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『雨はまだ、君の名前を知らない』  作者: 臥亜


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4/11

言わなかった日

放課後の匂いがする。

 

夕焼け色の空。

 

透は、見覚えのある校門の前に立っている。

 

制服姿の自分が、少し先にいる。

 

校舎の壁にもたれかかり、スマホを握りしめている。

 

「あの日だよ」

 

彼女が隣で言う。

 

「あの日って?」

 

 

校門の向こうから、一人の女子生徒が歩いてくる。

 

笑っている。

友達と。

 

髪が風に揺れる。

 

透の胸が、ぎゅっと締まる。

 

「……ああ」

 

思い出す。

 

三年間、好きだった。

 

でも、言わなかった。

 

「タイミングがなくて?」

 

彼女が問う。

 

「違う」

 

透は即答する。

 

「怖かっただけ」

 

 

制服の自分が、彼女を見つめている。

 

視線が揺れる。

 

スマホの画面には、途中まで打ったメッセージ。

 

“今日、少し話せる?”

 

送信されていない。

 

 

突然、景色が歪む。

 

地面から蔦が伸びる。

 

透明な蔦。

 

でも触れると冷たい。

 

制服の透の足に絡みつく。

 

動けない。

 

「これは?」

 

 

彼女は答える。

 

「“嫌われたくない”」

 

 

蔦が腕にも絡む。

 

喉に巻きつく。

 

制服の透は、彼女を呼ぼうとする。

 

声が出ない。

 

 

女子生徒が振り向く。

 

目が合う。

 

一瞬。

 

でもすぐに逸らされる。

 

彼女は去っていく。

 

透は一歩も動けない。

 

 

景色が凍る。

 

夕焼けが砕ける。

 

蔦が巨大化する。

 

黒い塊へと変わる。

 

それは、影のような怪物になる。

 

顔はない。

 

でも、笑っている。

 

「どうせ無理だ」

 

「今じゃない」

 

「大学行ってからでいい」

 

「もっと自信がついてから」

 

 

声が四方から響く。

 

透の胸が苦しくなる。

 

 

「告白しなかったこと、後悔してる?」

 

 

彼女の声。

 

透は答えない。

 

答えられない。

 

だって。

 

本当は、今でも思い出す。

 

もし、あの日言っていたら。

 

何か、変わったんじゃないかと。

 

 

怪物が口を開く。

 

蔦が透の足元に伸びる。

 

「どうせ振られた」

 

「どうせ終わった」

 

「傷つくくらいなら、言わない方がまし」

 

 

透は歯を食いしばる。

 

違う。

 

それは違う。

 

 

「振られるのが怖かっただけだ」

 

声が震える。

 

怪物が止まる。

 

 

「傷つくのが怖かっただけだ」

 

蔦が揺れる。

 

 

透は一歩踏み出す。

 

蔦が足に絡む。

 

痛い。

 

でも。

 

 

「でも」

 

息を吸う。

 

「言わなかったことの方が、ずっと残ってる」

 

 

怪物の体に亀裂が入る。

 

 

「振られて終わるより」

 

「言えなくて終わる方が、ずっとダサい」

 

 

怪物が崩れ落ちる。

 

蔦が砂になる。

 

制服の透が、ゆっくり顔を上げる。

 

女子生徒はもういない。

 

 

景色が白くなる。

 

 

「過去は変わらないよ」

 

彼女が言う。

 

 

「うん」

 

透は頷く。

 

 

「でも、次は?」

 

 

透は、少し考える。

 

怖い。

 

きっとまた怖い。

 

 

それでも。

 

「言う」

 

 

彼女が微笑む。

 

 

「いいね」

 

 

空が少しだけ明るくなる。

 

灰色に、わずかな青が混ざる。

 

 

遠くの塔に、さらにひびが入る。

 

 

でも。

 

塔はまだ立っている。

 

 

彼女がぽつりと言う。

 

 

「一番怖いのはね」

 

 

透を見る。

 

 

「誰にも言わなかった“本音”」

 

 

空が、わずかに震える。

 

 

雨は、まだ全部落ちていない。

 

 

透は、知らない。

 

 

塔の中にいるのが、

自分自身だということを。

 

 

そして。

 

彼女が、塔と深く繋がっていることも。

 

 

まだ。

 

知らない。

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