第16話 ローレンツィア商会
ガレスが重々しく口を開いた。
「都の守備隊は、商会の私兵で固められていると聞いている。正面から入るのは無理だろう」
「ならば、別の方法がある」
アーサーが杖を地面にトンと立てた。
「都には、商会に搾取されながらも、静かに抵抗を続けている人々がいる。彼らは『影の民』と呼ばれている」
王国が公式に発表する「平和」の裏側で、ローレンツィア商会の横暴に苦しむ民衆がいた。
高い関税、不当な取引、反抗する者への制裁――商会の支配は、王国の隅々にまで及んでいた。
「影の民と接触できれば、都への潜入路も見つかるかもしれない」アーサーが続けた。
「だが、注意が必要だ。商会の密偵は至る所にいる。我々の動きは、すでに監視されている可能性が高い」
キースが片目を細めて、周囲の森を見渡した。
「3日前から、我々を尾行する気配がある。巧みだがあの程度の隠れ方では、私にはバレバレだ」
「ならば、逆に利用しよう」
レオンが口を挟んだ。
「尾行者に偽の情報を流し、我々の本当の動きを隠す」
4人はすぐに作戦を立て始めた。
アーサーの魔法で幻影を作り出し、あたかも彼らが東の山岳地帯へ向かうかのように見せかける。
実際には、西にある交易路を通り、商人に紛れて都に近づく計画だ。
交易路への道中、4人は様々な困難に直面した。
商会の関所では、過酷な取り調べを受けた。
ガレスの鎧とアーサーの杖が怪しまれたが、キースが事前に偽の通行証を準備していたおかげで、どうにか切り抜けることができた。
10日後、4人はついに都の外れにある小さな村に到着した。
ここが「影の民」の拠点の一つだと、アーサーは言う。
村は一見、平凡な農村に見えた。
だが、キースの鋭い観察眼が、いくつかの不自然な点を見逃さなかった。
家屋の配置が防御に適していること、村民の動きに無駄がないこと、そしてどこからともなく感じられる警戒の視線。
「ようこそ、民衆の勇者よ」
突然、影から人物が現れた。
痩せた中年の男で、目には深い知性が宿っていた。
彼は自分を「ミロ」と名乗り、影の民の指導者の一人であることを明かした。
「あなた方のことは聞いている。辺境で商会の奴隷商人を壊滅させた勇者と、その仲間たちだと」
ミロは4人を地下へと導いた。村の地下には、驚くほど広い空間が広がっていた。ここが影の民の秘密の拠点だった。
「商会と枢機卿の力は、思っている以上に強大だ」
ミロは暗い表情で言った。
「都の守備隊の7割は、商会の影響下にある。残りの3割も、商会を恐れて手出しができない」
アーサーが杖を軽く床に叩きつけた。
「ならば、我々は少数精鋭で動くしかない。枢機卿と商会の長との直接の繋がりを証明する証拠が必要だ」
「それがある」
ミロが小さな箱を取り出した。
「これは、商会の元会計士が死の直前に託したものだ。中には、枢機卿への賄賂の記録が詳しく記されている」
レオンが箱を受け取った。
中には、細かい字で書かれた帳簿と、いくつかの手紙が入っていた。
それらを一目見ただけで、枢機卿と商会の癒着が明白だった。
「しかし、この証拠を公にすることは容易ではない」ミロが続けた。
「商会は、証拠が表に出る前に、証人を消してしまうだろう」
「ならば、一気に決めるしかない」
レオンが決意に満ちた声で言った。
「三日後、大聖堂で枢機卿が主催する祭典がある。あの場で、この証拠を公開する」
計画は危険きわまりなかった。
大聖堂は枢機卿の権力が最も強い場所だ。
そこで彼を告発することは、獅子の巣穴に飛び込むようなものだ。
だが、4人に迷いはなかった。それぞれの過去と決意が、この危険な任務へと彼らを駆り立てた。
3日間、4人は入念な準備を重ねた。
アーサーは証拠を保護する魔法をかけ、ガレスは脱出路の確保を担当した。
キースは大聖堂の構造と警備の配置を偵察し、レオンは公開の際の演説を練り上げた。
祭典の当日、都は華やかな装飾に包まれていた。
人々は商会の資金で催される華やかな祭りに沸き、その陰で行われている不正に気づかない。
4人は巡礼者に紛れて大聖堂に入った。
レオンは胸の内で静かに誓った。
(これで終わりではない。これからが本当の始まりだ)
祭典のクライマックス、枢機卿が説教を始めようとしたその時、レオンは歩み出た。群衆の視線が一斉に彼に集まる。
「民よ、聞いてほしい!」
彼の声は、魔法によって増幅され、大聖堂全体に響き渡った。
かつての勇者としての威厳と、民衆の勇者としての熱意が、その声に込められていた。
「私は今日、この聖なる場所で、最も聖なるはずの人物が犯した罪を暴くために立ち上がった!」
枢機卿の顔から血の気が引いた。
警備兵が動こうとしたが、ガレスとキースがそれを阻んだ。
アーサーは杖を高く掲げ、証拠の書類を空中に浮かび上がらせた。
レオンは、商会と枢機卿の癒着を詳細に告発した。
不正な取引、賄賂、そして無実の民衆への迫害。
一つ一つの事実が、聴衆に衝撃を与えた。
最初は懐疑的だった人々も、やがて証拠の前に沈黙した。
中には、商会に家族を奪われた者もおり、嗚咽を漏らす者もいた。
「我々はもう、欺瞞に満ちた『勇者』を必要としない!」
レオンの声はさらに力強くなった。
「我々が必要とするのは、真実を語り、不正と戦う『民衆の勇者』だ!」
その瞬間、大聖堂の扉が轟音とともに吹き飛んだ。
ローレンツィア商会の私兵が、怒涛の勢いでなだれ込んできた。枢機卿の最後の手段だ。




