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第11節 カノンとシノン

 シャルロの森セントラルエリア。

 大妖精と大妖精から許可を受けた妖精しか住まうことのできないこの場所の奥地にリノンの姿があった。

 彼女の目の前にいるのは珍しく気難しい表情を浮かべているカノンとなぜか、彼女の傍らに立っているマノンの姿であった。


「……なるほど、つまりそれがシルクから聞いた情報のすべてなんだね? 全部なんだよね?」

「はい。確かに彼女はそう言っておりました。いかがいたしましょうか?」


 リノンは二人に対して深々と頭を下げたまま報告をする。

 それを聞いたカノンは小さくため息をついた。


「リノン。報告は聞いたから顔を上げていいよ。それとマノン。対策を考えて。そう。考えちゃって」

「はっ」

「はい」


 カノンの言葉にそれぞれ返事をしてリノンが頭を上げる。

 それとタイミングを合わせるようにマノンは空に飛び立ち、その場にはカノンとリノンだけが取り残される。


「リノン。ありがとう。うん。感謝している」

「ありがとうございます」


 リノンは今一度頭を下げる。


「いいよ。いちいち頭を下げなくて。うん。かまわない」


 カノンの言葉でリノンは頭を上げ、再び彼女の姿を見る。


 彼女は真剣な表情を浮かべたままリノンの前まで降りてきた。


「リノン。シノンを呼んできて。そう呼んで。これは、緊急事態だから……リノンの力を……能力が必要だって伝えて。そう。伝えちゃって」

「わかりました」


 カノンの言葉を聞き届けたリノンはシノンがいるであろう池の方向に向けて勢いよく飛び立った。


「ちゃんと伝えてよね! そう。伝えて! というか、シノンが来なかったらどうなるかわかってるよねー!」


 後ろから聞こえてくるそんな言葉は聞こえないふりをして、リノンは西の空へと消えて行った。




 *




 マーガレットが住むツリーハウスのすぐ近くにある池のそば。

 そこにシノンの姿があった。


 それを上空から確認したリノンは一気に彼女のいる場所まで急降下する。


「シノン様!」


 ほぼ不意打ちのような登場の仕方なのだが、シノンはそのことを予測していたようで対して驚く様子もなく、立ち上がった。


「リノンですか。どうかしたのですか?」

「はい。カノン様がお呼びです。緊急事態だから力を借りたいとおっしゃっています」

「そう。カノンは件の能力を求めているのですね?」

「はい」


 カノンがはっきりと告げたわけではないが、恐らくそういうことなのだろう。

 目の前に立つ妖精シノンの特殊能力は“不確定ながらに未来の可能性を予測する能力”である。


 あまりにもややこしい名前の能力なのだが、要は目の前に二つの道があるとして右と左、その先にどの程度の影響……つまり、左だったら何もないが、右に行ったら死ぬ可能性すらある。といったような形で未来を観測することができるのだ。

 ただし、それは“何かがある予感”というだけで右に行ったときに死ぬ可能性があるほどの何かを感じても、それが死んでもいいと思えるほど良い出来事であるのか、はたまた何かしらの事故で死んでしまうのかといったようなそれが対象にとって良い出来事なのか悪い出来事なのかまではわからないそうだ。


 ただ、こちらに行くと何か大きな出来事がある。あちらでは大したことはないだろう。


 そこからは対象者自身が判断すればいいことだ。


 リスクが高い方を選ぶかそれとも確実に安全なルートを取るか……実際、それで何が起こるかはその時になるまでわからない。

 おそらく、カノンはそれぞれの選択におけるリスクを知りたいのだろう。


 リノンが控えている前でシノンはジッと空を眺めている。


 おそらく、彼女は自身の能力で自分がついていくべきか否か判断しているのかもしれない。


 そう思ったリノンは話しかけずにひたすらおとなしく彼女が口を開くのを待っていた。


 そのままどれだけの時間が経過したかわからないが、体感だけでいえばとんでもなく長い時間ののちにシノンはようやく重い口を開いた。


「わかりましたと言いたいところですが、私はカノンの下へは行きません。たまには自分で何とかしてほしいと伝えてください」

「えっ?」


 あまりにも予想外すぎる答えにリノンは唖然としてしまった。

 ここまで言っても彼女はカノンの下に戻る気はないようだ。


 その様子を見て、リノンが何も悟っていないと理解したのか小さくため息をついてから彼女は事の顛末を説明し始めた。


「大体、あの子は私に頼りすぎなのよ。もうちょっと、長老としての自覚を持ってほしいものよね。あなたもそう思うでしょ?」

「はっはぁ……」


 まるで人が変わったように口数が多くなったシノンにリノンは思わずたじろいでしまった。

 しかし、そんなことお構いなしだといわんばかりにシノンは次々と言葉を紡いでいく。


「だから、私言ってやったの。長老としてちゃんとするまで絶対に帰らないって! そういったのにあの子ったらなかなか理解してくれないし……そもそも! たまには自分自身の力を使えばいいって思うわけなのよ! もお! 大体、何かと呼び出すかと思えば変な雑用ばかりだし、本当の緊急事態なんてたまにしかないし、ちょっとは自分でできるようになりなさいっていう話よ!」

「えっまぁ……」

「あなただってわかるでしょ? あの子のだらしなさ! 長老としての自覚がなさすぎるのよ!」


 自分の予想があながち間違っていなかったという嫌な事実を確かめながらリノンはおとなしく彼女の話を聞き続けていた。




 *




「はっ結局帰ってこなかったの? そう。来なかったの?」


 リノンからの報告を聞いたカノンの一言目がそれだった。

 対応をどうするか否かという以前にそちらの方が大切なのかとリノンは大きくため息をついた。


「はい。先ほども言ったとおり自分で何とかするようにとのことです」


 しかし、それに対してリノンは努めて冷静に応対する。

 それがつまらないのかカノンは余計に機嫌を悪くした。


「リノン! もういいから! 帰って! そうさっさと立ち去って!」


 カノンの怒鳴り声に対して、リノンは深く頭を下げ、その場から立ち去って行った。


「えっ? ちょっと、本当に帰っちゃうの? ねぇ別に謝ってくれれば……いや、そうじゃなくてもさね?」


 背後からそんな声が聞こえるが気にしないでセントラルエリアの外を目指して飛び立つ。


 もっとも、シノンとの話の最後にカノンが自分でやるために徹底的にやれとシノンから指示を受けているのでそれに従い、カノンの下から離れることにしたのだ。もっとも、これでシノンが帰ってくるのであれば万々歳だし、仮にカノンが何かしようにもシノンが守ってくれるので何も悪い話ではない。


「ごめん! 言い過ぎたから! ちょっと待って! そう待ってよ! リノンー!!」


 何かが聞こえてきた気がしたが、そんなことはないと自分に言い聞かせ、リノンはセントラルエリアの外へと出て行った。

 その数時間後、再び大粒の涙を浮かべながらカノンがリノンの寝床を訪れ、深く深くため息をつきながらシノンの下へと赴くことになるのはまた、別の話。

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