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ヒーローは野球のない大学に入り、異国の地で腕を撫す

 アメリカ、カリフォルニア州のとある球場。100人いるかいないかの観衆の前で、独立リーグ「ウェストサイド・ベースボールリーグ(通称:WSBL)」のシーズン最終戦が行われていた。このリーグに所属選手は多士済々で、北中米出身者が主だが、アジア系だけでなく野球が盛んではない南米やヨーロッパ、sらには未開の地と言えるアフリカ系出身のも目立つ。何より、このリーグ最大の特色は性別の制限がなく、女性選手も所属8チーム全体合わせてではあるが十数人いる。一方でレベルはアメリカ国内の他のそれらと比較して高いとはいえず、マイナーリーグの下層…2Aや1Aどまり、最下層のルーキー・リーグすら生き残れないクラスが集まってくる。

 その球場を本拠地とするランカスター・クリッパーズは、今シーズンの優勝はない。だが、リーグ内では注目を集めているチームだ。


「ファーストベースマン、ナンバー16、ユリ・タナカァ!」


「キャッチャー、ナンバー25、ダイスケ・サトオゥ!」


「DHアーンドスターティングピッチャー、ナンバー1、ケンイチ・スズキィ!」


 試合開始前に守備に向かう中、コールされた三人の選手には指笛も加えた歓声が上がる。彼らが今季のこのチームを引っ張ってきた主力の日本人選手だ。

 マウンドに立つ鈴木健一と佐藤大輔は、4年前の夏の甲子園で初出場初優勝の快挙を成し遂げた和歌山平成高校の黄金バッテリーである。そしてファーストを守る田中友理は記録員としてベンチ入りしていたが、バッテリーの二人とは幼馴染で子供のころから同じチームでプレーし、高校でも男子に交じって練習し、練習試合では男子相手に快打を見せたこともあった。


「さ~て…。今日も俺の暴れっぷり、堪能してもらおうか。しかも打つだけじゃなくピッチング付きだ」


 マウンドでロジンを右手に弾ませながら、健一はそううそぶいた。そしてそれを地面に叩きつけてセットポジションに入った。


「思いっきり行ってやっか!!」


 そしてその初球、スリークォーター投法から150キロのストレートを放った。


 185㎝89㎏の恵まれた体格を持つ健一の持ち球は、ストレートとカーブ、そしてカットボールの3つのみだが、いずれもそのキレは一線級だ。ストレートの最速は153キロ、160キロ台が珍しくなくなった現代では速いと思われないかもしれないが十分にメジャー級だ。これに対してカーブは高校時代からさらに変化と『遅さ』に磨きをかけて、ゆうに100キロを切る。そしてカットボールは140キロを超え、なによりその軌道が驚異的。バッターの手元でボールほぼ一つ分急激に変化するために、打者から見れば「消える」「軌道が折れる」ようなボールになる。

 それぞれのボールが個々に持ち味を持っているのに加えて、いずれの球種であっても全く同じ勢いで右手から放たれ、寸分違わない制球力でコントロールされる。そして健一は何より『緩急』で打者を手玉に取る。全力のストレートとカーブの間には50キロ以上の差があり、時にカットボールと誤認させるべくストレートの球速を落とす。


「グーチョキパーで~グーチョキパーで~何投げよ~何投げよう~ってか!!」


 この日も健一の投球術は打者を翻弄。三者三振の好スタートを切る。


「今日もキレてんな、健一。いきなりの全力投球であっさりねじ伏せたもんだな」

「感謝しろよ大輔。ジャンケンでリードできるんだからこんな楽なピッチャーはいねえだろ」

「バカ言うな。お前ほどのコントロールとキレがあって初めてそれができるんだよ」


 おだててくる相棒にどや顔で返す健一。大輔はその自信の溢れっぷりに苦笑いだ。


「さ~さ~、あんたたちばっか目立っても癪だからね。アタシだってやってやるんだから!」

「お~お~友理。お前もいっちょ打ってこいや!」


 裏の攻撃で先頭打者として右打席に立つ友理。髪を短く切りそろえており、サラシを巻いて押さえつけているとはいえ胸の盛り上がりが控え目な分、遠目からでは男性選手と遜色ない…と言っては失礼か。168㎝と女性にしては背は高いほうだが、男と混じっていればやはり小さい。だが、変化球打ちもさることながら、彼女のスイングは150キロ台のストレートにも負けないことだ。


 カァン!!


 初球のストレートをきっちり捉えると、打球はピッチャーの股間を抜けてセンター前へ。女性ではありえない球速にも対応するバッティング技術は特筆ものである。続くのは大輔だ。


 打者・佐藤大輔の持ち味は「ランナーがいるときのバッティング」だ。連打で続くこともできるし、死に物狂いで進塁打とすることもできる。

 マウンドのピッチャーは早くもカッとしている。だが、ランナーが女性なだけにセットポジションながらモーションは緩い。初球ストレートのあと、次のボールに変化球を選択。すかさず、友理が盗塁を仕掛ける。


「What!?」


 友理は女性ながら100m走で12秒を切る俊足と瞬発力の持ち主。完全に舐め切っていたキャッチャーは慌てて二塁に投じるも、間一髪ながらセーフ。盗塁を成功させたのだった。


『ヘッドスライディング?お前胸がねえんだなww』


 ベースカバーに入ったアメリカ人のショートが、胸の砂を払う友理をせせら笑った。


『おあいにく様。胸はないけど脚はあるのよ。油断してたあんたにはオツムがないんじゃない?』

「!?」


 対して流ちょうな英語で返してきた友理に、ショートは思わず目を見開いた。一方で打席の大輔は

周囲を観察する。マウンドのピッチャーは女である友理にヒットに加えて盗塁も決められて完全に当惑している。


(狙ってもいいが…ここはもっと『いたぶる』か)


 大輔はミートに徹した軽打で右方向へはじき返す。一二塁間を破るヒット。二塁ランナーの友理は三塁ストップだ。


『なんだダイスケのやつ。相手ピッチャーはピヨッちまっててボールも甘かったのに何でスタンドを狙わないんだ?』

 味方の三番打者であるポールが首をかしげる中で、その次を打つ四番の健一は言った。ただし日本語で。

「テンパってるときはデカいの打たれるより、ランナーが溜まる方が嫌だろ。それに、一、三塁なら詰まってもいない。守りにくいったらこの上ないだろ?」

『?何を得意げに言ってるんだ?』

「ん?あ、わりぃ。俺英語言えねえんだわ」

『今度は謝ってきた?…お前野球はスゲエけど、考えはわかんねえな…』


 そのポールは打ち損じて浅いライトフライに終わり、満を持して健一が右打席に立った。

 投手・健一は「緩急を駆使する精密なスリークォーター」ならば、打者・健一は「天性の勝負強さを持つスラッガー」だった。大輔と比較して広角に打ち分ける技術は劣るが、飛距離と集中力、マウンドの投手に与える無言の威圧感はまさに格好の四番打者。何より『簡単に外野フライを打てる』技術があり、あの夏の決勝点も、彼の犠牲フライだった。

 この場面でも力みのないシャープなスイングでボールを捉えると、上がった打球は左中間のフェンスに直撃。友理、そして長躯駆け抜けた一塁ランナーの大輔も迎え入れる先制タイムリーとなった。この初回の攻撃で勢いをつけたクリッパーズは、3回にまたも先頭打者でヒットを放った友理を置いて今度は大輔が2ランホームラン。援護を受けた健一はその後も相手打線を封じ、8回まで投げて被安打3、無失点の好投を見せる。

 そして最終回、健一に変わって日本人女性のピッチャーがマウンドに上がる。


「ナンバー9、ユウコ・コバヤシィ!!」


 男と見間違うベリーショートの友理に対して、健一に代わってリリーフに立った女性のサウスポーは、うなじで結わいた黒髪をたなびかせてマウンドへ駆ける。175㎝とモデル並みにスラリとした長身の彼女は小林優子。左投手には珍しいサイドハンド。それもアンダースロー気味に腕の位置が低く、鞭のようにしならせて「クロスファイアー」と称される、リリースポイント(ボールから手を放す瞬間)とホームベースを対角線に貫くストレートと、左打者の外角に大きく曲がるスラーブ、さらに対して内角低めに落ちるシンカー系を駆使する。

 雰囲気も自信家で豪放磊落な健一とは対照的で、物静かでミステリアスな雰囲気を醸し出している。


「そんじゃ、今日も最後を締めるか。優子」

「ええ」


 投球練習を終えて大輔が声をかけても、そっけなく返すだけの優子。だが、プレイのコールがかかると雰囲気は一変。ゆったりとしたモーションから沈み込み、投げる。


 女性であり、球速の出にくいサイドスローとあって最速ストレートの最速は115キロと遅い部類に入る。だが、右打者からも遠く、左打者に至っては背中からくるような軌道の優子のボールにタイミングが取れない。何より彼女は投球モーションに微妙な緩急をつけており、同じストレートなのに差し込まれることすらある。ただでさえ希少な左投手なのに加えてサブマリン気味のサイドスロー。練習ですら見たことのない軌道に対応できるはずもない。まして相手打線は、それまでの健一のストレートが、目に残っていて40キロ前後遅い優子のボールに対応できるわけがなかった。

 こうしてあっけなく三者凡退に終わり、クリッパーズが勝利。健一は投打に活躍し、バッテリーを組む大輔も攻守で躍動。友理も結局3安打を放ち、彼ら彼女らの活躍が最後まで光った。


 その様子をバックネット裏にてカメラを構え、特にその4人を懸命に撮影するアメリカ人がいた。試合を終えてその彼はこういった。


「ふう…。これでボス・スギヤマには十分伝わるだろう…」


 物静かに、流ちょうな日本語でそう言った。


 彼の名はジェフリー・ロビンソン。15年に渡るメジャー生活で打率3割を実に13度、首位打者2回、1800本以上のヒットを放ちさらに三度の打点王に輝いた勝負強い巧打者として名を馳せ、36歳という年齢で来日し、当時埼玉で黄金期を築いていた杉山監督の下で41歳までプレーし、打率3割3回をマークし6年間で挙げた打点は511。まさに看板に偽りなき足跡を残した。そして、引退シーズンに生まれた子供が縁で、健一たちがこの独立リーグでプレーするに至っている。



 その日の夜、彼の家で健一たちを労うホームパーティーが開かれていた。


「おばさん、これ持っていきますね」

「あら友理ちゃん。あなたが主役なんだから手伝わなくていいのに~」

「日本にいたころからやってたじゃないですか。それに、選手兼マネージャーみたいなことやってたから、じっとしてるのが性に合わなくて」


 キッチンから盛り付けられた料理を運ぼうとした友理を、ロビンソンの妻である陽子ようこが止めたが、友理は構わず運んでいく。


「お待たせ~。ローストビーフのご登場よ!」

「おおー!最高のおふくろの味だ!ポストシーズンに出れなかった悔しさが吹っ飛ぶぜ!」


 友理が料理を届けたときに真っ先にテンションを上げたのは、ロビンソンの息子であるジャックであった。彼のフルネームは、ジャック・直人・ロビンソン・コバヤシ。4年前の夏、和歌山平成のセンターを守っていたのが彼だ。つまり、健一たちの同級生である。


「にしても最初はビックリしたぜ。3年音沙汰なかったのがいきなり『そっちでプレーさせてくれねえか』だぜ?ケンイチ、お前ら一体どこで遊んでたんだ?」

「別に遊んでたって訳じゃねえよ。ただ、ガキの頃から合わせて10年ぐらい投げまくってたし、大輔に至っては腰をヤッてたからな。そりゃ大学からいろいろ誘いは来たけど、いっぺんガス抜きしてえって思って、入りやすくかつ野球部のない大学に行ったってわけだ」


 ジャックと健一は肩を組みあってビールを酌み交わしながら、ここに来る敬意を語り合ってた。


 いったん彼らの高校卒業後の進路を解説しよう。


 夏の甲子園を終えた後、健一は高校日本代表にも選ばれて世界大会銅メダルの獲得に貢献。数多くの協業大学から引く手数多であった。だが、彼の相棒である大輔は甲子園大会の直前から椎間板ヘルニアを発症。痛み止めを飲みながらの戦いの末についに限界に達し手術。約一年の競技離脱が決まっていた。

 これを聞いて健一は大胆な行動に出る。自分自身も長く投げ続けた肩の疲労がたまっていることもあって、その回復がてら彼のリハビリに付き合うために、すべての推薦を辞退。そして「どうせなら友理ともう一度ちゃんと一緒にプレーしたい」と考えた末、「野球部のない大学に入ってチームを作り、そこから日本一を目指す」という荒唐無稽な願望を成就させようと、和歌山県内にある新鋭の私立大学・紀ノ川自由大学へ入学した。そこでさっそく同好会を結成し、草野球を主戦場にしてプレーしつつ、その裏で自身の投球フォームを見つめ直し、シャドウピッチングや投げ込みでトレーニングをしてきた。誤算としては設備面での折り合いがつかず野球部結成はならなかったが、卒業に必要な単位をほぼ修得し終えた4年の春に、留学の名目で独立リーグでのプレーを模索。ジャックの父がその関係者であることを思い出してコンタクトを取り、今に至ったわけだ。

 小林優子についても触れておく。都合がいいかもしれないが、彼女もまた健一たちと同じ和歌山平成高校野球部に所属。中学生球界の界隈では「左のサブマリン」としてすでに名が知られ、多くの女子野球部から勧誘を受けたものの、ハンデの多い環境を選択。友理のようにマネージャーを兼任せず、一部員として男子とともに汗を流しその実力を磨いた。そして甲子園の県予選前「とにかく場数を踏みたい」と、後攻に籍を置きながらクラブチームでプレーし、卒業後は女子プロ野球チームに入団。JGBジャパン・ガールズ・ベースボールリーグの3年間で29勝2敗19セーブ、防御率0.91をマークした。そして、将来の男子プロ入りを目指してリーグを退団後、アメリカに渡る健一たちに便乗し、ここに来たというわけだ。


「…こう改めて振り返ると、俺たちの高校ってずいぶん物好きだな」

「あと、健一のバカっぷりが凄いわ。高校出たばかりの未成年に何ができるんだか…」


 大輔と友理はそう感嘆する。


「私も、我ながらずいぶんドタバタしてると思う。あなたたちに影響されたのかも」


 無口な優子も、珍しく饒舌に言った。


「ま、なんにしてもだ。これで後はどうやってプロ入るかだな。今回は入れなかったにしても、独立や社会人でやってりゃ声はかけられる自信はあるしな」

「どんなお山の大将だよお前wまるで自分の夢は『叶って当然』みたいな物言いだな」

「『甲子園優勝をガキの頃からの仲間とともにする』っていう夢を叶えた俺だ。この先もできるにきまってるだろ?」


 健一の大言壮語にジャックは楽しそうに笑い、つられて周りも笑った。そのタイミングで、ロビンソンが一つ咳をした。


「なら、君たちの夢はこの秋にでも叶うかもしれん。ちょっと私の下に、とある『招待状』をいただいているんだ」


 そう言ってロビンソンは、招待状の中身を明かす。


 それは、プロ野球チーム「和歌山フェニックス」の入団テストの案内だった。

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