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ウイニングショット  作者: 中村鉄也
第1章~改革前夜、「英雄」たちの大集合~
11/15

あの夏の勝者と敗者が交わった日

「1位の渡辺君は、60年以上にわたって過ごした私の野球人生においても、間違いなく三本の指に入る才能です。打って良し走って良し守って良し…死角と言える死角も見当たりません。上昇志向ゆえの将来的な渡米の可能性を鑑みても、向こう5年は彼の打順と守備位置は安泰でしょう。チームを改造する中で『まず初めに…』という判断ができる存在はありがたい限り。一日でも早く同じユニフォームを着られることを楽しみにしております」


 画面の向こうで小次郎への期待を語る杉山監督。だが、それを見守る小次郎、そして会見場となっている湘南大学野球部選手寮のミーティングルームは、どこか喜びきれない重いムードが漂っていた。原因は一にも二にも、フェニックスが最後の最後でドラフトをかき乱したからだ。ドラフトそのものは小次郎や川口、林、さらに福島と全員が指名(福島は東京ユレクトから5位指名)され、創部以来最多のプロ入り人数に沸いてはいたが、二人の女性選手の指名によってそれに冷や水を浴びせられた格好になった。ああなったら翌日の紙面は良くも悪くもフェニックス一色となるだろう。そのせいか、コメントを出す福島は耳目が集まりそうにないことに多少のショックを受けた。ただ、そこで負けん気が出るのか「さっそく新人王を目指します」と意気込んだ。



「なあナベ。お前はどうすんだ」


 会見もひと段落して寮に戻ったところで、林が尋ねてきた。小次郎はすぐに返事はせず、少し沈黙する。そして返しを待たずに林が語る。


「俺は正直、断ることも視野に入れてるよ。評価してくれたのは嬉しいけど、3位は正直荷が重い。今年になってやっと投げられるようになったばかりだし、きちんと社会人にいって実績を作りた」

「…もっと本音を言えよ」


 遮るように、振り向かずに言った小次郎は続けた。


「『あんなふざけた指名をするチームと、それを実行した監督は信頼できない』…それで揺らいでいるんだろ。そんな取ってつけたような御託を並べるな」

「…じゃあ、ナベはどうんだよ。あんなチームに入るってのか?何しでかすかわからないんだぞ?」


 林の語気を強めた問いに、小次郎は振り返っていった。


「お前の不安、いや不審は一理ある。だが、少なくともあの監督がふざけてあんなことをしたとは思えない。少なくとも、あの『宣戦布告』を言い放ったときの眼光に、噓はなかった。そこだけでもあの監督を信じていいと思う。それに…」

「それに?」

「お前を評価してくれたスカウトさん。土屋さんだっけ?あの人、直に受けたときに言ってたろ?『よくここまで戻ってきた』ってな」

「ああ…。まあ」

「俺はプロじゃないしキャッチャーでもないから勝手なことは言えんが、経験者の心は揺さぶれたんだろ?今時社会人や独立はプロに行った後でもやろうと思えばできる。だったらやるべきだ。それに、あのチームには加藤もいるしな」

「加藤…か。…せっかくだし、あいつにも連絡入れてみるか」


 そう言って林は自室に入り、小次郎も自分の部屋の扉を開けた。中に入るとスマホの電源を入れる。入るや通話アプリに大量のメッセージや着信が表示される。そのうちの一つに連絡を入れた。



『おう!やっと連絡がついたぜ。兄が弟を祝いたいってのに、つかせてくれないってのはなかなか薄情だなw』

「遅くなって悪い。いろいろあった」

『ああ、テレビ見てたぜ。まずは1位指名おめでとう。とんでもないチームみたいだけどな』

「はは。ありがとう、兄貴」


 小次郎が連絡を入れた相手は、兄の武蔵むさしだった。軽口を叩きつつ祝福してきた兄に、小次郎はわずかに頬を緩めて返した。


『まったく大したもんだ。1位指名ってだけでもすごいのに競合だろ?やっぱお前は俺よりもはるかにとびぬけた才能の持ち主で、誇らしいよ。で?どうすんだ?入団するのか?』

「まあ、そのつもりではいる。俺が強くすればいいだけの話だしな。それよりも、兄貴の方はどうするんだ。トライアウトを受けるのか?」


 ドラフト指名を受けた弟に対して、兄武蔵は先日戦力外通告を受けたばかりだ。こういう選手たちの多くは引退、少なくともプロ野球界から離れ新天地へ移ることを余儀なくされる。中には他球団から打診を受けて球界にとどまれる稀有なケースもある。そのきっかけの場がトライアウトだ。

 だが、兄は(おそらく向こう側で)首を横に振る。


『いや、受けて合格の可能性はないに等しいし、仮に受かったとしてもよっぽどのツキでもないなら引退が1年延びるだけだ。正直限界も感じたし、辞めるつもりでいるよ』

「まだ26だろ。身体は動くんじゃないのか?」

『動いたところで…ってところさ。こういうのはグダグダするよりもスパッと切り替えるに限る。知り合いの会社から誘われてるから、そこで世話になるつもりさ』

「そうか。…兄貴とは、ついに同じチームでプレーすることはなかったな」

『4つも違えばそんなもんさ。それに、この先歳食った果てに草野球ぐらいならできるだろ。ま、俺は陰ながら一ファンとして応援してるよ。今度こそ、優勝できたらいいな』

「…ああ」


 通話を終えて、小次郎はベッドに飛び込み仰向けになった。


(優勝…か。高校でも大学でも、それを目指して自分を磨いてきた…。プロでもそれはできるんだろうか…)


 三度目の正直か、それとも二度あることは…。


 プロ入りを決断するうえで、小次郎の中にはそんなもやが心に残っていた。



 翌日、湘南大学には次々と来客があった。いわゆる指名あいさつというやつで、午前中にまずは川口の元に新潟の関係者が訪れた。球団のスカウト部長と担当スカウト、そしてチームを率いる米川隆二よねかわ・りゅうじ監督が訪問。現場指揮官から直々に「先発ローテに入ってチームを引っ張ってほしい」と激励。破顔一笑の川口は固い握手を交わし、写真撮影では両者ともに白い歯をこぼし続けた。対して福島の元にはユレクトの担当スカウトが、松中実まつなか・みのる監督直筆のメッセージ入り色紙を持参し訪問。川口のそれと比べれば地味なものとなったが、途中松中監督との電話でやり取り。入団へ心を躍らせた。

 そして午後には、小次郎と林のもとにフェニックスの面々が訪れた。杉山監督に選手編成のトップに立つ中西浩二なかにし・こうじ統括長、林の担当スカウトだった土屋、さらにはオーナーである美穂と大所帯での訪問となり、前日に会見場となったミーティングルームにて大学側は出迎えた。


「渡辺君、林君、初めまして。和歌山フェニックスを率いる杉山です。この度はお二人を指名させていただきました。直にお会いできて非常にうれしく思います。…それにしても、二人とも逞しい体格ですねえ」


 杉山監督は少々小太り気味な体型(173㎝80㎏)だが、老人と言える年齢の割にはしっかりした足取りだ。だが、180㎝越えの大学生アスリートである二人と対峙するとその二人との体格の対比が鮮やかだ。


「二人は、来るシーズンにおいては大きな戦力、重要な存在となり得ます。ぜひとも入団してお力をお貸しいただきたい」


 真っすぐな目で二人を見て語った杉山監督。林が照れる一方で、小次郎は相変わらず表情を変えない。むしろ昨夜よりも少し暗く見える。兄とのやり取りのなかでかかった靄が晴れていないのだった。


「お二人に期待をかけているのは、ここにいる我々だけではありません。ぜひとも会っていただきたい人がいます。呼んでもよろしいでしょうか」

「え?ああ、どうぞ」


 唐突な杉山監督の提案を小次郎は承諾。杉山監督は美穂に目で合図に、頷いて美穂がスマホでその人物を呼び出す。そこに現れた彼を見て、場は一気に沸騰した。



「よう。あの夏以来だな」

「!!」


 小次郎は目を見開いて立ち上がる。現れたのは、健一だった。あの夏、マウンドから見せてきた笑顔。そのままの表情で小次郎に近づいていく。


「お前…。まだ球団関係者じゃないだろ」

「午前中に契約したよ。そこの美人さんの手引きで入ったようなもんだし、このじいさんにもボールを見せといたんだ」


 険しい表情の小次郎に、笑みを絶やさずに返した健一。そして、不意に右手を差し出し、こういった。


「一緒にやろうぜ。俺もプロ野球で優勝してえんだ。野球やってて、お前ほど『やべえ』って思ったバッターはいねえ。そんな奴と一緒に優勝を目指せるなんてワクワクしかしねえ」


 そう言って見せてきた白い歯に、不意に小次郎は自分にかかっていた靄が晴れた感覚になった。


(こうまで言ってのけるとは…もしかするなら…)


「…いいだろう。ゼロに抑えろ。俺が1点を取ってやる」

「そりゃ最高だ!…もっとも、1点は一緒に取りに行こうぜ。俺は二刀流で行くからな」

「フッ…。大した自信だ」


 自分にかかっているジンクス。もしかしたら、健一ならば晴らせるのかもしれない…。やり取りを経て、小次郎は無意識にその右手を強く握り返していた。




 数日後に行われた、京浜六大学のリーグ最終戦。小次郎たちにとってプロ入り前最後の試合だ。


 マウンドに立ったのは林。大学生活最後の登板で有終を飾らんと、力のこもった投球を見せた。武器であるストレートは時折高く浮くこともあったが、球威は大学生の平均レベルとは明らかにかけ離れていた。高めへの抜け球も打者を釣ることに機能して、ボール球を振っての三振が目立った。バックネット裏には、健一と大輔、そして友理がいて試合の様子を見守る。


「いいボールね。あの威力で高めに来たら割とつられちゃうかもね」

「腕がしっかり振りぬけている。『置きに行って』ないから球威が増してるんだな。これをプロでも生かしてやらねえとな。健一とはまた違ったリードが楽しめそうだ」


 スピードガンを構えながら友理がうなずき、大輔も腕を組みながら楽しそうに見守る。


『三番、センター、渡辺。背番号、5』


 その裏の湘南大学の攻撃。この日三番に入った小次郎最初の打席。ここまで彼が大学生活で放った本塁打は22本。リーグの歴代タイ記録であり、この試合で新記録なるかと期待されていた。


「雰囲気、全然違うわね…」

 友理が思わず息を飲む。

「打席での出で立ち、見逃す雰囲気、4年前とは比べ物にならないわ…」

「ああ。『打ちそう』って周りが思うより、ピッチャーの方が勝手に『打たれそう…』って思わせる迫力がある。ま、俺はならなかったけどな」

 友理の隣でそう得意げになる健一。ポツリとつぶやいた。

「打ったな。ここで」


 そのつぶやきとともに快音が響く。2ボール2ストライクの並行カウントから投じられたフォークボール。それを完ぺきなバットコントロールですくい上げた。誰もがそれと分かった打球が、ライトスタンドに弾む。小次郎はゆっくりとかみしめるようにダイアモンドを回った。


「こいつと一緒にできるなら、歴史を動かすなんか簡単だな」


 立ち上がって健一はそうつぶやく。不意に、三塁を回った小次郎と目が合った。親指を立てた健一に対して、小次郎もニヤリと笑みを浮かべて拳を突き出したのだった。



 そこから時はさらに流れて11月某日。和歌山市内にあるホテル。パーティー会場としてよく使われる大広間にて、フェニックスの新人選手入団会見が執り行われていた。


「どうだこの番号。様になってるだろ」

「プロのピッチャーで背番号1か…。なんかそこまでずれてないもんなんだな」


 健一がそう言って胸を張ると、大輔はそれをまじまじと眺めながら苦笑する。


「大輔さんが「2」で健一さんが「1」ですか…。なんか不思議な感じがしますね」

「俺なんかこの背中見るのが高校時代以来だからなあ…。また一緒に野球できるなんてやっぱ最高すわ」


 ユニフォーム姿の健一たちを見て、真也と同い年で高校ではキャプテン・副キャプテンの関係だった上田が懐かしむように言った。ちなみに上田は「60」、真也は「7」を背負う。そこに小次郎たちも合流した。


「待たせたな。お前たちと同じユニフォームというのは、やはり妙な気分だな」


 大学時代と同じ「5」を背負う小次郎。ちなみに林は「19」をつける。


「健一たちだけじゃなく、戦ったお前らとも一緒にできるなんでマジで驚いたぜ。とりま、よろしくな」


 明るい顔でそう語りかけたのはジャックだ。彼は「9」をつけている。そこに注目の女性選手二人もあらわれた。


「やっほー。どう?似合う?」

 まるでモデルのようにクルクルと回る友理。背番号は「4」だ。

「おお、似合うなあ友理。胸もないから男とそんなかわr」

 バカにしてきた健一には、強烈なビンタが響いた。


「どこまでやれるかわからないけど、プロのユニフォームを着た以上、求められるものは変わらないわ」

「へえ。やっぱ様になるな。似合ってるぜ、優子」


 「20」をつけてそう言った優子に、大輔が声をかける。心なしか彼女の頬が赤くなったような気がした。



 そんな彼らを遠巻きに見るのは、唯一つながりのない高校生ルーキーである中村だった。彼は自分の背番号を見て、表情を固めている。


(この背番号…。相当に『重い』。自分にはもったいなさすぎる)


 彼がつけている番号は「8」。これは戦力外となった高野がつけていた番号だった。これ以外にも、健一たちがつける一桁の背番号は、そろって戦力外にされた選手がつけていたものだ。ドラフトで振りまいた話題や集められた選手たちの共通項を思えば、比較のされ方はおそらく並大抵な内容ではない。図らずも巻き込まれる形になった彼には、その中で特に活躍していた高野を番号を背負うことになる。実績から見て期待の表れともいえるが、自然と緊張する。


(俺のプロ野球人生は絶対に厳しいものになる。結果を出せなかったら、きっとあれこれ言われる…だけど)


 ふと中村は小次郎を見る。


(憧れである渡辺さん。そして、その渡辺さんを負かした人たち…。あの人たちに食らいつけば、きっと流れは変わる!絶対にやってやるぞ!)



 こうして彼ら彼女らは同じユニフォームを着て、会見に臨み、プロ野球選手となった。


 翌年以降に待つ、荒波に飛ぶこむことを決意して。

事実上の第1章、ようやくにして終了。次回以降、野球の描写を増やせると思います。

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