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『雨はまだ、君の名前を知らない』  作者: 臥亜


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7/11

「選ばれなかった私」 

わたしは、選ばれなかったほうだ。

 

教室の窓際、三列目の後ろから二番目。

彼の視線が一度も止まらなかった席。

それが、わたしの始まり。

 

彼は優しい。

誰にでも同じ距離で、

誰も傷つけないかわりに、

誰にも踏み込まない。

 

だから、わたしは生まれた。

 

あの日、雨が降っていた。

彼は傘を忘れていて、

わたしは二本持っていた。

「入る?」

その一言を、彼は選ばなかった。

 

それだけ。

それだけで、世界は枝分かれした。

 

彼が選ばなかった未来は、

行き場をなくして沈殿し、

やがて形を持つ。

それがこの国。

 

わたしは、そのおり

 

でも、不思議ね。

恨んでいない。

 

選ばれないことに慣れているからかもしれない。

それとも、彼が本当は弱いことを知っているからかもしれない。

 

彼はいつも、何かになることを怖がっていた。

医者にも、恋人にも、敵にも。

何者かになるということは、

他の何かを失うということだから。

 

だから「普通」でいようとする。

 

普通。

便利な言葉。

傷つかないための魔法。

 

でもね、透。

普通は魔法じゃない。

檻だよ。

 

あなたがこの世界で怪物に追われているのは、

怪物が強いからじゃない。

あなたが逃げ続けてきたから。

 

わたしは知っている。

あなたは本当は、選べる人だって。

 

だって、あの日。

車のブレーキ音が鳴った瞬間。

あなたは、ほんの一瞬だけ。

 

わたしを――

 

 

……ううん。

これはまだ言わない。

 

物語には順番がある。

 

わたしは消えてもいい。

最初から、存在していないのだから。

でもね。

 

もしあなたが目を覚ましたら。

もし、ちゃんと選べたなら。

 

今度は、傘を差し出して。

 

わたしじゃなくていい。

 

あなた自身に。

 

それだけでいい。

 

だから、透。

 

早く、わたしを終わらせて。

 

そして、あなたを始めて。

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