第14節 賛成派と反対派
結論から言えば、カノンの演説から数分後から議場は荒れに荒れた。
ちゃんとした説明もなく、賛同の声だけが欲しいといったのが失策だったのだろう。念密な準備をする大妖精……それもカノンにしては珍しい失敗だ。
普段、彼女はほとんど遊んでいるようにしか見えないが、実は裏で念密な計画を立てている……と信じたい。いや、立てているのだろう。たぶん。
大妖精や一部妖精の行動を見る限り、先に彼女が口走った神話計画とやらもそれなりに前から準備が進められていたようだし、これぐらいの批判は想定の範囲内なのかもしれない。
よくよく見てみれば、壇上の大妖精たちにたいした混乱は見られないし、それは最初に賛成の声をあげた妖精たちもそうだ。
リノンはその状況をじっくりと観察しながら状況を整理する。
まず、この議場全体を見て思うのは賛成派に対して反対派が圧倒的に多いということだ。
得体も知れない方針への反対というのはあってしかるべきであるが、それは反対するという声のみであって、質問は一切見受けられない。
ただ単に反対だ反対だと言っているばかりである。
一方の賛成派および提案している側である大妖精はそれに対して反論も説明もなくただただ状況を見守っているだけだ。
そんな中でどちらの声も上げないリノンはじめ中立派は賛成派以上に少数だ。
リノンの場合、傍から見れば議論に参加していないもしくは状況が呑み込めずにどうしようか迷っているように映るだろう。
実際、リノンから見て他の中立派はそう見える。
「静粛にしてください」
ここにきて、ようやくマノンが声を上げる。
その瞬間に議場を再び静寂が包み込んだ。
「……得体のしれないモノに対しての反対の声は十二分に理解できます。しかしながら、これから行うことは妖精のために必要なことなのです。今回を逃せば次にチャンスが来るのはずっと先……妖精歴1819年以降だとみられています。これほどの時間を失った場合の損失は計り知れません。あなた方はそれを補てんできますか?」
マノンのある種の脅しとも取れるような言葉は議場に重くのしかかった。
誰もが発言をためらい、状況を読み取れないでいる。
恐らく、マノンにこれを言わせたのは大妖精であろうが、それをしなければならないほど状況は切羽詰まっているのだろうか?
マノンの発言の後、少しの間を挟んで今度はシノンが壇上の中央に立った。
「……妖精の皆様。このままでは賛成多数は難しいと判断いたしましたので手短にながら概要を説明させていただきたいと思います」
その状況に妖精たちもリノンも困惑の色を隠せない。
大妖精側からの譲歩の提案。これまで、あまりなかったことだ。
そもそも、これまで妖精議会というのはあくまで形式的に行うだけであって、上部組織にあたる大妖精協議会で決まれば誰も文句を言えない仕組みになっている。
だから、今回のように大妖精全員が賛同している時点で反対派の言葉が通る可能性は絶望的だ。
しかし、それでもこれから概要を説明しようなどと言う譲歩を見せると言うことは、妖精議会での承認が必須条件になっているということだろうか?
いやしかし、今までそのようなことはなかった。先も言ったとおり妖精議会での承認などあくまで通過儀礼的な扱いであり、議会会則を見てもこれを最重要に置かなければならない事態などそう滅多にない。
あるとすれば、ある種の対外的なアピールだろうか? 妖精も大妖精も基本的には閉鎖的な種族であるが、一切のかかわりを断絶しているわけではない。
カノンがいう“あるお方”が妖精議会での賛成多数を求めているのなら、妖精議会で承認されるようにと必死になって動く可能性は否定できない。
しんと静まり返った議場では、風が木の葉をなでる音がやけに大きく響く。
そんな中で大きく深呼吸をするような様子を見せたシノンは静かな口調で話し始めた。
「……我々妖精がこの場所へ隔離されてから早100年が経とうとしています。いえ、その前の妖精国時代であっても他の種族を寄せ付けなかったという意味では妖精国という領土に閉じ込められていたとしても間違いではないかもしれません。ですが、いつまでもそれではいけないのです。私の未来観測では将来はこのままでは失敗する可能性が高いと感じています。はっきりと見たわけではありませんが、変革をもたらしたほうが良いという判断に至ったのは事実です。そして、その協力者も現れてくれました。それがカノンが申しております“あのお方”です」
概要説明であっても名前が出てこない“あのお方”に議場が少々ざわつく。
これもある種の異常な状況と呼んでもいいかもしれない。
話の流れを読む限りでは、その“あるお方”はとても重要なはずなのにその正体は明かされない。
これでは納得できるものも納得できないだろう。
最初から一貫して反対の声を上げている妖精たちは黙っていない。
なぜ、名前も出せないような人物を信頼できるのだ。と……これはもっともだ。おそらく、大妖精サイドとて想定していたことだろう。
それらの声が一通り収まったのを見守ってから、シノンは再び口を開く。
「……皆様がご納得いただけないのも理解できます。しかしながら、この神話計画は妖精にとって重要なポイントの一つであり……」
その後も内容をはぐらかしたような説明と反対派の抗議の声が入り混じり議場はこれ以上にないほど荒れに荒れた。
リノンはあまり議会に参加する方ではないのだが、このような状況は少なくとも自分は見たことがない。ことはもっと淡々と進むし、妖精たちもそこまで意見を述べたりしないのだ。
そういう普段の状況と反対の声を積極的にあげているのが一部の妖精だけだということが結びつくと、この状況自体が仕組まれているという可能性も出てくる。
「はてさて、どうなるモノかな……」
そんな大荒れの議場を見てリノンは一人ごちる。
そのつぶやきはすぐに騒然とした議場の中に飲み込まれていったのだが、その声は確かに近くに座っている妖精たちには届いていたようで何人かがこちらを見た。
おそらく、議論に参加しないでどういうつもりだというのと、自分と同じように困惑している妖精を発見して安心しているかのどちらかであろう。
結局、その後も議論は続き、結論は翌日まで持ち越されるという決定がされて議会は解散された。




