表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
飯屋やおい  作者: 只野至
2/4

プロローグ 俺の昼飯Ⅱ

 店は少し薄暗いがそれが逆に雰囲気を醸し出しており、少々狭い店内を外とは違う世界にしていた。店の規模としては10人ほど入れば満員だろう、BOX席が2個、カウンター席が5個と席の数も少ない。夜になるとバーになるのか、それとも普通に酒を出すからなのか、カウンターの奥には様々な種類の酒が置いてあり、それすらもインテリアとしてこの店の雰囲気を作っている。


「いらっしゃいませ、只今カウンター席しか空席がないのですが、よろしいですか?」


 声をかけてきたのはここの店員だろう、20後半から30前半といった年の女性で、モデルとまでは言わないが細く、出るべき所は出て、引っ込むべき所は引っ込み、髪は一切染めた気配を感じさせない、綺麗な黒髪を腰付近まで伸ばしていた、知り合いに居たら自慢できるほどの美人だった。


「はい。大丈夫です」


 ところでここは何屋なんだ?飯屋って言っても中華?洋食?それともやっぱり食堂みたいな定食か?いや、でもなんかカレーの匂いがするから、もしかしてカレー屋か?


「こちらがメニューになります、お決まりになりましたら声をおかけください」


 お冷を持ってくると店員の女の人はそういってカウンターの端の方に歩いて行った。メニューを見ると、統一感の無い料理の名前が並んでいた。カレー、から揚げ、ハンバーグ、コロッケ、オムライスなど、どうやら食堂のような定食屋みたいだ。何が美味しいのかわからないのでそれとなく周りの客が何を食べているのかを探ると、隣に座ってビールを飲んでいた爺さんと目が合ってしまった。


「おぅ、坊主。おめぇこんな平日の昼真っからぶらぶらして、学校さぼってんのかぁ?」


サボってねぇよ、ていうかもしサボっていたとして昼間から酒飲んでるあんたには言われたくねぇよ。


「いえ、大学はもう卒業しました。今日はアルバイトを捜そうと思って街を歩いていたんです。そうしたら外でここのアルバイト募集のチラシを見かけたので、どうせだしここで昼食を取ろうかと」


「なんだおめぇ、ここでバイトするのか!おぉいタケちゃん!こいつバイト希望だってよぉ!」


 なんだこの爺さん!?俺まだここでバイトするなんて言って無いぞ!?それと俺に飯を食わせろ!ダメだこの酔っ払い爺さん、今日は運が悪いらしい。


 女の人の店員さんに助けを求めようと顔を向けるとちょっと待っててくださいね、とでも言わんばかりに会釈しながら厨房へと入っていった。勘弁してくれ、俺腹減ったよ。今週全部の幸運を逃がすくらい深いため息をしたあたりで、厨房の奥からさっきの女の人ともう一人、男の人が出てきた。


 その男は年は50代くらいだろうか、老けた顔の割には筋肉がしっかりついているのだろうか、とても体格がいい、まるでラグビー選手だ。しかもでかい、180は確実にあるだろう、もしかしたら190はあるかもしれない。俺が初めに思ったことは「こいつ料理人じゃねぇよ、格闘家だろ、レスリングかプロレスの。ぶっちゃけ怖い」だった。その料理人(仮)は不機嫌そうな顔で隣りの酔っ払い爺さんに話しかけた。


「源さん、どいつがバイト希望だって?」


声までこえー!


「こいつだこいつ、電話する前に飯食いに来るなんていい心がけじゃねぇか!タケちゃん、とりあえずこいつの注文はタケちゃんのオススメでも食わせてやれば店のことくれぇわかんだろ!」


 オススメ?そのままの意味でこの料理人(仮)のオススメメニューってことか?それとも隠しメニュー?


「ウチにはそんなメニューはない。全部お勧めだ」


 ないのかよ!?あとさりげなく料理人として格好良い事言ったぞ、この料理人(仮)。


「タケちゃん、あれだよ。こいつにこの店の全部がわかる飯出しゃあいいんだよ」


「……少し待ってな」


 この店の全部がわかる料理?よく聞く寿司屋はタマゴ巻き、パン屋やケーキ屋はアップルパイ食えばその店の程度がわかるってのと一緒で、よくある料理だけど技術が詰まった料理ってことか?そんなもん出されても居酒屋のキッチンでアルバイトしかしたことしかない俺にはわからねぇよ。居酒屋の料理なんて、冷凍物かアルバイトがレシピ見ながら特に技術もなしに作る料理ばっかなんだぜ?身に付くのは料理の基本的な技術か、いかにばれない様に手を抜くかくらいだ。


「大学卒業したって言ってましたけど、年齢はおいくつなんですか?」


 俺以降新しい客も来ず、追加注文も食べ終わって会計をする客もいないからか、店員の女の人が俺に話しかけてきた。


「今年で23になりました」


 昼飯はあの料理人(仮)が作ってるっぽいので、それが出来上がるまで仕方ないのでこの店員さんとの会話を続ける事にした。隣の酔っ払い爺さんと二人で会話しているよりは断然気分的にいい。


「23ですか?という事は今年の卒業で?」


 俺は就職活動を失敗したという事を暗に言う事になり、少し気分が下がったがそれをおくびにも出さずに笑顔を作り、今年の3月に卒業した事、工学部に所属していたこと、主にプログラミングの勉強をしていた事を告げた。


「プログラミングと言うと、パソコンを動かすあれですよね?」


 正確に言えばパソコンだけじゃなくてCPUなんかを使っている、原始的な機械類以外は大抵そうなんだけどな、卓上電卓だって実際はプログラムで動いている。


「まあ、とても簡単に言えばソレですね」


 まあ、そんな事プログラミングを勉強していない人に言ってもわからないだろうから、無難に答えておく。


「それなら募集している企業も沢山あると思うんですけど、違うんですか?ほら、今IT社会じゃないですか」


「確かに募集している企業は驚くほど沢山あります。ですがこの業界は所謂(いわゆる)ブラック企業がとても多いのと、専門知識が必要なので意外と募集人数に比べて、採用される人は少ないんですよ」


 そもそもプログラミングを仕事とする、所謂(いわゆる)情報系の業界というのは業界自体がなかばブラックだ、なんてよく言われる。それが事実なのかどうかは勤める事が出来なかった俺にはわからないが。それに専門知識は普通の一般常識問題に加えてプログラミングのペーパーテストが増える。企業は即戦力は求めていない、といいつつもそれなり以上の知識、少なくとも準即戦力程度の人員が欲しいらしい、まあ、当たり前だけど。なのでそれに加えて面接でコミュニケーション能力や人格その他諸々を考慮するので意外と必要とされるスキルが多いのだ、この業界は。


「なんだぁ、おめぇその、ぷろぐらみんぐってので飯食って生きたいのか?」


 思考が少しズレ出した時に、酔っ払い爺さんが会話に混ざってきた。この爺さん、絵に描いたような昔の人みたいだな、今絶対プログラミングを文字にしたらひらがなで表記するような、棒読みだったぞ。


「はは、実はそういうわけじゃないんですよ。大学で主に学んだ事がそれだったから、初めはその業界に絞って就職活動をしていたんですが、後半になるともう、意地になってしまいまして」


「意地、ですか?」


 そう、意地だ。俺が大学で主に勉強した事はプログラミング、そして俺が自分でそれを生かすために情報系の業界を目指す事を決めた。途中で自分に才能や、適正がないことは嫌って程痛感したが、だからと言って自分で一度決めた事を撤回するのは悔しかったのだ。今では馬鹿なことをした、と物凄い後悔している。


「自分に対しての意地、と言うべきでしょうか?駄目だったから、暗に採用するに値しないと言われて、なら今度こそ絶対に、とか一度自分で悩んだ末決めたことを、曲げるのが悔しかったんです」


「ただの負けず嫌いの馬鹿じゃねぇか」


 自分でもそう思ってるんだからいちいち言うなよ、この酔っ払い。これでも当時はめちゃくちゃへこんだんだぞ!今でもへこんでるし、後悔してるっつーの!


「だが、そういう馬鹿は嫌いじゃねぇぜ、坊主。そうだ、男ってのは一度自分でこうだ!って決めたら曲げちゃいけねぇ。その結果失敗だろうか、周りに馬鹿にされても自分が決めた事を簡単に曲げちゃいけねぇ、そんな奴は信用にならねぇ男だ」


 酔っ払い爺さんがニヤリと少々男臭い笑みを浮かべ、俺の背中をバシバシ叩いてくる。


「……ありがとうございます、そういってもらえたのは初めてです」


 古く良き時代の男というか、江戸っ子気質というか、なんだが俺の死んだ爺さんに似てるな、この人。俺の爺さんは酒を飲んでも飲まれないを地で行き、とても正義感のある人で、俺も大好きだった。


「ふふふ、そうですね。ところでアルバイトを探していらっしゃるそうですが、今までどのようなお店を回ってきたのですか?」


「そうですね、本屋や喫茶店、蕎麦屋、ホビーショップ、ゲームセンターなどの接客業のお店を回ってきました。今まで経験のあるアルバイトが、居酒屋のキッチンだったので、ホールや接客というのに憧れがありまして」


 ちなみにほぼ全て俺の趣味の店だ。読書が趣味で、蕎麦は好きな料理の一つだし、実は居酒屋のアルバイト時代に、手打ちではないが蕎麦を作っていた経験もある。ホビーショップもゲームセンターも中学時代から就職活動を始める前まではよく通っていた。だが、接客に憧れているのは嘘じゃない。まあ、真実の中に嘘を混ぜるといった感じで誤魔化した言い方だが。


「居酒屋のキッチンをしていらっしゃった経験が?どのような料理を作っていたのですか?」


「そうですね、焼き台とフライヤーをメインにしつつホットも時々こなしていたので、焼き鳥や焼き魚の他に鉄板で焼く料理、天ぷらやから揚げなどの揚げ物、あとはゴーヤーチャンプルーやオムレツなどのフライパンで作る料理ですね。他にはお酒を造ったり、少し変わった料理ですと蕎麦も作ったことがあります」


 これら全部自分でレシピ表を厨房裏のごちゃごちゃした休憩室から探し出して、見よう見真似で作り、自分でレシピをメモして時々忘れた時にチラチラみながら作っていた。


「なら、包丁やフライパンなどの基本的な技術はお持ちなんですね」


 やっぱり料理屋の人だと料理の話題になるんだなぁ。料理が嫌いとは言わないけど、あくまでアルバイトとして覚えた事で、別に料理好きじゃあないんだけどなぁ、俺。


「出来たぞ」


厨房から料理人(仮)が出てきてカウンター越しの俺の前に皿を3枚置いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ