第19節 リノンの考え事
大樹の上での出来事の直後。
マノンが待っているあたりまで降りてきた二人は互いに疲れたような表情を浮かべながら近くの枝に座る。
「……ノノン様」
「マノン。リノンの同意はとりあえず得たわ。これから説明と作戦会議をするからついてきて」
彼女はそういうと、それ以上疲れたような様子を見せずに歩きだす。
リノンとマノンは互いの顔を見てから立ち上がり、ノノンの後についていく。
「ノノン様。ところで本当に実行するということでいいでしょうか?」
「えぇ。大妖精一人と妖精二人……人数としては十分でしょ?」
「そうですね」
ノノンの問に答えるマノンの表情はあまり明るくない。
神話計画。ノノンが先ほど見せたのはその一端だけ。その計画が何なのかわからないリノンには二人の会話を完全に理解しきるのは難しい。
三人……それも、大妖精一人と妖精二人という人数の組み合わせに何か意味があるのだろうか?
前を歩くノノンの背中に生える羽の間にチラリチラリと何かしらの文様が見える。
おそらく、それは彼女が着ている服の背中に描かれているものだろうが、リノンの知識ではそれが何かを理解することができない。
妖精の羽を思わせるような羽の刺しゅうはノノンが来ている青色の服と相まって一見、妖精議会の時に掲げられる旗と同様の文様のように見えるのだが、妖精議会の時のそれと決定的に違うのはその羽が片翼であることだ。
単なる服の模様だといわれればそれまでかもしれないが、なんとなく気になる。
「リノン。伝え忘れていましたが、あなたに言うべきことがありました」
「伝え忘れていたことですか?」
ノノンはリノンの返事聞くと、その場で立ち止まる。
リノンはうっかりとノノンの背中にぶつかりそうになったが、ぎりぎりで止まることができた。
「えぇ伝え忘れていたことです……今回の騒動にあなたを巻き込みましたが、必要以上のことには首を突っ込まないことをお勧めしておきます。これはノノン個人ではなく、大妖精として妖精に対する忠告です。しっかりと胸に刻んでおいてください」
「へっはい!」
「よく覚えておいてください。例えば、事件に関係ないことにまで首を突っ込もうとするなど言語道断なので」
まるですべてを見透かしているかのようなタイミングでの忠告にリノンは背筋が寒くなるような感覚を感じた。
自分が背中の文様を気にしていることに気が付いたのだろか? そうでもしないとかかわるなんて言う警告が出てくる理由がわからない。
リノンの額を一筋の汗が伝う。
こちらを見ていないながらもノノンは満足したのか、何事もなかったかのようにそのまま歩き始める。
よくよく考えてみると、いろいろと妙だ。
普通に考えれば、地べたを歩くよりも空を飛んだ方がはるかに速い。しかし、ノノンもマノンもなぜか地面を歩いている。
普段、空を飛んでいて地面に歩くという感覚に慣れていないリノンにとってはかなり大変なことだ。
足はもう限界だとすぐに悲鳴を上げ始めるし、小石などを踏んだ時には足の裏にかなりの痛みが走る。地面を歩く人間たちがクツなる防具を足に着けていたのを不思議がってみていたが、こうなってみるとクツとやらの重要性がなんとなくわかったような気がする。
しかし、それを今わかったところで手に入るモノではないので今度、歩くことがあれば時々森にやってくるエルフにでも注文すればいいだろう。もっとも、そんなことは相当ないと思うが……
妖精というのは本来、翼を持ち自由に飛び回ることのできる種族だ。そういう意味では地べたを走ることしかできない種族よりは優位だと思っている。
もちろん、上には上がいて、同じ羽をもつ種族のなかでも力では吸血鬼に劣るし、速度や優雅さでは天使に劣る。
しかし、その小ささゆえの機敏性に関しては妖精が勝っているだろう。
いや、なぜ自分はこんなことを考えているのだろう。
そこまで考えてリノンは首を横に振る。
自分の理解が遠く及ばない訳の分からない状況に半ば混乱して現実逃避し始めているらしい。
とにかく、今は目の前の現状を見つめるべきだ。足の痛みなど関係ない。
リノンは自身に必死に言い聞かせる。
「リノン。大丈夫?」
そんなリノンを心配したのか、いつの間にか横に並んでいたマノンが小声で声をかける。
「今のところは問題ないよ。マノンこそ大丈夫なの?」
「うん。私は大丈夫。結構、歩きなれているから」
純粋な笑みを浮かべながらマノンが答える。
その表情を見る限り、マノンは今回のように裏で行動することがあるのかもしれない。だからこそ、妖精なのに地べたを平然と歩けるのだろう。
単純に地べたを歩くのが好きで時々やっているという可能性もあるが、少なくともリノンと接しているときは大半空を飛んでいるのでその可能性は薄い。そうなると残るのは今回のような隠密行動に慣れているという可能性だけだ。
マノンがこれまでどんなことに関り、どんなことをしてきたのか知らないが、“大妖精に最も近い妖精”などと陰でいわれている彼女がこれまで歩んできた道はリノンの想像には及ばないようなモノだったに違いない。
その結果が今目の前でさりげなく明かされているように見える。もちろん、これはリノンの主観であり、真実ではない。
だが、それでも限りなく真実に近いような気がするのはなぜだろうか?
「……到着したわよ」
そんなリノンの思考はノノンから声がかかったことにより中断させられる。
リノンがその声に反応するような形で顔をあげると、そこは森の中にある小さな広間だった。
自然にできたと思われるその場所には、木で作られた机とそれを囲むように四脚のいすが置かれていて、ノノンはそのうちの一脚に座って机に向かう。
「あなたたちも好きなところに座りなさい」
そういったノノンに対して、マノンは小さく頭を下げる。
「お言葉に甘えさせていただきます」
マノンは机のほうに歩いて行き、ノノンの斜め前に設置されたいすに腰掛ける。
「ほら、リノンも座って。話が進まないわ」
改めてマノンが催促するが、目の前に対峙されている選択肢はノノンの目の前に座るか、ノノンの横に座るかという二択である。
「わかりました。私もお言葉に甘えさてもらいます」
ノノンの横に座り寄りはまだましだろうと、リノンはマノンの横……つまり、ノノンの目の前の席を選択してそちらの方へと歩いていく。
リノンがその椅子に座るとき、ノノンが少しにやりと笑ったような気がしたのは気のせいだろうか?
ともかく、リノンが着席することにより話し合いを始められるということが満足なのか、ノノンはすぐに笑顔を浮かべる。
「それじゃ作戦会議を始めましょうか」
ノノンは笑顔でそう告げ、マノンとリノンは真剣な表情で首を縦に動かす。
その様子を見たノノンは満足げな表情を浮かべながら、どこからともなく二枚の羊皮紙を取り出し、それを机上に置く。
「というわけで、この同意書にサインをして頂戴。まぁ別に深い意味はないから気にしないで」
明らかに怪しいそれを前にノノンは笑顔でそう言い切った。




