忘却少女の小さな復讐
先日投稿しました『忘却少女とその些細な末路』の元々のプロットになります。
まったく違う話ですが、能力や名前が一部共通しています。
よろしければ読んでみてください。
「えっ? なんて?」
私が思わず問い返すと神殿長は気まずそうに答えた。
「ですから。アイリア様の能力は『忘却』だそうです」
「忘却ってなにそれ?」
「えっとですね。人々が忘れたりなくしたものを好きに操れるというものです」
何を言っているんだ?
そう思わずにいられない。
人々が忘れたものを好きに操れるって……。
そもそも忘れたり、なくしたりする物なんて大したものじゃないでしょうに。
半ば絶望したままに侯爵家の三女アイリアこと私は俯いた。
この国では十五歳となると同時に神様から祝福として能力が一つ与えられる。
一番上の姉は『神算』だった。
人よりも遥かに卓越した知能を持つ一番目の姉は今日も計算に計算を重ねて自分の利益をせっせと稼いでいる。
腹黒いことも多々しているけれど、それが露呈しないように細心の注意を払いながら。
二番目の姉は『剛勇』だった。
こちらも『神算』に負けず劣らずの能力で二番目の姉は今日も戦場で力を振るい、敵兵を見るも無残な形に変えている。
残酷と言い換えた方がよっぽど適切なくらいに。
二人の姉の能力は分かりやすい『大当たり』だ。
二人とも能力を事ある毎に自慢していたしそれ故に他の人々を見下している。
そして、それが最も分かりやすく向かうのが私の糞親父が戯れに手を出した遊女から生まれた三番目の娘である私だった。
「高貴なる私達の家系になんで遊女の娘がいるの?」
「図々しいと思わないのかしら? 父様が置いてくださるのを感謝しながら生きていきなさい」
本来なら認知すらされるはずもない私だが一番上の姉が『神算』を授かったため、もしやと思われたのか保護されて、二人目の姉が『剛勇』を授かったからいよいよ期待に期待をされていた――が、この様だ。
毎日のようにそんな言葉を浴びせられ、時には陰で、時には使用人たちの目の前で侮辱をされ続けた。
着るものも食べるものも家族どころか使用人にさえ劣る固いパンと冷たいスープばかりだった私にとって、唯一の希望が今日だったのに。
「おかえりなさい。忘却のアイリア」
「神算。剛勇ときて、最後は忘却なんてね。オチとしてぴったりじゃない」
家に帰るなり私は姉二人はそう言って嘲る。
密かに今日という日を恐れていたくせに、予想通りに大したことない能力が授かったことに安堵をしているのだろう。
「おかえりなさいませ。アイリアお嬢様」
「忘却なんて能力、一度も聞いたことがありません。とても貴重なものなのですね」
遊女の娘ということや家族内での扱いもあり、元より使用人たちは私を馬鹿にしていたが今回の事で決定的になってしまった。
私はどうにか皆を睨みつけたが相手は気にすることもない。
「そうそう。アイリア様、旦那様がお呼びでしたよ。すぐに来るようにって」
行かずとも要件など分かっていた。
故に私は父からの縁切りの宣言もあっさり受け入れたし、事前に準備もしていたからその日の内どころか数刻後には家を出ることが出来た。
「お前の名など我が家に一文字たりとも残らない」
父はそう宣言していたけれど、お生憎様。
それは私の最大の望みなの――なんてわざわざ口にしないけれど。
下手に口に出せば他の人の記憶に残るに決まっているから。
数年はきっと私は笑い話のネタになるだろう。
だけど、十年後には誰も思い出さなくなるに決まっている。
清々する。
本当に。
縁切りをされた私はすぐに他国へと逃げ出した。
嫌な思い出から一刻も早く離れたかったと。
本当にそれだけだったけれど、同時に幼いながらに明確な不安を持っていたのだ。
『神算』を持つ一番上の姉は自らの利益のために腹黒いことを幾つも行い恨みを買っている。
『剛勇』を持つ二番目の姉は蛮勇とさえ言えるような力で多くの憎しみを生んでいる。
おまけに家の長である父はあの性格……何が起こるかなんて火を見るよりも明らかだった。
――なにせ、如何に強い力を持っていようとも一人は一人。
星の数ほどいる他者を蔑ろにしていれば、必ず個人の力ではどうしようもないしっぺ返しが起こってくるものだ。
*
あれから随分と経ち、私は十年以上ぶりに故郷へと戻って来ていた。
とはいえ、故郷に残っているのは廃墟だけだけど。
「そんな場所に行っても何もありませんよ」
馬車を引いてくれた親切な御者はそう口にした。
「ほんの十年前までは栄華を誇っていた貴族が住んでいたんですがね。人々から多くの恨みを買って滅ぼされちまったんです」
「存じております」
「まぁ、有名な話ですものね」
神算を持っていた姉は決して推し量ることが出来ない人々の復讐心に飲まれて自業自得の末路を遂げた。
剛勇を持っていた姉は自身が買い続けてきた憎しみの連鎖を遂に断ち切れず、数えきれない兵士に囲まれて討ち果てた。
父と使用人たちのほとんどは行方知れずだけれど、きっとしょうもない死に方をしたのだろうと思う。
……と言うより、語る人が誰も居ないのだから思い出すことも出来ない。
「こんなところに何をしにきたんですか」
「ちょっとした野暮用です」
御者に軽く言葉を返しながら私は馬車を降りる。
最早誰も居ない廃墟の中に堂々とした足取りで向かう。
大分、歩きにくいけれど過去の記憶は忘却の彼方から目的地への道筋を私に教えてくれる。
「なんで来ちゃったのかなぁ……」
一ヵ月前まで自分がこの国に居た事さえも忘れていた。
なにせ、今の私は夫と二人の娘と共に他国でパン屋さんをしながら暮らしている平凡な主婦でしかないのだから。
そんな私がこの場所に戻ってきた意味。
それは決して過去を懐かしむとか、過去と決別するとか、そんな崇高な目的があるわけではなく――。
「うわ。本当にあった」
ぽつりと呟いた。
そこには二人の姉と父が貯めこんでいた宝石が転がっている。
夢で何度も見ていた光景。
『人々が忘れたりなくしたものを好きに操れるというものです』
ずっと前に告げられた自分の能力を思い出したのも本当にここ数日のことだ。
だって、私はこんな能力なんてなくたって今を幸せに生きているから。
「この屋敷が襲撃された後も、滅びてからも、幾人もの人間が出入りしているはずだけれど……気づかれない時は気づかれないものね」
さて。
この大量の宝石。
どうしてくれようか……。
「なんて、考えるまでもないわ」
そう呟いて私は宝石を土の中に埋めた。
あの家族が大切にしていたものなんてろくでもないものに決まっている。
あるいはろくでもない手段で手に入れたか。
「忘れてやるのが一番の復讐――なんてよく言ったものね」
私は笑う。
ちょっとだけ清々しい。
「あんた達の事を思い出す人なんてもうどこにもいないわよ」
意地悪な捨て台詞を吐いて。
私はようやく過去と完全に決別した。
お読みいただきありがとうございました。
『忘却少女とその些細な末路』は元々このような話でしたが、書いている辺りで全く別の話になってしまいました。
ただ、プロット自体が勿体ないなぁって思ったので今回急遽書いてみました。
先の作品とはまったく違う話ですが、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。




