間奏 シノンの未来観測
「見てみましょう。最初から、すべての始まりを……過去と未来とすべての結末を……この先、紡がれるであろう新たなる神話を……」
マーガレットの住むツリーハウスの近くの池。
そこのすぐそばにシノンの姿があった。
現在、彼女の周りにはリノンやマノンの姿はない。
強いて誰かがいるとするならば、池の向こうの家の住民がいるというぐらいだろうか?
もちろん、マーガレットとかいうその女性は家の中にいるし、こちらを見ている様子もない。
シノンは羽の裏にある紙を剥がして自らに秘められた力を開放する。
本来、シノンの力は皆が知っているような不安定なものではなく、ちゃんとした未来予知である。
それがいつ起きるかまではわからないモノの全力で力を使えば、具体的に何が起こるのかはっきりとみることができる。
普段はシノンの身体的負担とカノンの考え方からこの力をある程度封印しているのだが、今日ばかりは違う。
新たなる神話。妖精たちがそう称して行動している現在において、マーガレットという人間と妖精の接触は大きなターニングポイントだ。
それは接触したのがマーガレットとリノンだからというわけではなく、人間(と称すには若干怪しい部分もあるが……)と妖精が接触するということが何よりも大切な要素なのである。
それはさておいて、新しい神話を紡ぐにあたり、現在の行動が正しいかどうか引き返せるうちに確かめるべきだというのがシノンの考え方なのだ。
口では色々言ったもののシノンがカノンから距離を置いた本当の理由はこの力を開放するタイミングを見計らうためだ。
カノンで見ている前でこの力を使うわけにはいかない。
彼女は妖精国を建国した時からすべてはゲームだと言ってきた。
最後にだれが勝つのかわからない、結末を誰も知らない、永遠に続くコンティニューのできないゲーム。
彼女は自分の永遠に近い人生に未来予知などという結末がはっきりとわかってしまう要素はいらないとそう言っているのだ。
もしも、未来予知で悪い結果が出るようであれば、適当な理由を付けて彼女のところへ戻り、適当な理由を付けて彼女の行動を正しい方向に導けばいい。
シノンは目をつぶって意識を集中させる。
ピチャンという水が水面にたれるような音がして、シノンが目を開けると、真っ先に飛び込んできたのは視界を覆い尽くすほど大きい黒い物体だ。
シノンの力における未来観測というのはいつかの未来に自分がミルであろう光景を映しだすというものだから、このままいけばこのような場面に遭遇するということだ。
少し後ろに下がってみれば、その黒い物体が長細く、煙突からもうもうと煙を出している様子がうかがえる。
右の方を見てみれば、鉄で造られているとみられる車がいくつもつながっていて、そこに人が乗るのであろうと理解できた。
だとすれば、目の前にあるのはその車をけん引するための何かということなのだろう。
その黒い何かから視線を外し、その周りにいる人物に視線を向けてみるとそこにいるのはカノンやリノンと言った妖精たちとあのツリーハウスの住民、黒髪の少年といった具合だ。
これを見る限り、このままの道で未来に進めばカノンが思言えばいているモノとは別の方向に収まるだろう。
状況がわからないなりにそれだけは認識できた。
シノンは再び目をつむり、意識を現世の自分の体へと持っていく。
しばらくして、再び水の音がするとシノンはゆっくりと目を開いた。
「……なんだったんだろう……あれ」
そのころにはシノンの意識はもはや、カノンの作戦云々ではなく、自分が見た真っ黒な物体に持ってかれていた。
彼女の思考とそれから導き出される行動はすでに当初の目的から大きく逸脱したモノとなっていく。
後になって、カノンはこのような事態になるのを恐れていたのかもしれないと気づくのだが、そんなことは関係なしにシノンはいかにしてカノンを上手に誘導するかという方向に思考を集中させる。
カノンは見た目というか行動こそ単純に見えるのだが、その実は違いかなり考えに考えを重ね言動にはかなり注意を払っている。
何も考えていないように見せて油断させて、相手を意のままに動かす……シノンへの依存もそういった行動の現れ……のはずである。
シノンは時々カノンという存在がどんなものか忘れそうになるが、そういったときは初対面の時のことを思い出したりしている。
シノンと出会ったばかりの時の彼女は確かに凛々しくて言動もしっかりしていた記憶がある。
それが、あのようになったのは妖精の長となってから、すなわち妖精国が建国されたころである。
そこまで考えてシノンは今考えるべきことじゃないと首を横に振る。
「さてと……どういたしましょうかね……」
シノンは楽しそうな表情を浮かべて、ツリーハウスの方向に視線を送った。
「これから、楽しいことになりそうね……」
会ったことのないそこの住人に向けて、シノンはポツリとメッセージを送った。
*
シャルロの森の中心部。
セントラルエリアの中央付近の願いの大樹の前にいたカノンは魔力の波動の乱れに気が付いた。
この感覚はおそらく、シノンが能力を全力で使用したというところだろうか?
シノンは気づかれていないと思っているのだろうが、彼女が能力を開放した時の波動は意外と広く波及するのでこの森の中ぐらいなら簡単に感知することができる。
もっとも、自分もこれからすることを考えれば彼女に対して文句を言えないので、彼女が何か行って来たらアドバイスを真摯に聞いているふりをして彼女の言う通りに動くとしよう。
カノンは願いの大樹に両手をつき、目をつぶる。
その後、何かをぶつぶつとつぶやくと彼女と願いの大樹は光に包まれ、それが晴れたころにはカノンの姿はそこにはなかった。
数分後、その場に戻ってきたカノンはどこか焦ったような表情を表情を浮かべていて、落ち着きのない様子で胸に手を当てていた。
「……いったい、どういうことなの? ねぇどういうこと? わけがわからない……どうして、どうしてそういうことに?」
その姿を偶然にも目撃したある大妖精は“まるで誰かに自分の考えを否定されて焦っているようだった”と語っていた。
ほかの大妖精に目撃されていることなどまったく気づきもしないカノンは何度か深呼吸を繰り返して息を整える。
「……でも、やるしかない。そう。やろう。すべてはあの方に捧げる新たな神話のために! そう。神話のため!」
何かしらの決意を固めるようにカノンはそうつぶやいていた。