うだつが上がらないチームの再建を、一高校のOBOGに託す方針
「今回は、自分の軽率な行動でファンやチームメート、監督やコーチ陣、フロント、スポンサーの皆様に多大なるご迷惑をかけたこと、心からお詫びいたします」
フェニックスのシーズン最終戦の翌日。その夕方、和歌山フェニックスの球団事務所にて、木村がスーツ姿で会見を行い、起立して冒頭の言葉を述べて深く頭を下げた。その瞬間から集まったマスコミからのフラッシュの嵐を浴びた。
あの暴力沙汰は、最終戦のセレモニーということもあってテレビ中継が続いている中での出来事だったため、瞬く間にSNS上で拡散。夜のニュースでたびたび取り上げられ、スポーツ新聞にも高野につかみかかった時の写真が掲載された。当然、炎上し多くの批判が集まった。単独最多勝がかかった若手の木村と、タイムリーエラーでそれをフイにしかねなかった中堅選手高野という構図も「タイトルを獲れなかった八つ当たり」と解釈された上に、高野がコメントにて「誤解されるような仕草があった自分も悪い。最終戦が逆転負けで気が立っていたんだろう。チームの勝利に何より貪欲だから」と、自分の非を認めつつ先輩として木村をかばうような大人な物言いをしたことで、木村に非難が集中した。
ただ、杉山監督は違った。セレモニー後の囲み取材にて。
「もちろん暴力はいかなる理由があろうと論外」と前置しつつ、「彼は誰よりもファンに勝利を届けたいと願う選手であり、ミスが絡んだ逆転負けに歯がゆいものを持っていたのは理解できる。もっとチーム全体が今日の敗戦、さらに言えば今シーズンの戦いが胸を張れるものであるのか、私も含めて考えないといけない」とコメントし、木村をある程度擁護したのだった。
そしてそのまま監督室に木村を呼んだ。
「…失礼します」
「…いい顔です。自分の行動を反省していなければ出ない顔です。座りなさい」
監督室に現れた木村の意気消沈した様子から、杉山監督はソファーに座るように促し、自身も対面に座った。
「まず、君が取るべき行動を命じます。この後、高野君に。そして明日は謝罪会見を開いて頭を下げなさい。大勢の前で頭を下げて、自分のやったことの醜態を受け止めなさい!」
「…はい」
最後に語気を強められ、頭を垂れて力なく返事した木村。しかし、次に杉山監督が伝えたのは『労い』だった。彼は木村の肩に手を置いて、それまでとは一転した、暖かい声をかけた。
「君が自分のそれよりも、チームの勝利に執念を燃やしていることは常日頃から感じていました。その結果の最多勝はもっと誇ってください。そして、その熱い思いをもって来年も私に力を貸してください。期待してますよ」
「…、すみませんでした…」
何もしていないと思っていた監督は、自分の熱量をわかってくれていた。これだけで今の彼には染みた。そのためか、その後の高野への謝罪も、記者会見での謝罪も、自分の過ちを受け入れ非難を一身に受け入れる覚悟を決めた凛々しい表情となっていた。
(あの監督の言葉は本物だ…。だったら、今はどれだけ叩かれたって構わない。これは自分がやらかしたことへのケジメだ)
記者からは厳しい質問も飛んだし、その後のニュースでも否定的な意見もあった。だが、木村はじっと聞き続け、ただ頭を下げた。これが、来年へのみそぎとなると信じて。
少し時間を戻す。木村を送り出した後の杉山監督のもとに、一人の女性が訪れていた。
「これは、オーナー代行。こんな人を迎えるような場ではないところにわざわざ…」
「お疲れ様ですわ、杉山監督。そんなことはありませんわ。ここには、あなたが練り尽くした知略にあふれておりますわ」
女性の名は、新井美穂。現オーナーである新井道則の孫であり、事実上の親会社・紀伊建設の社長令嬢である。28歳にしてオーナー代行と球団のナンバー2に位置する地位に立つキャリアウーマンの一方で、かなりの野球通であり見識は下手なアナリストよりも広く深い。杉山監督の招聘には、現オーナーと監督が高校の同級生という縁があったことに加え、特に彼女の熱心なプレゼンが決め手になったと言われている。
「今シーズン、我がフェニックスを率いていただきましたが…監督のご意見を伺う前に、祖父に代わって謝罪いたします。非常にご苦労をかけてしまい…」
「いえいえ、頭をお上げください。暇を持て余した老人が好き好んでやっていることですから。久方ぶりのユニフォーム生活は、非常に充実しておりましたよ」
一度ソファーに座ったが、再び立ち上がって頭を下げる美穂に、杉山は優しく笑って座るように促した。しかし、そこから彼がかけていた眼鏡の奥の眼光は鋭くなった。
「…しかし、これがプロなのか。野球しかできない分際で、野球をやって金を貰えている事への自覚を疑う一年でしたね…。正直言って、木村君の暴挙がなければ辞任を申し出るところでしたよ」
「そうでしょうね…。私も去年はスポンサーの役員として、今年はオーナー代行としてよりチームを間近で見てきましたが、最下位にならなかったのが不思議なぐらいです」
それまでの好々爺然とした雰囲気が吹っ飛ぶぐらいに毒を吐く杉山監督に、美穂は共感しながら肩を落とした。
「特に口を出さず、ミスにも極力目をつむって自由にやらせたらこの有様です。木村君のように、その現状に思いを燻らせている選手は吉田君や高橋君のような、ごく一部でした。正直、石川君も怪しいラインです」
「では…例の一件、了承していただけると」
「一つの高校のOB・OGにプロチームの改革を託すなど、文字面だけを見れば正気の沙汰ではないでしょう。…ですが、こんな『もどき』にあふれたチームなど、それぐらいのショック療法でちょうどいいぐらいかもしれませんね。手配の方、よろしくおねがいします」
「わかりました。それでは」
やり取りを終えて立ち上がる美穂が部屋を出る直前、杉山監督は改めて問う。
「このショック療法…間違いなく、世間は好奇の目を向けるでしょうし、あなたは『ワンマン』と叩かれもしましょう。まあ、女性に対してマンはあれですが…」
美穂は振り返ることなく、それでいてはっきりと言い切った。
「…これ以上、『和歌山』の名を背負って活動するチームが泥をまき散らす方が耐えられませんわ」
数日後。フェニックスの本拠地・紀州ボールパークに、アメリカから返ってきた「連中」…健一、大輔、友理、優子がやってきた。特例での入団テストを行うために…。
「ほえー、やっぱグラウンドに立つと全然違うな。こんな球場和歌山にはもったいないかもな」
一塁側ベンチからグラウンドに出た健一は、見渡しながらそう言葉を漏らした。後から出てきた大輔もその広さに圧倒される。
「センターも両翼も甲子園より広いもんな。けど、フェンスがむしろ低すぎる。広いのにホームランが出やすそうって、どんな矛盾だよ。リードが大変そうな球場だな」
「みなさーん、お久しぶりです」
そんな彼らに、三塁側ベンチから少年のような小柄で童顔な、眼鏡をかけた選手が駆け寄ってきた。その人物に最初に驚いたのは、友理だった。
「えっ!?真ちゃん?なんでここにいるの?」
「お、真也じゃん。東大生が何の用だよ」
「今確か、東京六大学ってリーグ戦やってるんじゃなかったのか?」
続いて健一が、そして大輔も驚く。駆け寄ってきた彼は、眼鏡のレンズを光らせながら、満面の笑みを見せてはっきり言った。
「和美さんから、皆さんが入団テストを受けるって聞いて、やっぱり少しでも早く一緒にやりたかったし大学はまたいつでも入れますから、辞めてきました。だから僕は今『元東大生』ですよ」
平然と言ってのけた彼の言葉に、先輩三人は目を見開いて驚いた。その様子を見て、優子はポツリとつぶやいた。
(ジェフさんの言うように、ウチの高校は…いや、私たちの世代はいろんな意味でバラエティーに富んでたのね…)
友理が「真ちゃん」と呼んだのは、4年前の甲子園でショートを守っていた山本真也。健一たちとは1つ下だが、彼もまた健一たちと子供のころからのチームメートだった。ちなみに、友理とは従姉弟(両者の母親が姉妹)の関係である。
前述の通り、童顔で小柄(165㎝)と中学生どころか小学生のなかに交じっても見分けがつかない外見をしているが、ショートの守備は華麗かつ堅実。サードやレフトの前もカバーする驚異の守備範囲に、イレギュラーバウンドも難なく対処するグラブさばき、そしてスローイングも正確無比と、申し分ない能力を持ち、健一たちが卒業した後は野球部のキャプテンとして三番・ショートとして甲子園を目指したが連続出場はかなわなかった。だが、学業が優秀だった彼は、卒業後は東大に一発合格。野球部でもその守備力で入学早々レギュラーとなり、東京六大学界隈において『令和の牛若丸』なる異名をとどろかせていた。
しかし、前述の通り彼は野球部を退部、学校も中退し、今回この場に現れたのだった。
「にしても、お前に情報流したの誰だ?なんか俺たちがここに来るのって非公式のはずなんだが…」
「ふっふーん、それはウチが答えるで!」
大輔が首をかしげたところに、得意満面に関西弁を発する、フェニックスのウインドブレーカーを羽織った女性が現れた。その顔を見て、健一たちは驚き、発した。
「あー!和美じゃねえか!お前もこのチームに関わってんのか!」
「せやで。平成高校の名物マネージャーが、今やこのチームの監督付き広報やで!…まあ、お姉ちゃんの働きかけはあったけどね」
「和美~。久しぶりじゃん。そっか、忘れがちだけどあんたと美穂さん、姉妹なのよね」
「別嬪な姉ちゃんと顔似てへんのはしゃーないで。生んだ母親が違うんやから~」
友理が思い出したように言うと、和美はカラカラと笑ってみせた。
少し丸みのある彼女は新井和美。健一たちとは同学年、もっと言えば彼女も彼らの幼馴染で同じく野球をしていたものの、中学でひじを痛めてしまい選手の道を断念。後攻ではマネージャーに転身し、雑務を一手に引き受けながら時にノッカー、時にはブルペン捕手までとグラウンド内外でチームを下支えした。その後短大に進学したのち、姉である美穂の推薦もあってフェニックス球団の広報部に入り、現在は杉山監督専属として奔走している。ちなみに彼女自身が言ったように、オーナー代行の美穂とは異母姉妹。美穂の母が彼女を生んで間もなく急逝し、社長が迎えた後妻が和美を産んだためだが姉妹仲は良好で、監督と直通のパイプ役として奮闘しているのだ。
そして、今回健一たちがこうして集合したのは、妹の人脈をフル活用した美穂の策略だった。
全員が旧交を温めている中、杉山監督とオーナー代行の美穂が現れた。
「皆さん、今日はありがとう。4年前の甲子園で躍動された方々に、こうして来ていただけて光栄ですわ」
「こっちこそ。ずっと引きこもってた俺たちにこんな場を用意してくれて礼を言うぜ。で、そこのじいさんが監督って訳か」
「おい健一、そういう仕草と言い方はよせ」
美穂の挨拶に礼を返した健一は、後ろに立つ杉山監督を顎で指し、それを大輔にたしなめられた。
「ほっほっほ。血気盛んで結構。私が監督を務める杉山です。今日は君たちの才能を見せていただけるなんて、心を躍らせておりますよ」
「そっすか。んじゃ、もっと踊ってもらいましょうかってんだ。まず何からするんすか?」
「では、そちらの小林君以外の皆さんには、ある選手に対してバッティング練習をしていただきます。もちろん、小林君もバッティングをしたいのなら構いませんが?」
「結構です。私はピッチングで勝負をしに来ているので…」
「わかりました。まあ、もし入団となった場合は打席に立つ場面がないわけではないので、あとでスイングだけでも見せてくださいね」
杉山監督がこんなふうに言ったのは、旧知のロビンソンから贈られた映像と、和美から聞かされた情報をすでに頭に入れていたからだ。うながされ、まずはグラウンドで打撃テストを行うことになった。
「君たちにはこれから、バッティングマシン相手に20球勝負していただきます。持ち球は150キロを超えるストレートにスライダー、カーブ、それからツーシーム。シュート系ですね。これらをランダムで投じてきます。打球がヒット性であるかはまあおいといて、同じ方向に打てるのは10球ほどを目安にお願いします。では、私は後ろの方で見ておりますからね」
端的に説明を終えると、杉山監督は美穂を伴ってイソイソとベンチ裏に消えた。
「ずいぶんざっくりしたテスト内容ね」
「いや友理、監督は『見たいもの』をこっそり仕込んでたぜ」
首をかしげる友理の傍らで、大輔は頷いていた。
「ランダムに来るってことは『緩急差の対応力』、方向に打球の上限を設けているのは『逆方向への打ち分け』を見たがってる。それに、おいといてとは言ってるが考慮しないとも言ってない。ヒットの数も見られてるぜ」
「なるほど…さすが大輔さん、見事な洞察力ですね」
「そんな大したものじゃないさ。まあ、懸念は変化量とスピードだな。これをこらえればどうにかなるだろ」
大輔の推理に頷く真也。その傍らで健一はまたも大口をたたく。
「どっちにしろ、要は『ヒットを打て』ばいいんだろ?」
「…軽く考えすぎね、あんたは」
「理屈どうこうじゃねええ。野球ってのは、突き詰めればシンプルなもんだ。考えるだけ損だよ」
「頼もしいやら、バカなのやら…なんか尊敬しちゃう」
ため息をつきながらも友理は苦笑するのだった。
一方、杉山監督はバックネット裏席に座っていた。グラウンドからは若干の高低差があり、バッティングをする4人を見下ろすような位置だ。その隣に座った美穂が尋ねる。
「監督、よろしいのでしょうか。こういうのは打撃投手の投げる『生きた』ボールを打つものでは?」
「佐藤君の推察もその通りなのですが、何よりも『速球への抵抗』、どれだけ力負けをしないかも見たいんですよ。さすがに打撃投手では出せないスピードですから」
監督の意図を聞いて、美穂はふと首をひねる。
「でも監督、150キロとおっしゃってましたけど…実際は」
「…私なりの、サプライズですよ」
杉山監督は不気味な笑みを浮かべた。それはマシンの操作を担当する和美も同様だった。
(監督さん、ストレートはこのスピードでええん?)
そして大輔に対する初球、轟音とともに放たれたストレートは、キャッチャー代わりのラバーに爆発がごとく音を立てて当たった。
「あれ?なんか…速くねえか」
さすがの健一も戸惑う。友理や真也は言葉を失い、打席の大輔も冷や汗を流す。
(なるほど…監督はかなりの『狸じじい』ってわけか)
「やっば…。当たったら下手し死ぬでこれ」
茫然とするマシン裏の和美。マシンから放たれたストレートは『160キロ』だった。




