チーム改造の第一歩
健一たち新人選手が入団、選手寮に入寮してから2か月が過ぎて年を跨いだ。
1月31日。フェニックスの選手たちは春季キャンプを行う、同県南部の串本町に集合していた。もともと温暖な気候な和歌山を本拠地にするフェニックスは、球団誕生後も春季キャンプ、秋季キャンプは同じ県内中南部の上富田町や白浜町、串本町でキャンプを開催。国体開催に伴って環境も整備された今は、一軍を串本町、二軍を上富田町にてキャンプを張るのが慣例となっていた。
一軍キャンプ地の串本町、サン・ナンタンランドは野球場、多目的グラウンド、雨天練習場とさまざまな施設がある上に、それを見下ろすようにホテルが隣接している。ここが選手たちの宿舎となっており、午前中にフェニックスの選手たちを乗せた大型バスが二台入ってきた。
「あ~…いててて。ったく、プロ野球選手なのに、キャンプ地までバス1本とは思わなかったぜ。乗り心地が良かっただけマシかあ〜フワア〜」
ホテルに到着して、健一は気怠そうにロビーで身体を伸ばしていた。
「爆睡してたくせによく言うぜ。まあ、暖かいならわざわざ九州や沖縄に行くまでもないってことだろ。経営面で見れば安上がりなのは悪いことじゃない」
あくびもしながらの健一に大輔は苦笑した。
「ルーキーの分際でバスで爆睡とは大した度胸だな、おう?」
そこに明らかに敵意を向けて声をかけてきたのは高橋だった。ニヤついてはいるが、いわゆるガン飛ばしをしながら健一に凄んできた。188㎝90㎏と健一よりもやや大きい体格もあって迫力はあった。
「聞いたこともねえ大学からオーナーのコネで入団しやがって…プロ舐めてっと痛い目見るかんな?」
額を押し付けてそうささやく様は、野球選手というよりも血の気の多い格闘家だ。だが、健一はひるまない。それどころか嘲笑しながら返す。
「四番様ががわざわざドラフト6位の俺をおどすんかい?同い年なんだし仲良くやろうや、先輩」
「…口が減らねえなあ。二刀流でやるらしいけど、紅白戦でぼっこぼこに打ち込んでやるかな覚悟しろよ?」
お互い笑みは浮かべているが、目は笑っていない。一触即発と言える空気が漂いだすが、穏やかな声がそれをかき消す。
「ヤンキーみたいなマネはやめろ、高橋。鈴木もわかってて言葉を買うんじゃない」
「う…さーせん」
「へいへい、すいませんね」
そう仲裁したのは、チームの最年長選手である吉田であった。高橋は気まずそうにし、健一は手をヒラヒラさせて謝罪を口にする。
「血気盛んなのは結構だが、これからやるのは『部活の合宿』じゃないし、お前たちはチームメート同士だ。鈴木の場合、高橋には攻撃や守備で世話になる機会も増えるだろ。今から軋轢作ってどうすんだ」
「…それもそっか。気を付けます」
「高橋も良くないぞ。どういう経緯だろうが、最終的に入団を決めたのは現場責任者である杉山監督だ。それに、入った以上はまずは仲間として受け入れろ。いいな」
「…うっす」
肩を落とした高橋はそのまま自室へ向かうが、一度健一をもう一度見やったがその目つきは鋭いままだった。
「ちょっと慌てたわよ…。なに煽ってんのあんた」
「別にいいだろ。まずはあいつらと一軍を争うんだ。それに、俺はバッターでも勝負する。どっちにしろライバルであることには違わねえだろ」
「だからって…ちょっとは迷惑考えなさいよ、もう」
心配して駆け寄ってきた友理に、健一は一笑に付した。友理が呆れたところで改めて吉田が詫びる。
「二人とも悪かったな。まあ、あいつはやんちゃな奴だが根は悪いやつじゃないんだ。まあ、君らをどうこういうやつも、正直言っていないとは言いきれん。君たちの入団以上に、高野らの戦力外での動揺が抜けてない中でのあのドラフトだ。少なからず、杉山監督に不信感を持っているやつもいてな…」
「その辺は大丈夫ですよ、吉田さん。あたしたちもそれを承知で入団しましたから!」
「ハハハ。頼もしいお嬢さんだ」
その日の夜、宿舎となっているホテルの大広間に、杉山監督の号令の元、全選手がユニフォーム姿で集合していた。選手たちは、杉山監督以下一、二軍の首脳陣と向かい合うように座っていた。
「よぅし!全員集まったな。明日からスタートする春季キャンプについて、杉山監督から一言訓示があるようだ。心して聞くように!では監督、お願いします」
白髪とちょび髭が印象的な、一軍ヘッドコーチの増田功がそう音頭を取り、杉山監督に促した。杉山監督はマイクを手に一つ咳払いをして立ち上がった。
「え~…みなさん、いよいよ明日が我々プロ野球選手にとっての新年、元旦と言えます。そして、今年については大げさでなく、選手として生き残るか死ぬか。そのサバイバルレースの幕開けでもあります。開幕一軍を目指したいのなら、まずこのキャンプ最終日をここ串本で迎えてください。先に言っておくと、この春季キャンプを二軍で終えた場合、開幕一軍はほぼないと思ってください」
いつものような穏やかな表情は崩さないが、声色は低く淡々としている。しかし、最後にしれっと告げた非情な宣言に選手たちは少しざわつく。
「先に言っておきますが、プレー中のトラブルによる負傷…例えばイレギュラーが顔に当たっての鼻骨骨折とか、走塁中にベースを踏みそびれての靭帯損傷など、自分ではどうにもできなかった場合の負傷は特に問題ありませんが、自分のコンディションに適しない練習での負傷は『自己管理の欠如』としてマイナス評価します。生き残りの評価はただ一つ『紅白戦・練習試合での成績』のみです。さっそく明々後日、つまりキャンプ3日目に実施しますからそのつもりで」
評価基準とその評価の舞台、それが唐突に告げられていくことに、選手たちの多くは戸惑いの声を上げる。だが、杉山監督は一切気に留めなかった。
「それでは早速、明日のキャンプ初日をここ串本で迎える選手を発表しましょう。増田コーチ、お願いします」
「は、はい。おーいお前ら、いったん静かにせい。ポジションごとに背番号順に言うからな。ちゃんと聞けよ~」
選手を無視するように杉山監督は命じ、増田コーチはリストを手に立ち上がった。選手たちをいったん落ち着かせると、それを読み上げた。
「えー、まずピッチャー。1番鈴木、12番山田…」
「え、よっさん。二軍スタートっすか?」
「何驚いてんだ。いつものことだろ?監督には俺からそう言ったんだ。中ごろには上がるつもりだよ」
「アニキみたく自信満々すね」
「鈴木もこんな感じでマイペースなのか。まあ、プロに来るならそれぐらい図太いのがちょうどいいかもな」
11番をつける吉田が読み上げられなかったことに、隣に座っていた木村は驚き、その理由を知って鈴木に例える。吉田は苦笑した。
「18番木村、20番清水…」
優子の名前が読み上げられ、その耳目が彼女に集まる。不思議そうだったり、不満げだったりと、周りの色合いは様々だ。だが、優子に気にするそぶりはない。
「注目されてるな」
大輔にそうささやかれたが、彼女の表情は変わらない。一方、二人の間の19番をつける林は二軍スタートに。理由は肩の不安からだ。
「十分状態がいいように思うけど、辞退したのか?」
「まずプロのトレーニングが自分に合うかを見定めたくてな。ただ、紅白戦登板はさせるって言われたんだ。どこまでやれるか…」
加藤に尋ねられて林はそう答えた。故障の再発がどうにも気にかかるらしい。
「ピッチャーは以上だ。続いてキャッチャーだ。2番佐藤、10番加藤、27番石川、52番小野。以上だ」
増田コーチの発表は続いたが、ここで竹内が首を傾げた。
「んだ?俺が呼ばれながっだぞ?体調は万全なのに」
「んなもんお前が太りすぎてるだけだろ。なんだよ155キロってよ」
隣に座る石川が呆れながらその腹を叩いた。座っている椅子も、他の選手と比べていささか苦しそうでである。増田コーチの読み上げは内野手に続く。
「3番高橋、4番田中、7番山本…」
高橋はチラリと視線を友理の方に移す。視線に気づいた友理はピースサインを作り、ウインクもして見せた。
「お前だってあいつをおちょくってんじゃん」
「友理さん…」
気づいた健一は笑い、真也はあきれた。
「そして最後、55番竹内。以上だ」
「ちょ、ちょっど待っでぐだざい!!」
増田コーチに名前を呼ばれてから、竹内が立ち上がって抗議の声を上げた。
「ご、ゴーチ。俺はキャッチャーっすよ?呼ぶ順番間違えてますで、へへ」
「…いや、お前は内野手扱いだ。竹内」
「ぞ、ぞんなの聞いでねえでずで。なんで」
「竹内君」
なおも聞こうとしたところで杉山監督は口を開く。その声は低く、顔もそれまでの穏やかさが消えている。
「これは私の権限で決定しました。君は今シーズンファーストで頑張りなさい」
「で、でも俺はキャッチ」
「聞こえませんでしたか?私はもう君をキャッチャーとして見ません。君は今日からファーストです」
「ぞ、ぞんな急に言わ」
「…静かに。明日朝一で球団事務所に行きますか?」
食い下がる竹内に、杉山監督はそれまでにない冷たい声で目を光らせながら言った。うっすら開かれた眼光は、普段の好々爺ぶりからは想像もできないほど鋭利で冷徹だった。ひるんだ竹内は力なく座る。
「…後で私と二人で話しましょう。増田コーチ、続けて」
選手たちは昨年までの褒めるだけの穏やかな雰囲気の杉山監督しか知らない。豹変とも言える言葉に戦慄し、先に言った条件の本気度を痛感する。それは健一たちも例外ではなかった。
「…あんな怖い人だったんだ、あの人」
「へっへ、本性現しやがったな。こりゃ下手な真似は出来ねえな。…やりがいあるぜ」
冷や汗を流す友理の隣で健一はそう意気込む。
「Oh…Crazyだな、俺たちのボスは」
「力なきものは去れ、というところか。望むところだ」
ジャックが顔を引きつらせる隣で、小次郎は口元を緩めていた。
「最後。外野手は5番渡辺、8番中村、9番ロビンソン、22番森に25番橋本。以上だ。今名前を呼ばれたものは、明日は9時からセレモニーがある。30分前にはグラウンドに出ておいてくれ。呼ばれなかったメンバーは8時にロビー集合。バスで上富田まで行くからな…なお、寝坊した場合は紀鳳館へ強制送還。キャンプが終わるまで自主練だ。それじゃあ解散、早く寝ろよ。あと竹内はここに残って監督と面談だ。コンバートの理由を教えてもらえ」
うなだれる竹内一人が首脳陣たちのいる方向へ歩く中、多くの選手は表情をこわばらせていた。特に二軍スタートとなった面々は『絶対に寝坊するものか…』と顔に書いてある。それに健一はため息をついた。
「なんだあ?ずいぶん落ち込んだ顔してるやつが多いな。そんなに寝坊が怖いんかね」
「まあ、あの杉山監督の雰囲気にビビッてところに強制送還の文言だ。相当焦ってんだろうな」
首をかしげる健一に、大輔は彼らの心情を察する。だがそれを聞いて健一はあきれ返る。
「プロのくせに遅刻にビビるなんて…どんだけ自覚ねえんだか。時間通りに動くなんざ社会人の基礎じゃねえのかよ」
「その基礎がなってなかったんすよ、去年まで。アニキたちにゃ信じらんねえかもしんねえけど、俺がルーキーだった3年前なんかひどかったすよ。ホテルの真下にあるグラウンドなのに時間通りこれてない人がポツポツいたし」
「…まあ、そりゃあ本性も出すか。そうでもしねえと締まらなさそうだしな」
木村のボヤキを聞いて健一は妙に納得した。
キャンプ前夜から巻き起こった波乱。フェニックスの改革は今まさに始まろうとしていた。




