「選ばれなかった私」
わたしは、選ばれなかったほうだ。
教室の窓際、三列目の後ろから二番目。
彼の視線が一度も止まらなかった席。
それが、わたしの始まり。
彼は優しい。
誰にでも同じ距離で、
誰も傷つけないかわりに、
誰にも踏み込まない。
だから、わたしは生まれた。
あの日、雨が降っていた。
彼は傘を忘れていて、
わたしは二本持っていた。
「入る?」
その一言を、彼は選ばなかった。
それだけ。
それだけで、世界は枝分かれした。
彼が選ばなかった未来は、
行き場をなくして沈殿し、
やがて形を持つ。
それがこの国。
わたしは、その澱。
でも、不思議ね。
恨んでいない。
選ばれないことに慣れているからかもしれない。
それとも、彼が本当は弱いことを知っているからかもしれない。
彼はいつも、何かになることを怖がっていた。
医者にも、恋人にも、敵にも。
何者かになるということは、
他の何かを失うということだから。
だから「普通」でいようとする。
普通。
便利な言葉。
傷つかないための魔法。
でもね、透。
普通は魔法じゃない。
檻だよ。
あなたがこの世界で怪物に追われているのは、
怪物が強いからじゃない。
あなたが逃げ続けてきたから。
わたしは知っている。
あなたは本当は、選べる人だって。
だって、あの日。
車のブレーキ音が鳴った瞬間。
あなたは、ほんの一瞬だけ。
わたしを――
……ううん。
これはまだ言わない。
物語には順番がある。
わたしは消えてもいい。
最初から、存在していないのだから。
でもね。
もしあなたが目を覚ましたら。
もし、ちゃんと選べたなら。
今度は、傘を差し出して。
わたしじゃなくていい。
あなた自身に。
それだけでいい。
だから、透。
早く、わたしを終わらせて。
そして、あなたを始めて。




