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第1節 シノンの事情(前編)

「リノンー暑いから扇いで……そう、うちわで扇いでよ」

「はいはい」


 カノンの求めに応じてリノンが木の葉でできたうちわで風を送る。

 カノンは枝の上でごろんと寝ころがり、だるそうな表情を浮かべている。


「あぁもー弱い。そうじゃない。もっと強くしてよ。そう強く」

「はい」


 よくシノンはこのわがままに付き合っていけたなとうちわを扇ぐ手に力を入れながら思う。

 これだからシノンはいなくなったのではないかと言いたくなるが、それを言ったらどんな仕打ちが待っているかわかったものではない。

 彼女のそばにいるマノンに言わせればカノンは思い通りにことが進まないと何を仕出かす分からないなどと前に言ってのが彼女の中で必要以上の自制を促していたのだ。


 実際問題、目的の為に手段を択ばないし、そのために妖精を使うことに大した抵抗は感じていないようだが、強く反発しない限り何かがあるわけではなく笑って流されることの方が圧倒的に多い。

 しかし、妖精の中でそれを知っているのは普段から大妖精たちと接しているマノンぐらいでたまに訪れる程度のリノンやそもそもセントラルエリアに入ることが許されない妖精たちはそんなことを知る由もない。


 リノンは大した不満を口にすることなくうちわを扇ぎつづけた。


「そうだ。そろそろワノンが来るころだっけ? そう来るころね」

「ワノンがですか?」

「そう。シノンについての報告……見つかったかな? 早く見つけちゃってよ」

「そうですね。見つかるといいですね」


 シノンが見つかってほしいというのは、数少ない本心から出た言葉だ。

 シノンさえ無事に帰ってこれば、リノンはこの場から解放されるのだ。


 頼むからいい報告であってほしい。

 そう願ったちょうどその時だ。


 上空から勢いよく一人の妖精が降り立った。

 薄緑色の髪を短く切りそろえている少女の名はワノンだ。


 彼女はカノンの前で大きく深呼吸をし呼吸を整えるとゆっくりと膝をついた。


「報告に参りました」


 ワノンの声にリノンは意外そうな表情を浮かべる。

 実を言うとワノンとリノンは亜人追放令が出るより前からの付き合いなのだが、リノンの中にあるワノンの印象はどこかおどおどとしていて危なげなイメージだ。

 しかし、目の前にひざまずく少女ははっきりとした口調で迷うことなく言葉を選んでいる。


「それで! それで! シノンは見つかったの? 見つかっちゃったの?」


 カノンは帰ってきた父親に土産をねだる子供のように目を輝かせながらシノンに駆け寄った。


「……はい。先刻、例のツリーハウス周辺にてマノン様と談笑されているシノン様を発見いたしました。これより、シノン様からの言伝をお伝えいたします」

「うん! うん! それで?」

「はい。“しばらく帰らない”とだけ……マノン様も事情をご存知のようでそのことについて何も言っておりませんでした」


 あまりにも期待外れの報告にカノンはその場に崩れ落ちた。


 当然だろうとリノンは思う。

 普段、これほど荒い使い方をされるのだ。シノンの仕事を代行してからまだ一日と経っていないがすでに嫌になってきている。


「マノンも? マノンはシノンがここにいなくてもいいってそう考えっているの? 考えちゃったの?」

「いえ、マノン様は“カノン様のそばに控えるべきなのはシノン様をおいてほかにない”とおっしゃっていました。ですのでいなくてもいいというわけではないかと……」


 ワノンの口調がだんだんと尻すぼみになっていく。

 目の前のカノンの反応にどうしていいかわからないのだろう。


 しばらく、うつむいていたカノンはゆらりと立ち上がる。

 その眼ではどこかうつろで同時に底知れぬ闇を抱いているように見えた。


「……わかった。もういい」

「えっ?」

「もういい! 下がっていいって言っているの! 無駄だとは思うけれどあなたにはシノンの監視の命をくだす! 報告は一日一回! 緊急性を要すればいつでもここに踏み入ることを大妖精カノンの名において許可する!」

「はっはい!」


 追い出されるような形でワノンがその場から逃げ出していく。

 その背中を見送ったカノンは少し離れたところに立っているリノンに視線を移した。


「リノン」

「はい」


 話しかけられて頭を下げる。

 表向きは平静を装っているが、リノンの心臓ははちきれないばかりに脈を打っている。


「少し席を外しなさい。今日は来なくていいわ。頭を上げて頂戴」

「はい」


 あくまで冷静に冷静にと言い聞かせながら頭をゆっくりあげる。


 そこには感情がない瞳でじっとこちらを見るリノンの姿があった。


「……ただし、シノンと一回接触しなさい。ちゃんと帰るように交渉してきて。その結果を明日聞くわ」


 ひどく冷たい口調でそう命じられる。

 その瞳はもはや人間を見るモノではなく、自分の都合に合わせて動く道具を見ているようなそんな瞳だ。


「かしこまりました」


 リノンはこの場から逃げ出したい一心で頭を下げる。


「早く言って!」


 強い口調で言われ、リノンはこの場から離れた。


 そこから振り返ることなくリノンは高々と上空へと飛翔していった。




 ♪




 セントラルエリアを出てから数十分。

 いろいろと悩みながら飛んでいたせいか、目的地へ着くのが思ったよりも遅くなってしまった。


 到着すると小池から少し離れた木の上にワノンの姿を見つけた。


「ワノン」

「ひっ」


 リノンが話しかけると、彼女はビクッと肩を震わせてこちらを振り向いた。

 先ほどの経験が相当効いているのか、彼女は目に涙をたくさんためてびくびくと体を震わせていた。


「りっリノンー」


 そのままワノンがリノンに泣きついた。


「よしよし。怖かったね……」


 幼子をあやすようにワノンを優しく抱いてゆっくりと頭をなでる。

 すると、びくびくとしていたワノンは徐々に落ち着きを取り戻しリノンから離れる。


「私にどうしろと……」


 ワノンの声は切実そのものだった。そもそも、大妖精たるシノンに万が一などありはしないのだからシノンがカノンの下に戻るまで一日一回今日はどうでした。まだ帰りそうもありません。なんて言い続けなければならないのだ。


 そんな彼女を思いながら対象が陣取っているであろう場所を向く。


 ワノンが陣取っていた木からはシノンとマノンが仲良く談笑をする姿が見え、それこそが本来の妖精の姿だといわんばかりに笑顔を浮かべている。


 大妖精という種族は本当に勝手だ。


 その風景を見て、リノンはそう思った。


 当人たちにはとてもじゃないが面と向かってぶつけられない理不尽な怒りを笑顔を浮かべて話にふけっているマノンにぶつけたくなる。


「ワノン。がんばって。私が今からシノン様と話をしてくるから」

「……うん」


 涙を浮かべるワノンの頭をもう一度なでてリノンは小池の湖畔に座っているシノンの方に向けてとびだった。

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