者がいたことは認めるけれども」


 彼女は不敵な笑みを浮かべながら紙をひらひらと振る。

 その様子から見て、おそらくはったりなどではなく本当にそこに何か仕込まれているのかもしれない。


 そう思わせるほどの何かが彼女から垣間見えたのだ。


「……まぁ同意書も書いてしまったわけだし、協力させてもらいますよ。ノノン様」

「あらあら、さっきみたいに粗暴な口調でいっそ呼び捨てでもいいわよ」


 唐突に改まったような態度をとるリノンを見てノノンは静かにほくそ笑む。

 その表情を横にいたマノンは見逃していなかったが、残念ながら当のリノンは気付くことができなかった。


 こうして、永遠と続く演劇のような議会の舞台裏でことは静かに動き始めた。


 ある意味で妖精史上初となるカノンの行動の阻止。大妖精が領土を破棄して明け渡すという宣言をした時でさせ起きなかった事態がまさに今動き始めようとしていた。

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