雨はもう、君の名前を知っている
白い天井。
規則正しい電子音。
透は、ゆっくり瞬きをする。
夢を見ていた気がする。
長い。
雨の夢。
身体が重い。
腕に、点滴。
窓の外。
雨上がりの空。
「……生きてる」
声がかすれる。
ドアが開く。
母親の泣き声。
医者の安堵した声。
「意識が戻りました」
透はぼんやり聞く。
どこか、遠い。
ふと、思う。
誰かが、足りない。
記憶を辿る。
横断歩道。
雨。
ヘッドライト。
一歩。
押される感覚。
透明な傘。
心臓が強く鳴る。
「……あいつは」
言葉が震える。
医者が一瞬、言葉を詰まらせる。
母の手が強く握られる。
透は理解する。
完全に。
助けられたのは、自分。
選ばれたのは、自分。
透は目を閉じる。
涙が、ゆっくり落ちる。
思い出す。
あの世界。
塔。
雨。
彼女の声。
「透が、ちゃんと選ぶの見たかった」
胸の奥で、何かがほどける。
罪悪感ではない。
後悔でもない。
痛みを含んだ、決意。
透はゆっくり息を吸う。
「俺は」
喉が震える。
「逃げない」
誰に聞かせるでもない。
でも、確かに届く言葉。
窓の外。
水たまりに、空が映る。
その中に、一瞬だけ。
透明な傘が揺れる。
透は、はっきりと言う。
「……紗良」
初めて。
ちゃんと。
名前を呼ぶ。
風が吹く。
カーテンが揺れる。
水面が、静かに波打つ。
返事はない。
でも。
透は、知っている。
彼女は、もう十分見た。
透はベッドの上で、空を見る。
医者にはならない。
逃げない。
でも、助けたいと思ったあの気持ちは、嘘じゃない。
何者になるかは、まだわからない。
でも。
“何者にもならない”ままでは終わらない。
透は、もう一度目を閉じる。
静かに、深く、息をする。
雨は、止んでいる。
それでも。
彼の中では、ちゃんと降った。
すべての雨が落ちきったあと。
残ったのは。
選ぶことをやめない、ひとりの高校生。
そして。
雨はもう、君の名前を知っている。




