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第12節 妖精議会招集

 リノンがカノンの秘書を始めて半年が経とうとしていた。

 その間、彼女自身にあまり大きく変化はなく、時々、職務放棄をするものの相変わらずくだらない理由で使われる日々が続いていた。

 もちろん、シノンに帰るように説得したり、マノンに少しの間だけでも代理を頼めないかと交渉を重ねたりしていたのだが、それらはすべて無駄に終わってしまった。


 リノンは大木に寄りかかり、大きなため息をついた。


 それにこの頃、リノンはずっと疑問に思っていることがある。


 “神話”


 文字通りに解釈すれば、神々を題材にした話の数々でそれぞれの国や宗教ごとにその特色は大きく異なる。リノンが秘書をやりだしたころからちょくちょくとこの“神話”という単語を耳にするのだが、それは結局どのような意味で使われているのだろうか。


 マノンは“新たに神話を創る”というたぐいの発言をしていたはずであるが、当然ながらマノンもシノンもはたまたカノンたちも神ではない。あくまで自分たちは単なる妖精だ。

 なにか行動を起こせば歴史には残るかもしれないが、それが神話になるとは限らない。


「どういうことなんだろうな……」


 いくらか考えたところで結論は出そうにない。

 こればかりはこの発言をしたマノンや妖精たちの行動を把握しているであろう大妖精あたりでないとわからないことなのかもしれない。


「ねぇリノン! リノン! どこなの? そう。どこに行っちゃったの?」


 リノンの思考を中断させるには十分な声量でカノンの声が聞こえてくる。

 リノンは小さくため息を吐いて大木から体を離す。


「今、行きますよー」


 リノンは返事をすると同時に声のした方へ向けて飛び立つ。

 すると、カノンの姿はすぐに見つかった。


 彼女がいつも寝床にしている木の一番上で彼女はリノンの名を呼んでいたのだ。


 リノンはまっすぐとそこへ飛んでいき、カノンのすぐそばに降り立った。


「お待たせいたしました。何かご用でしょうか?」

「やっと来た! うん。急ぎの用事なの! そう急ぎなの!」


 カノンはいつになく焦った様子でリノンの肩をつかんだ。


「かっカノン様! 落ち着いてください!」

「えっあぁうん。ごめんね。そうごめん。ちょっと、あわてちゃって……」

「えぇ構いませんけれど……大丈夫ですか?」


 カノンのただならぬ様子に嫌な汗をかきながら、用件を尋ねる。

 カノンは小さく深呼吸をしてから改めてリノンの顔を見た。


「……リノン。ちょっと、まずいことになったの。そう。まずいの」

「まずいことですか?」

「うん。とりあえず、今すぐ妖精議会を招集するから大妖精全員に声をかけて。そう。かけちゃって……それと、全妖精への通達を頼んでもいい? そう。頼んじゃうよ。日付は今日! 出席者が集まり次第始めるから! そう。始めちゃうから!」


 妖精議会……この森に住むすべての妖精を集めて不定期で開かれる大規模な議会のことだ。これが開かれること自体は珍しくないが、何の予告もなく開かれるとなると話が違う。

 そうしなければならないほどの事態が発生したということなのだろう。


「はっかしこまりました!」


 リノンはカノンに頭を下げて勢いよく飛び立つ。


「リノン! 頼んだからね! そう! 頼んだよー! 大妖精全員の参加意志表明以外は聞かないからねー!」


 カノンのそんな声を背にリノンは飛んでいった。




 ♪




「妖精議会? しかも、今日ってなんの冗談でありんすか? わっちをそのようにからかうなど大概にせい」


 今現在、頭を下げるリノンの前で踏ん反りがえっているライトグリーンの髪の妖精はカノンを含めて十六人いる大妖精の一人であるナノンだ。

 彼女以外の他の大妖精たちはすでに議会の招集に応じており、大妖精の中で議会への参加を表明していないのは彼女だけだ。

 しかし、彼女はリノンの話をまともに取り合わず、ただただめんどくさそうな口調で返事を返すばかりだ。


「しかし、ナノン様!」

「だまりんす。妖精議会が何の予告もなしに唐突に開かれたことがあるのか? 申してみろ。それとも何か? わっちに声をかけるのを忘れておってあわてて連絡をしに来たのでありんすか? まったく、これだからただの妖精は使えぬというモノよ」


 ナノンは左手に持っていた扇で口元を隠す動作を見せる。

 そんな彼女の前でリノンはひたすら頭を垂れているのみだ。


「突然の訪問の上、このような話題を持ち出したことについては謝罪いたします。しかし、本日の妖精議会の開会が今日決定されたということは事実でござまして……」

「うるさい! 黙れといっておろう! かような事例があってたまるか! さっさとわっちの前から消え失せぬか!」


 何が気に入らないのか、ナノンは木になっていた硬い殻につつまれた木の実をリノンに向けて投げつける。

 ゴスッという鈍い音がして、木の実がリノンの頭にあたる。


 しかし、リノンは頭を下げたポーズのまま動かない。

 このままナノンの了承だけ得られなかったという報告を持って行ってもカノンの機嫌を損ね、もう一度言ってこいと言われるだけだ。

 それでは単なる時間の無駄であるのでここはおとなしく頭を下げ続けていたほうがいいという判断がリノンの頭の中でくだされたのだ。


「なにとぞ。お考え直しを!」

「黙れと言っておろうが! さっさと消えぬか! かくなる上は……」

「待ってください」


 ナノンがスッと立ち上がり、扇を構えたその時彼女の頭上から少女の声が響いた。


 その声に反応するようにして、ナノンの動きが止まると同時にリノンのすぐ横にマノンが降り立ち、片膝を地面について首を垂れる。


「ナノン様。妖精議会が本日開会という話題に疑問を抱いていらっしゃるようですが、妖精議会開会の知らせは事実にございます。カノン様が議場にてお待ちですのでお急ぎ支度をしていただきたく参上仕りました」

「何? 妖精議会開会の話は本当だったということでありんすか?」

「はい。連絡が突然になり申し訳ございませんが、緊急事態故ご容赦くださいませ」

「そっそうか……そうじゃな。妖精議会には緊急議会もあったの……すっかりと忘れておった」


 顔を上げていなくてもナノンが冷静な思考を取り戻しているとわかるほど彼女の声色に大きな変化が見られている。


「……まったく。仕方ないよのう。妖精議会は参加じゃ。リノンと言ったか。先ほどはすまなかったの」


 彼女はついさっきまで見せていた傲慢な雰囲気をどこかに吹き飛ばしてしまったかのように謝罪する。

 リノンはその声を聞いて、頭をあげた。


 彼女はリノンの目の前に立ち頭を下げた。


「本当に申し訳ない。そなたには悪いことをしたでありんす」

「いえ、こちらこそ突然の訪問、申し訳ございませんでした」


 これで、カノンが望む返答を持って帰ることができる。

 リノンはそんな安堵感を胸に抱きながら今一度頭を下げる。


「それでは妖精議会へのご出席お待ちしております」


 リノンとマノンは揃って頭を下げてナノンのもとから立ち去っていく。

 見送る彼女の姿かが見えなくなると、リノンはようやく緊張を解いて肩の力を抜くことができた。


「助かったよ」


 リノンが感謝の言葉を口にすると、マノンは表情一つ変えずに速度を上げてリノンより先の空を飛ぶ。


「議会の開催が遅れたら困るでしょ? だから、助けただけ……次は議場で会いましょう」


 マノンはそれだけ言って、シャルロの森の空へと消えて行った。


「ありがとう」


 リノンは改めてその背中に感謝の意を伝える。

 その言葉がはたして遠くへ飛んでいくマノンの耳まで届いたのか、定かではないが、リノンは満足げな表情を浮かべてセントラル・エリアに向けて飛んで行った。

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