第16節 目撃者リノン
ヒノンから離れたリノンはセントラル・エリアにほど近い場所を飛んでいた。
このあたりは比較的妖精の数が少なく、ましてや妖精議会が開会されているときに誰かがいるなどということはありえなさそうな場所だ。
だからこそ、こんな場所でこそこそと何かやってるのではないかと探れそうだったという理由を提示できると考えてこの場所に来たのだ。
この場所で適当に時間をつぶしていれば、ヒノンも満足するだろうという考えだったのだが、その考えは悪い方向へと働いてしまった。
リノンがなんとなく降りた茂み。
その先から見える広間に水色の髪が特徴のノノンという名前の大妖精と議場から姿を消していたマノンの姿があった。
あまりにも珍しい組み合わせにリノンは少し声をあげそうになってしまった。
マノンは妖精であり、カノンに比較的近い立ち位置にはいるのだが、彼女がカノンやシノン以外の大妖精と一緒にいる姿というのはあまり見ない。
対して、ノノンは比較的、シノンに近い立ち位置であり、古くからの親友だと知られている。
この二人の接点と言えば、この場にも議場にもいなかったシノンということになるのかもしれないが、そのシノンは姿はおろか気配すら感じられない。
この二人の間には何かあるかもしれない。
自ら目銅ごとを避けたいとこの場にいるのにリノンは茂みの間から必死に二人の会話に聞き耳を立てる。
「……でどうするつもりなの?」
「いや、だから……が……なんですよ」
距離が離れているせいか、二人の会話の内容をしっかりと聞き取ることができない。
しかし、二人が深刻そうな話をしているのは確かのようで、声色は真剣そのものだ。
「……から、カノン様は……」
「そんなの関係ありません。とにかく!」
ところどころ肝心なところが聴こえないため、どんな会話を交わしているのかわからない。少し近づこうと、手を前にやると、茂みがカサッと音を立てた。
気づかれたのではないかと思い、二人の方に視線を向けてみるが、二人が気付いている様子はない。しかし、これ以上近づいてばれたりしたら厄介なのでこれ以上に距離を詰めることはせずにおとなしく息をひそめる。
「……でも! このままでは!」
「まぁまぁあなたの言うこともわかるけれど……過剰に外の技術を取り入れるのは感心しないわ。私たち妖精の背丈にあったものでないと」
議論が白熱しているからか、二人の声が少し大きくなる。
どうやら、外の世界の技術を取り入れるかどうかという話のようだ。おそらく、マノンが多く取りいれようと主張して、ノノンがそこまで多くは必要ないと主張しているのだろう。
はたして、妖精議会が行われているのを抜け出してまでする話なのかとも思ってしまうが、それもまた、取り入れるモノ次第といったところだろうか?
「そもそも、私は最初から神話計画には賛同しかねているの。カノン様だっておかしいと思わない? 唐突な行動はよくあるけれど、突然あの方に捧ぐとか何とか言いだすもの。そのくせ、あの方が誰か一切明かさないし」
「まぁそれはそうですが……しかし、カノン様は妖精にとって不利になるようなことはなさらないはずです! それを!」
「でもね。相手が必ずしも妖精のためを思って接触してきているとは限らないでしょ? たとえば、とても魅力的なエサをつるしておいて、あとからそれ以上の価値のあるものを奪ってい行くような連中とか……相手がだれか明かさない以上、信頼することはできないわ。まぁあなたが心配しているように表だって反対の声を上げることはしないから安心して頂戴。あくまで私は中立派よ。表向きはね」
ノノンはマノンの頭をなでた後にこちらに向かって歩いてくる。
リノンは焦って、より頭を下げて茂みの中に埋もれた。
こちらの方へ歩いてきているノノンの足音はリノンのすぐそばまで着たタイミングでいったん止まる。
恐る恐る顔をあげてみると、凍てつくような冷たい視線でノノンが見下ろしていた。
「……盗み聞きとは感心できないわね。そもそも、かくれんぼはもう少し音をたてないようにしないといけないわよ。隠れるなら隠れる。何が起きているのかを調べたいなら調べたいならそれで徹底しなさい」
彼女は冷たい声でそう言い放つとそのまま飛んでどこかへと行ってしまう。
バレていた。いつの間にかマノンが姿を消したという事実にすら気づかずにリノンは早鐘のように鳴り響く心臓音を静めようとうづくまる。
しかし、滝のように流れ続ける汗は止まらず、呼吸が狂い始めるのを感じる。
これはかなり不味い事態だ。
相手は妖精の上位種族である大妖精。何をされるかわかったモノではない。下手を打てば、ちょうどいい見せしめとして扱われるかもしれない。
そんな可能性に考えが行き当たり、リノンは頭を抱える。
だからこそ、関わりたくなかったのだ。
相手は大妖精。盗み聞きするにしても、一筋縄で行くはずない。
顔をあげようとすれば、あの冷たい声を貫くように痛い視線を思い出して身震いしてしまう。
怖いなんて言葉では表現しきれないようななにかをあの大妖精は持っていた。
いや、大妖精なんてもともとそんなものだろう。
彼女たちからしたら、ちょっと脅せば自分のように恐れおののいて、引き下がる。
だから、いることがわかった上で大声で話すという行動に繋がるのだろう。
いや、大声で話していたというのはおかしい。
大体、盗み聞きをされていることをわかったうえで大声を出すということは、聞かせていたという可能性もある。となると、その目的は何か?
ようやく冷静さを取り戻したリノンは先ほどまで恐怖が支配していた頭の中で徐々に先ほどの出来事を少しずつ組み立てていく。
仮にノノンがリノンに聞かせようとして大声を出していた場合、可能性として考えられるのは二つ。
一つは最後の行動まで踏まえて、リノンが関わらないように仕向ける方法。最後の方を多少聞かれたぐらいでは問題ない部分を聞かせ、とんでもないことを聞いてしまったのではないかと考えさせたうえで最後に脅しをかけて黙らせる。
もう一つの可能性としては、あえて聞かせることで興味を持たせ、最後の脅しに屈すればそこまで、そうでなければ巻き込んでみようなどと考えている場合だ。
今回の場合、リノンの言葉に調べるなら徹底的になどというモノがあったから後者の可能性が高い。並の妖精であれば、前半の部分で恐れおののいてこのあたりの下りなど耳に入ってこないだろう。
幸か不幸か、妖精にしては肝が据わっているリノンはその言葉を最後まで聞いてしまったわけである。
「はぁ……このまま引き下がるのも癪だし、ノノン様のいう通り調べてみるか……」
とは言っても何をするべきだろうか? とりあえず、今の優先事項はヒノンをうまく追い払うことだろうか?
リノンはそんなことを考えながら、その場から離れた。