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第9節 人間の町

「……なるほどねーうん。納得……亜人や人間の組織をたらいまわしか……なるほど、そうなんだ……」


 リノンからの報告を聞いたカノンは気難しそうな表情を浮かべる。

 カノンはしばらく、空を仰ぎながら考え込んだのちにハッと思い出したようにリノンの顔を見た。


「でも、なんかおかしくない? そう。おかしい」

「おかしいって……何がですか?」

「話の内容だよ。そう、話の中身。確かに彼女が人間の社会になじめなかったっていうのは事実だと思うけれど、問題になってくるのは別の部分。そう全く違う。そもそも、なぜ彼女は前の亜人の組織を追われたのか。そして、どうしていくつも渡り歩くことになったのか……そこが一番重要なの。そう。大切。そもそも、そんな事情を知ったうえで受け入れて、どうしてわざわざ追い出すのか。そして、どうして名前を変える必要があるのか……疑問を上げだしたらきりがない。そう。多すぎる……ねぇリノン」

「はい」


 カノンは前にシルクが森に入ってきたときのように真剣な表情を浮かべる。


「前に森に来たあのエルフに接触して情報を集めてきて。シルクは彼女の過去……少なくともエルフ商会にいた時期のことぐらいなら知っていると思うから……」

「いえ、しかし……」

「はい。そうですかって彼女の話を信頼するわけにはいかないの。うん。それではダメ。だから、ちゃんと調べてきて」

「はい。かしこまりました」


 おそらく、カノンは判断しかけているのだ。実際、あっていないということもあるのだろうが、旧妖精国時代から一貫して妖精以外は受け入れないというスタンスをとってきたということもあるのだろう。

 妖精たちの中には、はっきり言ってこのまま他の種族を拒絶しすぎるのも問題だと考え始めている者が多いのは事実なのである。しかし、いったんその受入れの方法を間違えると、次の受け入れが非常に難しくなるのだ。


 リノンはそのことを理解したうえでセントラルエリアを飛び立ち、シルクが店を構えているという町へと向かう。

 もちろん、その道中で変身魔法を使いマノンにできを確かめてもらったうえでだ。


 マノンは、あの家の住民のことをいろいろと聞きたがっていたが、今は急ぎだからと言って彼女の下からすぐに離れた。

 マノンは不満そうな表情を浮かべていたが、カノンの命令で動いているのなら仕方がないと引き下がってくれた。


 そんな過程を経て、リノンは初めて人間の町に足を踏み入れたのだった。


「わーこれはこれは……」


 初めて入る人間の町はとても大きく、リノンが見たこともないようなモノであふれていた。

 建物はすべて、木材や石材を加工したもので造られ、商店の店先には木の実のほかに光沢を帯びた板に木の棒を取り付けた道具や何かの生物を干したとみられる食料などが売られているのだ。

 リノンはそれらをゆっくりと見たいという衝動に負けそうになるのだが、それを懸命に抑え町の中にあるであろうエルフ商会の建物を探し始めた。


 確か前にシルクが話したところによるとシャルロの森を出てすぐ東側にあるティンドルフという名前の宿場町の路地裏にエルフ商会の建物が存在しているといっていた。

 あの出来事の後にシャルロの森の入り口付近に置いてあった地図があって、そこにエルフ商会ティンドルフ支部の建物の場所が書いてあったのだが、残念なことに地図を読むことができなかったリノンは地図の図柄から必死に場所を探そうとしていた。


 しかし、地図自体が大きな通りとエルフ商会の建物がある通り以外を省略したモノだったため、リノンはまったくたどり着けずにいた。


「うーこれだから人間の町は……」


 ティンドルフの町はどちらかと言えば整備された方なのだが、長い長い人生で初めて人間の町に入ったリノンがそんなことを知るはずもない。

 もっとも、傍から見れば子供が一人で迷子になっているようにしか見えないので心配した大人が声をかけるのだが、地図を熱心に眺めていたリノンはそれに気づくことなくすたすたと歩いて行ってしまった。


 そして、気づけば町を出て町はずれの丘のところに来てしまっていた。


「あれ? おかしいな? どういうことだ?」


 リノンは地図を裏返したり、折り曲げたりしながらしきりに地図を見ようとするが、まったくもって理解ができない。


「あぁ。これなら町の中の大通りに戻ってから路地裏に入れば着くよ。えっと、この路地は……市場のあたりかしら?」


 唐突にそんな声がしたかと思おうと、黒髪の女の子がリノンの肩越しに地図をのぞきこんだ。

 肩ほどまで伸びた髪をポニーテールにしている彼女の背はリノンよりも高いのだが、それでも人間でいえばまだまだ子供と言っても過言ではない。


 そんな彼女の登場にリノンは思わず飛びのいてしまった。


「わっ。だっ誰?」

「えっ? 私? あぁ私はマリナ・シャルロッテ。それよりもあなた、この地図に記している場所に向かっていて迷子になったんでしょ?」

「えっと……まぁそうだけど……」

「ほら、貸して。案内してあげるから」


 マリナはリノンの返事を聞かずに地図を奪い取り、それをじっくりと眺めはじめる。


「あーこの通りか……ふーん。大して何かがあったような記憶はないけれど……それともあそこかな?」


 彼女は地図を見ながらあーでもないこーでもないとブツブツとつぶやき始めた。


「あぁそうか。わかったわかった」

「んっ? わかったの?」

「うん。ついてきて」


 そういうと、マリナはリノンの手をつかみ丘を下り始める。

 相手が子供である以上、少々の不安は残るのだがここは地元の人間だからと信頼するほかないだろう。


 リノンはマリナのあとについて町の中へと戻って行った。



 ♪




 町の中に戻ってからしばらく。

 マリナは迷うことなく、大通りから路地裏へと入っていく。


 その過程の中で町にいる人たちがコソコソと何かを話しながらこちらを見ているのはなぜだろうか?


 もしかしたら、変身魔法が解けているのではないかと心配になって背中を触ってみるが、羽が出ている気配はない。

 そんな疑問を抱きつつもリノンはマリナを見失わないように必死になって彼女の手をつかむ。


「ちょっと! マリナ、さっきも言ったと思うけれど早い!」

「ごめんね。ちょっとゆっくりしていられないんだ。うん。面倒事は嫌だし」


 一体全体、なにを急いでいるのだろうか? 急いでいるのなら、道だけ教えてくれればいいと申し出ても彼女はその必要はないと断るのだ。


 ますます、彼女についての謎が深まる中、彼女は路地裏にあるある建物の前で立ち止まる。


「ほら、ここがあなたの目的地。じゃ私はここで!」

「うん。ありがとう」

「どういたしまして! それじゃ!」


 マリナは元気よく手を振って大通りの方へと去っていく。

 その後ろ姿を見送ると、リノンは小さく息を吐く。


「ふーまぁ無事について一安心といったところか……にしても、マリナってどこかで聞いたことのあるような……」


 そこからしばらく、思考してリノンの頭の中で数少ないシャルロの森の外の情報と目の前の少女がくっつき始める。


「マリナ・シャルロッテ……黒い髪……そうか、マリナって……えっ?」


 リノンの頭の中で完全に情報がくっついたとき、リノンはわなわなと震えだした。


「おっおい……マリナって、まさか?」


 そこまで言ったところでリノンは路地裏に響き渡るぐらい大きな声を張り上げる。


「マリナ・シャルロッテってシャルロ領の六代目領主じゃねーか!」


 なお、リノンが挙げたこの声により、仕事を放り出して絶賛逃走中だったマリナが使用人に取り押さえられることになるのだが、それはまた別の話である。

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