プロローグ 俺の昼飯Ⅲ
「出来たぞ」
厨房から料理人(仮)が出てきてカウンター越しの俺の前に皿を3枚置いた。
「ソースのかかっていないオムライスに、カレーのルーとハンバーグ?」
「好きに食ってみろ」
いや、好きに食ってみろって言っても……。とりあえずソースのかかっていないオムライスをスプーンで一口、食べて見る事にする。しかし、確かにこのオムライスを見ただけでそれなりに技術が高い事はわかる。
普通のオムレツのようにクレープの生地のように卵を薄く延ばして味付けしたライスに被せるのではなく、ライスの上にまるでプレーンのオムレツを乗せたような外見になっている。このタイプのオムライスはまず、オムレツの中央に切れ目を入れ、花を開かせるようにしてから食べるのだ。そうすると、表面はある程度固まっているが、中はトロトロの半熟状態の卵がトロリと流れ出てくる。この状態を作り、食べる時まで維持するのは案外難しい、なにせフライパンでの熱加減、出すまでの時間で余熱で、中身まで固まってしまう事もある。トロトロの卵が絡んで、とても美味しい。ライスもケチャップだけで味付けした安っぽいものではなく、いくつかのソースでしっかりと味付けをしているようだ。
次にハンバーグを食べてみる事にした。ハンバーグの見た目は普通のそれと一緒で特別なものは見当たらない、ソースもきちんとかかっている。だが、表面は少し硬かったがナイフで切ってみると、肉汁がドバドバ出てきた。慌てて一口サイズにカットしたハンバーグを口に入れと、ハンバーグは思いのほか柔らかい。これでこのハンバーグのネタもわかった、焼く時にきちんと火加減を変えている。初めに強火で焼き表面を固め、その後弱火でじっくりと中まで火を通す事で肉汁を出来る限り閉じ込めたんだ、それにもしかしたら使っている肉も一つじゃないかもしれない。複数の肉を同時に使うことで肉汁が多いハンバーグを作れるって暇つぶしで見た料理番組で言っていた気がする。ソースは赤ワインの香りがするから、ワインベース、かな?さすがにそこまでは詳しくわからない。
そして最後はカレー、のルーのみ。仕方ないのでまずはルーだけをスプーンですくって食べてみると、意外と甘い。辛口とは別なのか、それとも辛いのがダメな人でも食べれるように作っているのかもしれない。いや、これは子供向けのただ甘いだけのカレーじゃなくて、なんというか、マイルドな感じだ。カレーなんてレトルトか固形のルーの物しか作ったことないし、居酒屋でもカレーなんてなかったから、カレーについては全くわからないが、あえて言うなら大人向けの甘さだ。
そして俺はもう一度ルーをすくい、今度は直接食べず、オムライスへかけた。特に深い理由はないが、世の中にはハヤシライスのルーをかける、オムハヤシという料理があるのだし、ソースのかかっていないオムライスだけでは少し物足りなかったので思いつきでやった。好きに食えって言ったんだから文句を言われる筋合いはないし。味の方は結構いける、トロトロの卵とルーが混ざり合い、卵独自の甘さが加わったソースとなった。ライスにもしっかりと味が付いているので濃い味が好きな俺には丁度いい。
「どうだ?」
「とても美味しいです」
「当たり前だ、不味い物なんか出さない。他に、なんでもいい言ってみろ」
この人は料理人として結構、自信家というかプロ意識がある人なんだな。この人の下で調理補佐なんてやったらアルバイトじゃなくて、プロの料理人として修行でもさせられそうだ。俺はさっき食べている時に思った感想をあくまで素人の思ったこと、自分の味の好みも踏まえた上でと言った後に、伝えた。そうしたら料理人(仮)と酔っ払いの爺さんの二人にカレールーをかけたオムライスを一口づつ食われた。
おい、コレ俺の昼飯だろ!
「お!これなかなかいけるじゃねぇかよ、タケちゃんこれメニューに入れてくれよ」
「味が濃い、濃いのが食えないやつも居る。だが、ルーを別々で出すか、ライスの味を少し薄くすれば、いや……」
「それがいいんじゃねぇか!」
どうでもいいけど、俺はどうすればいいんだ?このまま食っていいのか?
「武信さんと源さんの事は気にしないで、食べてもらって構いませんよ。あの二人は昔馴染みなので、よくああやって言い合うんです。まあ、一種のコミュニケーションですよ」
つまり、喧嘩するほど仲がいいを地で行く仲、という事か。なんかそう言われるとじゃれ合っている猫か犬を連想させて厳つい男と酔っ払い爺さんなのに可愛らしく見えてくる。俺は飯が冷えても気にせず食べる人間だが温かい方が美味いと思うのは人の道理である。店員さんが気にしなくて良いと言っているので、気にせず食事を続ける。
「おい、お前どこかで料理習ったのか?」
俺が隣りでニコニコしながら見ている店員さんを少し気まずく思いつつ食事を続けていると、酔っ払い爺さんとのじゃれ合いは一段落着いたのか、料理人が話しかけてきた。
「いえ、特に。以前居酒屋のキッチンでアルバイトしていたので、多少料理は出来ますが特に習った事はありません」
「そこの店で料理長や責任者には習わなかったのか?」
もう一度言うが居酒屋―俺が言うのはその中でもチェーン店―のキッチンはそこまで料理に力を入れていない。アルバイトが試行錯誤しつつレシピ片手に作るのだ、特に習ったりはしない。というか俺のバイト先には料理長なんて人はいなかったし、そもそもキッチン要員が全員バイトの人だった。
「いえ、ありません。そもそも料理長という役職自体ありませんでした。レシピ片手に自分で作っていました」
「新しい、今まで作ったこともない料理もか?」
ええ、そうですと伝えると随分温くなってしまったお冷で口の中をリセットする。今改めて考えてみると、もしかして俺がバイトしていた居酒屋は普通じゃないのか?
俺はバイトとして勤務初日にドリンカー―サワーやビールなど酒を作るポジション―のポジションに入ったけど、その時の店長の言葉が「とりあえず今日は、レシピは上に置いてあるから。それ見ながらやって」だった。しかもその後2ヶ月とくにポジション変更を言われる事もなく、俺が直接聞いてみたところ「ごめん、特に問題なくやってて違和感なかったから、忘れてた」ときたもんだ。その後俺はフライヤーや焼き台のポジションに入った訳だが。
「おい、ちょっと飯作ってみろ」
……俺に言ってるの?
「えっと、私がですか?」
「そうだ、なんでもいい。簡単な奴でも構わない。俺たちの昼飯作ってみろ」
俺、なんで昼飯食いに来て、その店の料理人の昼飯を作る破目になっているんだ……?
一人称なのに地の文がやたらと多くなったので、文法を無視して見やすいように改行してみました。
居酒屋のキッチンについては私の独断と偏見と経験が多分に含まれて居ます。
全ての居酒屋がそうである訳ではありませんが、少なくとも私がバイトをしていた居酒屋のキッチンはこうでした。
ツイッターやってるの忘れていました。
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でもこのサイトでの知り合いがいないという悲しさ。読者様でも作者様でも構わないのでフォローしてくれると私は泣きながらフォローし返します。