ドラフト当日の人間模様
ドラフト当日から入団会見まで、ストーリー最初の山場です。
秋晴れの紀州ボールパーク。プレーオフ出場を逃して一足先にシーズンを終えていたフェニックスは、1日の休養日(健一たちの極秘テストが行われた日)を置いてから、本拠地にて秋季練習を行っていた。
参加しているのは、主に若手や中堅のいわゆる『有望株』。エースの木村や守護神の山田、ベテラン勢の吉田や石川は別メニューだったり不参加だったりと疲労度を考慮されてメンバーが選ばれている。特に野手陣は杉山監督がシーズン後半から積極的に起用したメンバーが多かった。
「うらっ!!」
掛け声とともに豪快なアッパースイングから打球をかっ飛ばしたのは、その筆頭格と言える高橋だ。センター125m、両翼105mと広い球場である紀州ボールパーク。その広さをものともせずに、打球はことごとく外野スタンドの中段、上段に弾んだ。
「いいぞ高橋。だいぶスイングが形になってきたな。緩急関係なしにスタンドに持っていけるようになったら、シーズン50発も夢じゃないぞ」
「あんたのおかげっすよ、平野コーチ。ピッチャーとしてもバッターとしても期待外れだった俺をここまでにしてくれたんすから」
「俺はひとつふたつ教えただけだ。それを形にして結果まで生んでるのは紛れもなく才能だよ。さすがドラフト1位で入っただけはあるな」
ケージの外から高橋を励ましたのは、一軍打撃コーチと務める平野和生。選手としての実績・実働ともにわずかだが、まだ30代と若く、前年まで務めた二軍コーチとしては若手の相談役としても手腕を振るった。特に高橋は打者転向後も「力こそパワー。当たったらなんとかなる」という技術面の雑さが抜けず苦労していたところ、平野のつきっきりの指導で大きく改善。一軍クラスの変化球にも対応できるようになったことで、今シーズンの飛躍につながった。この手腕を杉山監督は高く評価し、就任時に彼を一軍に配置転換。高橋以外にも伸び悩んでいた準レギュラークラスの打棒を次々と開花させたのだった。
「しかし、今日はドラフト会議の日だな。どんな連中を指名するのかはわからんが、いずれにしろ、この後のウインターリーグ、そして年明けキャンプまでの積み重ねで、新人たちに立ちはだからないとな」
「誰が来ようと関係ねえっすよ、コーチ。この俺がうちの『四番・ファースト』だってのを見せてやらあっ!!」
雄たけびとともに舞った打球は、バックスクリーンに直撃していった。
「にしてもドラフトかあ…どんな選手が指名されるんだろうな」
「まずは野手だろ。高野さんや小山さんがクビになったから、センターラインがスカスカだもんな」
球場に隣接する選手寮の食堂では、昼食をとっていた選手たちがそんな会話を交わしている。
「にしても驚いたよな。小山さんはともかくとして、高野さんは主力の三番バッターだぜ?トレードもあり得ないのに戦力外だぜ」
「しかも聞いたところによると、戦力外になったメンバーは新オーナーの意向も強かったらしい。それだけじゃない。監督が二つ返事だったらしいぜ」
「新オーナーってあの孫娘って人…マジかよ。孫に甘いじいちゃんそのまんまじゃん」
「あの監督もよくわかんねえよな。ニコニコしてミスにも甘い雰囲気だしといて、終わった途端バッサリってエゲツないって…」
そう雰囲気が重くなるテーブルを横目に、炊飯器を抱える巨漢の選手が通り過ぎる。一団の一人がそれに気づいて彼を止めた。
「お、おい竹内!また炊飯器抱えやがって。それ一人で食う気だろ」
「ブフフフ…ぼーっとしてる方が悪いんずよ。食べないんなら俺が頂くだけだで。腹ぁ減っでるがらな。デフフフ」
特徴的な笑いとしゃべり方をして、その選手、竹内速人は食堂の和室スペースにドスンと座り込んだ。そこにはみそ汁の入った鍋も置かれ、おかずは山盛りのキャベツの千切りととんかつ。そのまま一升炊きの炊飯器のふたを開けると、そのままお茶碗としてご飯をかっ込み始めた。
身長192㎝という背丈もさることながら、体重は163㎏と相撲取り顔負けの体格を持つ彼のポジションは当然(?)キャッチャーだ。高校通算66本塁打の長打力を誇り、甲子園にも出場。その時から「野球ができる関取」だの「甲子園の横綱」だのあだ名された。ここ2年は主に指名打者として20本塁打以上を放っている。
「石川さんや加藤が休んでる間、おではアピールして来年ごそキャッチャーのレギュラーなるんや。ドラフトでどんな奴が来でも怖ないでえ」
竹内は鼻息荒くガツガツと頬張っていた。
その日の夕方。
ドラフト会議の会場となる都内のホテルには、各球団の関係者が続々と集まりごった返していた。フェニックスの出席者は、新オーナーとなった美穂に杉山監督ほかフロントやスカウト陣の主要幹部だ。自分たちのテーブルに着席すると、杉山監督は口を開いた。
「さて、片岡アマチュアスカウト部長。我々の1位指名は、やはり渡辺君でよろしいですね」
「…まあ、当然でしょう。小山も退団しましたし、今のうちにはどんな選手であっても戦力になりますからね…」
穏やかな杉山監督に対して、アマチュア、つまり新人選手の調査・獲得に動くスカウトたちのトップである片岡は、どこか憮然としていた。
「おや、ご気分がすぐれないようですが、なにかありましたか?」
「…いえ。そうでは…ただ、私他思うところがある者は少なくないかと…」
杉山監督の質問に対して、そう言いながら美穂を見る片岡。杉山監督は察する。
「…別に、あなた方を信用していないというわけではありませんよ。ただ、ちょっと意向が変わったというだけですよ」
「だからと言って…極秘に選手のテストを行って、その選手を全員入れるというのは、東奔西走で選手発掘に勤しむ我々への冒涜ですよ。それに、高野たちの戦力外についても我々には想定外ですよ。球団の現状に適した選手をリストアップできているわけでは…」
「フフフ。確かに、あなた方を振り回す形にはなりましたね。ですが、情報を秘匿するために、やむを得なかっただけですよ。確実に獲得するためにはね」
「だとしても…その秘密事項を私にすら伝えられなかったのは、正直どうかと思ってますよ」
片岡の言い分は、ある意味でもっともだった。
アマチュアスカウトの仕事は、ざっくりいえばチームの戦力となる選手を発掘することである。世間で注目されている渡辺小次郎のような有力選手だけでなく、球団の方針にマッチしたニッチな選手、あるいは「育てれば化ける」と思わせる伸びしろを持つ若い選手をリストアップする。それをドラフト会議にして指名するわけだ。それだけに、秘密裏にテストが行われ、その選手たちが全員指名されると自分たちのあずかり知らぬところで決定されれば、この態度もむしろ当然だ。
だが、杉山監督は愚痴ってきた片岡を、バッサリと、当人に向かってはっきりと言った。
「まあ、あなた方の眼も正直言って節穴ぞろいだったのも極秘テストの要因ですよ。シーズン中に挙げてきたリストの選手のほとんどは、関係者間での知名度がある程度ある選手ばかりでしたからね。『後追い』しかできてないスカウトが掘ってきた選手じゃ、私のチームには耐えれるわけありませんからね」
「なっ…」
そんなやり取りをしている中、一人の大男が近づいてきた。
「杉山監督!お久しぶりです!」
猛々しい挨拶に振り返ると、杉山監督は目を見開いて驚いた。
「おお。清畑君じゃないですか」
挨拶してきたのは、同じパリーグの球団、神戸ブルーレイズの新監督なった清畑博和。歴代4位の通算552本塁打を記録した稀代のスラッガーで、杉山監督とは埼玉国士セイバーズ時代の選手と監督の間柄であった。いわば門下生と言える。
「先日報道がありましたが、ついに君も監督ですか。私が監督をしていた時はまだ19歳だったのに…感慨深いですねえ」
「ワイの方こそ、また監督とユニフォーム来てグラウンドに立てて感無量です!シーズンはよろしくお願いします!では!」
そう言って清畑は自分の席に戻っていた。そこに入れ替わるように、杉山監督の門下生がまた一人近づく。
「キヨもユニフォームを着るようになったのに、あんたもユニフォームを着てるというのは、やっぱ違和感あるわな」
「おお、不動君。日本一、おめでとうございます。圧巻の日本シリーズでしたね」
彼の名は不動幹康。パリーグ、福岡ダイナバンクホープスの監督を務める。現役時代は杉山監督の下で左腕エースとして活躍し、黄金時代を謳歌。行く先々でリーグ優勝、日本一を経験する『優勝請負人』の異名を取り、解説者を経て現職。就任7年で優勝5回、日本一3回と現在随一の名将と呼び声が高い。
「圧巻っつっても初戦は落としたんでな。あれで選手の気合が入ったんでしょうよ。ま、俺は選手に恵まれてますよ」
「いやはや。来季も、お手柔らかに頼みますよ」
「ああ。今年よりは和歌山に行くのがイラつかなくて済みそうだ。あんたのチームのわりには、プロと言い切れない腑抜けた連中が片付いたらしいんでね」
「ほほほ」
意味深な物言いを交わして、二人はそれぞれの席へ。そののち、いよいよ開始の時間となった。会場の様子は、1位指名のみに限って地上波中継で全国放送され、近年は全球団のファンが100人弱が観覧している。日本のプロ野球における、年内最後の一大イベントである。一位指名が予想される選手たちは、それぞれの所属先で会見場を設けてその様子を見守っている。
ここ、湘南大学にもそれが設けられて、小次郎や林、ほかにも四番を打った福島やエースを務めた右の速球派川口が指名の時を待っていた。
「いよいよだな、小次郎。お前には何球団指名がくるだろうな」
「指名するだけなら自由だ。俺はくじを引き当てた球団に入るまでだ」
林の問いかけに、小次郎はそっけなく返した。
『第1回、選択希望選手…鹿児島。…渡辺小次郎、22歳。外野手、湘南大学』
各球団の1位指名が始まった。順番は前年シーズンの順位を参考に、日本一になっていない側のリーグの最下位からスタートする。前年は福岡が日本一に輝いたので、セリーグの最下位からそれがスタートした。いきなり名前を読み上げられ、湘南大学内の記者会見場はいきなりフラッシュの嵐だった。前が見えなくなるほどのまぶしい光に包まれるが、小次郎の表情は変わらない。
『神戸…渡辺小次郎』
『中京…渡辺小次郎』
『和歌山…渡辺小次郎』
「…行きましたわね。監督」
「ええ。あとはくじ引きを待つのみです」
美穂と杉山監督が、そんなやり取りを交わす。
『東京ユレクト…古川純也、18歳。投手、帝都高校』
連続指名が途切れた小次郎。その後も、球団が上位にすすむにつれ、他の注目株が指名されていく。
『千葉ロッタ…古川純也』
『広島海洋…黒部勇、18歳。投手、智傳学園』
『仙台楽伝…内村秀太、24歳。外野手、日胆自動車』
『新潟…川口大樹、22歳。投手、湘南大学』
指名がセリーグの上位球団に入ると、川口が指名を受けて湘南大学の会見場が盛り上がる。ひとつのチームから1位指名選手が出るというのは、それだけでも快挙である。川口が満面の笑みを見せる傍ら、小次郎の表情は相変わらず不変だ。その後指名は進み、最後に福岡の順番になる。
『福岡ダイナバンク…渡辺小次郎』
ドラフト会場、そして湘南大学の会見場は大いに沸く。今年も日本一を果たし、今や日本最強と言える球団からの1位指名。さすがの小次郎も目が動く。
(常勝球団からの指名…ここに入れば、俺のジンクスも…)
『全球団指名終了しました。現時点で広島海洋、仙台楽伝、新潟、埼玉国士、横浜、関西。以上6球団は指名選手の交渉権が確定いたしました。続いて、重複指名の抽選を行います』
会場の司会者がそうアナウンスされる。これが、ドラフト最大の目玉。くじ引きである。重複指名した選手の交渉権をかけて一世一代のくじを引くのである。
「では監督、行ってまいります」
「ええ。幸運を祈っております」
「か、監督。オーナーが引くんですか!?」
フェニックスからそのくじ引きに参加するのは、なんとオーナーに就任したばかりの美穂。送り出す杉山監督とは対照的に片岡は狼狽する。
「誰が引いたって同じですから、球界の手あかにまみれていない彼女に託そうと思いましてね。引こうが引くまいが、ニュースにはなるでしょう。うまくいけば良い船出になるでしょう。それに…」
「それに?」
「今日は、牡牛座の運勢が良いようですよ。彼女の星座がそれですからね」
「はあ!?」
片岡は目を見開いたが、杉山監督はどこ吹く風だった。他球団はいずれも監督がくじを引くようだ。神戸の清畑監督、福岡の不動監督らの中に、うら若き美穂が壇上に立つ。スーツ姿の男性陣の中でひときわ異彩を放ち、会場も明らかにざわついている。一方で美穂は緊張こそしていたが、表情は柔和で落ち着き払っている。そして抽選箱にゆっくり手を入れる。
(チームを生まれ変わらせる最後のピース…必ず、引いてみせます)
変に探らず、最初に手に触れた封筒をそのまま掴んで引いた。やがて不動監督も引き終わり、封筒の口が切り取られて中から二つ折りにされた厚手の紙が取り出される。当たりくじのみに、『交渉権獲得』の5文字が刻まれている。全員がそれを手にし、司会者がアナウンスした。
『それでは、中をお開けください』
会場中のざわめきが一際大きくなる。鹿児島、中京、そして神戸の清畑監督が渋い顔をしたり天を仰いだりし、そのたびにため息が漏れる。美穂は、不動監督と同時に紙を開く。瞬間、美穂は全身に電流が貫いたような感覚に襲われる。そこにははっきりと『交渉権獲得』と印字されている。不動監督が首をかしげたと同時に、破顔一笑で当たりくじを天高く掲げ、会場が大いに沸いた。
「お見事でした」
杉山監督は静かに笑みをたたえて小さく拍手し、壇上では美穂がインタビューを受けていた。
「おめでとうございます。オーナー就任後最初の大役で、見事な大仕事を果たされました。今のお気持ちいかがでしょうか」
「はい。本当に感無量でございます。我が和歌山フェニックスにとって、チームが生まれ変わる為の切り札が渡辺選手と信じておりましたので、引き当てることができて光栄です」
アナウンサーの言う大役を果たした直後であるにも関わらず、美穂の受け答えは非常に落ち着いたものだった。彼女の胆の据わり様が相当なものであることの証左といえた。
沸いていたのは、湘南大学の会見場も同じだった。だが、再びフラッシュの嵐の中で、小次郎の表情は変わることはなかった。
「プロに入れるだけじゃなく、まさか1位指名という高評価までいただいて…感激です。僕に関わってくれた皆さんに感謝したいです!!」
「オーナー直々に『切り札』と言っていただけて身が引き締まる思いです。1位の名に恥じぬよう、さらに精進します」
感激のあまり声が上ずった川口と対照的に、小次郎のコメントは変わらず淡々としてた。
だが、この後、小次郎の表情は大きく変わり、そして1位指名してきたフェニックスに対して不安と不信感を抱くことになることは、この時はまだ知る由もない…。
次話にて一区切りつけます。




