そのバッティング、四者四様ながらプロ向きの共通項あり
「くっ!」
再びきたストレートに、大輔は打ちにいきファール。打球は真後ろに飛びラバーに当たった。
「大輔はさすがね。もうアジャストできたじゃない」「真後ろに飛ぶってことは、タイミングは間違ってないってことですもんね」
友理と真也は大輔の技術を褒めた。一方で健一はそれまでの饒舌ぶりとは一転、じっとマシンを見据えて何かを口ずさんでいた。ただ、打席の大輔は今ので精一杯という感じだった。
(…今ので確信した。健一のマックスより明らかに速い。おそらくは160ってとこか。俺たちが子供の頃ならマンガの世界の話だったってのに、今じゃ決してありえない存在じゃなくなってるしな)
ふと大輔はバックネット裏のスタンドにいる杉山監督を見る。監督の手にはスマホがあった。
(…どうやら何を投げるかもあの人が指示を出してるみたいだな。3球目は何でくるか?)
もし大輔を打ち取りにいくとするならば、セオリーならばタイミングを外すために変化球、それも球速に差があるボールを投げてくるはずだ。しかし…。
(堂々と嘘を仕込むような人だ。すんなりとセオリーにならうとも思えない…どっちだ)
一方のスタンドの杉山監督は、見下ろしながらその状態を楽しんでいた。
(フフフ。思案を巡らせてるようですね。さて…)
杉山監督はスマホのメッセージアプリにて、マシンを操作する和美に指示を出す。そして3球目は…またもストレート。大輔はきっちり捉えた。
カァン!
心地よい音ともに放たれた打球は左中間へ。見事に長打コースへ飛び、弾んだ打球はそのまま柵を越えた。
「あのワンバンがフェンス越えるのか…エンツー(エンタイトルツーベース)だらけになりそうな球場なんだな、ここ」
前述したように、ここ紀州ボールパークは両翼105m、センター125mと広さは日本一の規模を誇る。だが反して、フェンスはラバー部分は高さ1.2m、その上の金網部分を合わせても2mしかない。その広さのわりにはホームランはむしろ出やすく、大輔の打球のようにワンバウンドでスタンドに入ることも珍しくなかった。
「キャッチャーにとってはリードの難しく、バッターとしてもスタンドを狙っていいかそうでないかを絞りづらい…少なくとも、初心者向けの球場じゃねえな」
そう苦笑しながらもその後、大輔は快音を響かせた。外角へ逃げるスライダーは巧く拾ってライト前へ、内角に食い込んでくるツーシームは三塁線を破る。ストレート後のチェンジアップも泳がされながらも対応。ただ、チェンジアップ後のストレートはさすがに手を焼いた。
それでも20球中、ホームランは3本。打球方向も左中間からライト線まで幅広く打ち分けてみせた。
「お疲れ様です大輔さん。さすが平成高校の名三番打者でしたね!」
「変化球が咄嗟でも対応できる変化量で助かったよ。まあ、150って言っといてそれ以上のスピードが来たのはさすがに参ったね」
真也から労われた大輔は、バックネット裏スタンドに視線を向けながらボヤいた。
「さあ。次は真ちゃんね。頑張っておいで」
「やめてくださいよ、初めておつかいにいく子どもじゃないんだから…」
友理に頭を撫でられながらエールを送られた真也はそう苦笑した。
続いて打席に立ったの真也。まず彼はバントの姿勢をとる。いわゆるバスター打法だ。初球のストレートをまずはカットする。その勢いに顔をゆがめた。
(速い、それに重い。160キロってホントにすごいんだな…)
だが、次のストレートをその勢いを活かしながらはじき返す。さらにスライダーやツーシームも、同じくバスター打法で確実に当てる。その様子を見て、まず美穂が評価する。
「しっかり見極めておりますわね。それに、ストレートにも力負けしてはいませんわ」
「バスター打法はボールに対して向かい合う形ですから、ボールを両目で見ることができます。それに、一度バットを引いてから振るという動作が加わりますから、スイングがかえってコンパクトになりますからね。とはいえ、打ちやすくなるとは言えバスターにしているだけで対応できるということは、プロとしての一定の打力があるということですね」
杉山監督も同調する中で、真也は途中からバスターをやめる。そしてストレートを右方向に、変化球のうちタイミングが合ったものはレフト前に引っ張ったりもした。このうち、杉山監督は引っ張った打球を評価していた。
(決して右方向一辺倒だけではないのは評価できますね。ああいう『飛び道具』があれば、打たれたときに相手に効きますからね…少なくとも、私はそう思いますよ)
そして3人目は友理。杉山監督はまた一つ『嫌がらせ』を仕込んだ。
(和美さん、私の指示があるまで変化球を投げ続けてください。どれを投げるかは任せますが、同じ球種は続けないでください)
そうメッセージを送信した。
前の二人と違って友理は女性だ。いうまでもなく、身体の成長が男子よりも早い小学生のころならいざ知らず、成人までともなれば明らかに筋力や瞬発力に差が出る。当てることはできても、飛距離が出るかどうかは怪しい。
だが、友理は快打を連発した。内野の頭どころか外野手の定位置よりも飛ぶライナー性の打球を次々放ち、特にスライダーを捉えた打球は彼の想像以上に飛び、何本かはワンバウンドながらスタンドにも入る。杉山監督は目を丸くした。
「なるほど…。彼女はちゃんと“捉えて”いますね」
「妹の話だと、あの子は高校に上がってからも男子のボールを打ってきたらしいですわ。まず、目と感覚がそのスピードに『慣れて』いるんでしょうね」
「130キロは女子野球界隈ならそれこそ160キロ級の剛速球。それが右や左に曲がってくる。感覚がわかってなければ反応もままならないでしょう。それに彼女は『ボールへのバットへの入れ方』をわかっていますね」
「入れ方?」
「正直言って、当てるだけなら男性のスピードに慣れていない人でも技量があればできます。ですが、彼女は力を要しない打球の飛ばし方をわかっているということです」
「それはどういうことでしょうか」
美穂の疑問に、杉山監督は自分の握りこぶしをボールに見立てて解説する。
「当たり前ですが、ボールは上から叩けばゴロになり、下からすくえばフライになります。ですから、ホームランバッターの多くはボールの下側を狙います。これでボールにバックスピン…下から上に回転させるわけです。俗に『バットにボールを乗せて運ぶ』と表現されますがね」
「つまり…」
「そう。彼女はただ当てるだけじゃない。ホームランバッターのような当て方ができているというわけです。それに、彼女のバットにも秘密があるでしょう」
「バット?まさかコルク入りとかおっしゃるわけではないでしょう」
眉をひそめた美穂に、杉山監督は苦笑する。
「そういうのではなく、彼女はおそらく普通よりも軽めのバットを使っているはずです。重いものより軽いものの方が振りやすいのは道理。スイングスピードの勢いをもってボールに相対しています。対して、先ほどの少年のような彼は、逆に重めのバットを使っているはず。同じスイングスピードならば、当たった時に飛ぶのは重いほう。自分の身体とスタイルに合わせた工夫がそれぞれにあるんですよ。さて…」
その頃、打席の友理は徐々に苛立ちつつあった。ここまで15球打ってきたが、未だにストレートは来ていない。
「いつになったらストレートがくるのよ…。女だからってナメられてる?こっちはその気で待ってるのに全然来ないじゃない。…んもう、またチェンジアップ!」
16球目、17球目とマシンはボールを放つが、それでもストレートは来ない。周りから見れば「ストレートは来ない」と確信めいてもおかしくはない。だが、それでも友理は待っていた。そして待望の一球が19球目に来た。
(やっと!)
それまで打ち込んだ変化球たちよりもはるかに速い。だが、友理のバットは見事に反応していた。
カァン!!!
芯を食った快音が響いたが、打球は真正面のマシンに直撃。ピッチャーライナーだった。
「んもう!もうちょっと上がればセンター前だったのに~!!」
そして放たれた20球目はツーシーム。内側に食い込んできたボールに、友理はいら立ちをぶつけた。
「男の世界で勝負するって決めてるのに…ナメんじゃないわよ!!」
豪快に引っ張った打球は、女のそれとは思えない飛距離で飛んで行く。そして…ノーバウンドでスタンドに入った。
「すげえ…。この広いスタンドに入れやがった」
「凄いですよ友理さん!まさかホームランなんて!」
大輔は感嘆し、真也は興奮する。しかし、友理はキッとスタンドの杉山監督を睨んだ。美穂にはその苛立ち…160キロのストレートを『投げてもらえなかった』悔しさを理解した。
「監督、彼女に対してストレートを投げなかったのは、どういうおつもりで?」
「フフフ。別に侮ったわけじゃないですよ。実際、やっと来たストレートをピッチャー返しにしたということは彼女の技量が下手な男よりも優れている証左です」
「ではどうして」
「彼女の精神面、それに集中力を見定めていました。20球中1球しかなかったストレートにああいう打球を打てたということは、彼女は終始『ストレートにタイミングを合わせていた』。それでいてそれよりも遅い変化球を打っていたということは、ストレートを待ちながら変化球にも対応できる技術があるということです。もっとも遅いチェンジアップにはむしろ軽打に徹していた。気持ちでカッカしていても、それが『力み』にはなっていない。こういう冷静なバッティングができるのなら、この世界で3割を打つことも余裕ですよ」
優しい笑みをたたえる杉山監督に対して、美穂は裏にひそめていた意図に息を飲んだ。
そしていよいよ、健一の番になる。
「さ~て…真打登場と行きますか」
「久しぶりに健一さんのバッティングを見れるなんて楽しみですよ。頑張ってください」
そう言って勇んで打席に向かう健一に、真也が後押しした。一方で、一人ピッチングの試験を待ちながら3人のバッティングを見守っていた優子が、ふと大輔に聞いた。
「彼…素振りもせずにずっとみんなのバッティングを見ながらブツブツ言ってた。どういう意図なの?」
「ん?ああ…そういえばお前とは高校になってから一緒になったから、アイツの習慣はわかってなかったか」
聞かれた大輔は思い出したように言い、健一がなぜそんな行動をしていたかを説明した。
「まあ、はたから見れば気味悪いだろうな。それに普段からどっちかと言えば騒がしい奴だから、余計に思ったろ?」
「ええ。普段の彼を思ったら、ヤジを飛ばすか…していたとしても黙々と素振りをしていると思ってたけど、違うの?」
「意外だろうけど、アイツはネクストサークルで待ってる間もほとんど素振りはしない。口でタイミングを計ってるんだ」
「口?」
「ブツブツ言ってたろ?マシンからボールが出た時と、バッターが打つ時に。その音の間を測ってるのさ。たいていはそういうのに合わせて素振りなりなんなりするが、アイツに言わせれば『それで隊タイミングが測れているかどうか、相手が攻めるうえでのヒントになってしまう』んだと」
「…一理あるかも」
そしていざ始まっても、優子は健一の挙動に戸惑う。初球のストレートに微動だにしなかったのだ。
「タイミング…測れてなかったのかしら」
「いや、確認してる。実物の軌道をな。そしてどういうスイングをすべきかをおさらいしてる」
そして連続できたストレート。健一はゆったりと、力感のない動きから緩やか(に見える)スイングでボールを打ち返す。
快音とともに放たれた打球は、バックスクリーンに着弾した。
「イメージ通りだ」
打席の健一はそうつぶやいた。
その後も、健一は他の3人とは一線を画す打球を連発する。スライダー、ツーシーム、チェンジアップと球種の所見はじっと見送り、その後は一切の無駄のないコンパクトなスイングからホームラン性の打球を次々放つ。
「自分の頭でイメージしたものに、目で見た情報を加えて、完成したイメージ通りのスイングと打球を打てる…。考えたことをそのままできるってバケモンだろ?」
「…恐れ入った。幼馴染であるあなたたちが、彼の大口を咎めない理由が分かったわ。頭で描いた通りのことを身体ができる。それじゃあそれぐらいの大口も許せちゃうわね」
「久しぶりに見たけど、やっぱり次元が違うなあ、健一さん。同じ人間とは思えない飛距離だ…」
「ホントホント。飛ばそうと思って飛ばしてるんじゃなくて、当たったら勝手に飛んでってるもんね」
打球に見惚れる真也に友理も誇らしげに言う。杉山監督も、健一の格の違いに頬を緩める。
「他の三人にも言えることですが、一度見たボールに対してきれいに反応できている。そして彼の場合はイメージどおりのスイングを見事に体現している。このバッティングが他球団にバレたとしたら、指名どころか1位競合必須でしたね」
結局健一は、打った16球のうち、7本をホームラン。4本がレフト、3本がバックスクリーン。右方向はスタンドには届かずとも右中間を何度も真っ二つにしてみせたのだった。




