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第10節 エルフ商会の支部

 今、リノンの目の前にはどう見てもただの家にしか見えない建物……地図上にはエルフ商会ティンドルフ支部と記されている場所だ。

 リノンは覚悟を決め、恐る恐る扉を開ける。


「ごめんくださーい……誰かいらっしゃいますか?」


 声をかけながら、扉を開けるが建物の中は真っ暗で人の気配はない。


「入りますよー」


 そう言いながら、リノンが一歩足を踏み入れたとき、建物内の灯りが一斉に点灯した。


「いらっしゃい……確か、リノン。だったかな?」


 灯りのついた建物内には多くの棚があり、そこには所狭しと紙が置かれていた。

 そんな店内の一番奥……カウンターに肘をつくような恰好で黒いローブを着た人物がほくそ笑みを浮かべているのが確認できた。

 リノンは小さくうなづいてから、そちらの方に歩み寄っていく。すると、ローブの人物はローブを脱いでその素顔を見せた。


「……シルクさんでしたか」

「そうだよ。シルクさんだ。にしても、人間に変装すると容姿だけではなく性格にも影響が出るのか?」

「出ないわよ。ただ、念には念をってやつね……ここは大丈夫?」


 そんな風に答えを返しながらリノンは変身魔法を解いた。

 一瞬、体が光に包まれると羽が可視化され、容姿も幾分か幼くなる。


「にしても、よく見抜いたな。変身魔法はちゃんとかけていたはずだけど……」

「あぁそれか。魔力痕ってやつだよ。最初にこのことを提唱したのは他でもないセリーヌなんだが、魔法を使うとその対象物に対して何かしらの証拠が残るっていう考え方だ。その魔力を詳しく分析することができれば、誰が何の魔法を行使したのかまでわかるかもしれないなんて言っていたよ。付け加えれば、亜人追放令以降どういうわけか、人間の魔力が急激に減少し始めている。このことを加味すれば、ただの人間が変身魔法をかけっぱなしで町を出歩くなんてことはありえないわけだ。そこから推察されるのは、変身魔法をかけないと町に入れない亜人。そして、私を訪ねてここに来る可能性があるのは妖精。しかもリノン。あなただという結論に至ったわけだ。さて、用件はこの話に上がったセリーヌのことかな?」


 彼女はすべてを達観したように余裕の笑みを浮かべている。

 そのころになると、リノンは店内を進みシルクのすぐ目の前に到達し、カウンターの前に置いてあるイスに腰掛けていた。


「まぁその通り。セリーヌ……今はマーガレットと名乗っているんだけど、そいつについて知っている情報がほしい」

「ふーん。直球で来たねぇ。まぁ回りくどく言おうとも内容は同じだろうから、それはそれで好きだよ。さてと……どこから話すべきか……一番わかりやすい経歴がいいだろうか?」

「まぁ順番は好きにしてもらってもいいよ」


 リノンの答えを聞いたシルクはどこか満足げな笑みを浮かべながら立ち上がり、いったん奥へと入っていく。

 おそらく、そういった情報が書かれている紙が部屋の奥に集められているのだろう。


「えっと、まず名前は不明というか不定。私が聞いただけでも三十はある。おそらく、この調子だとどんどんと増え続けるだろうな……ついでに言えば出生地、両親もまったく不明。もともと、旧魔族領にて魔族と暮らしていたらしい。そこでの魔法事故により不老不死になり、統一国が魔族領を編入する直前に魔族領を出ている。その後は統一国首都近郊で当時鍛冶屋をしていたマミ・シャルロッテの下に居候し、彼女が領主になる前にそこを出る。その後、シャルロシティに本部を置くエルフ商会に所属するまでの間の行動は不明。一説には孤児に混じって孤児院にいたなんていわれている。その後はエルフ商会にしばらく所属、この時は偶然にも私と行動していた。その後、彼女はシャラ、メロ、カルロと言った旧妖精国内の亜人組織を転々としたのちにシャルロの森に住居を移している。もっとも、具体的にどの組織にどれくらいいたっていうのは探らないとわからないな……」

「探らないとって……探偵みたいね」

「あぁ半分探偵みたいなものだからな。私の場合は」


 あっけからんと言い放った彼女に少々あきれつつリノンは自分の頭の中にあるマーガレットという人物との情報を照らし合わせていく。

 現状のところ経歴はあっている。ただし、そこで何があったかはわからない。


「ねぇ彼女個人の性格はどうなの?」

「性格? そうだな……いまいちわかりづらいな……ただ、一つ言えるとしたら私らエルフ以上に打算的と言ったところだな」

「打算的? エルフ以上に?」

「そう。エルフ以上に」


 なんとも意外な言葉だった。

 あの自信なさげでおとなしそうな少女がそんな風に……


「いや、待てよ……」


 そこまで考えて、リノンはいったん考え方を変える。


 もしも、あれすらも演技でそうすれば、森の住民になれるという計算が頭の片隅にあったのではないだろうかという具合にだ。

 実際問題、彼女の態度はかなり同情を誘ったのだが、語っている内容の割には妖精に対して警戒心を持っていないように見えたし、簡単にリノンを招き入れたのも説明がつかない。


 仮に彼女がシルクが語った通りの人物であるとするならば、リノンは彼女にまんまと騙されてしまったということだろうか?

 リノンはがたっという大きな音を立てて立ち上がる。


「ありがとう! 私、すぐに森に戻るから!」


 そのままリノンは店の出口の方へと走り去って行ってしまった。


「おーい。変身魔法忘れるなよー」


 そんな彼女の背中に対して、シルクは笑いながら声をかけていた。




 ♪




 リノンは路地裏から出る前に走りながら変身魔法をかけ、大通りへと繰り出す。

 行きとは違い、行先の場所は分かっているので迷うことなく、人ごみをかき分けるようにして走り続けた。

 そんなリノンの肩を誰かがつかんだ。


「こらこら。走ると危ないよー」


 恐る恐る振り返ってみると、そこには満面の笑みを浮かべたマリナの姿があった。


「えっあなたさっきの!」

「えぇさっきの女の子よ! あなたがあんなところで大声出してくれたおかげで使用人に見つかって大変だったんだから! まったく、もう一度屋敷を抜け出すのがどれだけ大変だったか!」


 彼女の主張を聞きながら、リノンは“なにやってんだよ”と言いたいのを必死に抑えた。


 彼女は仕事の合間の休憩などと言ってすぐに屋敷から飛び出すタイプの人間なのだろう。


 その姿がなんとなく、どこぞの自分の上司と重なり、めんどくさいのに捕まったという結論にいたる。


 彼女は人目を気にすることもなく、あーでもないこーでもないと抗議を続けている。

 マリナにがっしり肩をつかまれて、逃げ出すことのできないリノンはひたすらおとなしく話を聞いていた。


「聞いてるの?」

「聞いてるわよ」


 そんな風に典型的(テンプレート)な会話を挟みながらリノンは焦る気持ちを抑えてその場に立ち止まり続ける。


「ちょっと! 聞いてるの!」

「はいはい。聞いてますよ」


 その出来事により、リノンがシャルロの森に帰るまでの時間が大きく伸びたのは言うまでもない事実である。

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