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4年前の夏

昔ここで書いてた野球小説を、子供のころに思いついた原案に近い形で再挑戦します。

 金属バットの打撃音とともに、白球が夏の日差しを浴びて空に舞う。全方位をみっちり埋める大観衆が沸き立つ中、打球はセンターのグローブに収まり、落胆と安どが混ざり合ったどよめきが沸き起こった…。その渦の中で、放送席ではアナウンサーの実況が熱を帯びる。


「これで2アウト。いよいよ今年の夏の甲子園決勝、その決着まであとアウト1つとなりました。去年の夏、そして今年の春の選抜、そしてこの夏と三大会連続で決勝に駒を進めている湘南大学付属高校、優勝旗を手にする夢は三度みたび潰えるのか。それとも、三度目の正直への夢を繋ぐのか」


『一番、センター、渡辺君』


 ウグイス嬢のアナウンスを受けて、一人のバッターが左打席に立つ。彼の名は、渡辺小次郎わたなべ・こじろう。「高校生No.1スラッガー」と評され、入学からこの試合に至るまで「一番センター」の座に君臨。大会前までの高校通算55本塁打、生涯打率6割強の打棒はもちろん、50m走5秒7の俊足と遠投110mの強肩という抜群の身体能力を誇る。彼は今大会、同校初の春夏連覇を目指して大会に臨み、順当に決勝に駒を進めてきた。彼もまた、3本の本塁打を放つなどチームをけん引してきた。再び放送席。


「その湘南大付属の野望の前に立ちはだかるのは、和歌山県代表の初出場、和歌山平成高校。マウンドにはそのエースナンバーを背負う3年生、鈴木健一すずき・けんいち。この試合、5回から登板し、ここまで打者15人をすべて打ち取り、今大会また得点を許しておりません」


 そんなピッチャーに向かって、渡辺はバットの先端ヘッドを突き出す。


(こんなポッと出の奴らに、俺達の悲願を断たれるわけにはいかねえ。必ず仕留めてやる)


 眼光鋭く、悲壮感を漂わせながら左のバッターボックスに入る小次郎。対するマウンドの健一は…笑っていた。




(やっべ…。すんげえゾクゾクする。ここで抑えたら…俺は『英雄』だ)


 その笑みを見た、バッテリーを組むキャッチャー、佐藤大輔さとう・だいすけはあきれていた。


(あのバカ…ホントメンタルがバケモンだな。この甲子園で心の底から『遊んで』やがる。まあ、楽しけりゃ笑うか)


 サインを交換、応じて頷く健一。ランナーなしにもかかわらずセットポジションから投球モーションに入り、シャープなスリークォータースローで右手から初球を放つ。アウトローいっぱい150キロ近いストレート、ストライク。



「さすがアニキだ!初球からあんなドンピシャのコースを投げきるなんてな」

「ああ。お前は追いつけるだろうけど、俺なんかとは格が違いすぎるよ」


 ベンチの中で興奮気味に話すのは、この試合に先発し、3イニングを抑えた1年生の木村翔太きむら・しょうた。その前に座ってため息をつくのは、その後を受けて4回の1イニングを投げた2年生の上田浩二うえだ・こうじ

 木村は鈴木を「アニキ」と慕う、次期エース候補。県内はもちろん、この甲子園大会でもむしろ鈴木以上に『スーパー1年生』と注目を集めた。一方で上田は高校生ながらナックルを駆使するリリーフ系のピッチャー。平成高校はこの3人の継投で県大会から勝ち上がってきたのだ。


「そうよ、あんたたち。立派な先輩のピッチングを見てなさい。ウチがぽっと出のまぐれ優勝なんて言われないように、後を受ける後輩たちの頑張りが大事なんだから」


 そう言って檄を飛ばすのは、スコアブックを手にユニフォーム姿で記録をつける女子マネージャーの3年生、田中友理たなか・ゆり。健一、大輔の幼馴染であり、下級生たちの姉貴分的な存在で、男顔負けの勝気な性格をしている。



 2球目、初球のストレートと同じフォームで投じられたのは、すっぽ抜けたかのように浮いたかと思うと、緩やかに、それでいて鋭く切れて落ちていくカーブ。完全にタイミングが狂った渡辺は再び手が出ず立ち尽くす。主審はストライクをコールした。


(凄い…。この位置からでもあの球速差がわかる。速いストレートのあとにあんなに遅いカーブが来て対応できるバッターなんてそうそうないでしょう…)

 ショートを守る小柄な2年生、山本真也やまもと・しんやは、健一の投じた2球の緩急に舌を巻く。そして、センターを守るアメリカ人の父を持つ3年生、ジャック・直人・ロビンソンはニヤニヤしながら腕組みして棒立ちだ。


(まったく飛んでくる気がしねえなあ。あの緩急とコントロール、そんじょそこらの150キロオーバーよりもよっぽどクレイジーだ。…つくづく味方で良かったぜ)




 そして3球目。サイン交換を終えた健一は、投球モーションの中で叫ぶ。


「これでラスト!!」


 放たれたボールはど真ん中に投じられる。カーブの後の速球だが、ストレートに比べれば打ち頃なスピード。渡辺も反応する。


(絶好球…なめるな!)


 渡辺の眼光は鋭く、スイングもまたしかり。だが、ミートの直前に健一のストレートが…“折れた”。


(なっ…)


 真芯で捉えた、そう見えたボールはバットに当たる瞬間に内角低めへ。軌道が折れる、そんな表現がぴったりだった。目を見開いて言葉を失う渡辺の前で、マウンドの健一は顔で語っていた。


「俺のボール、すげえだろ?」



 大歓声に沸く甲子園。そのマウンドで両腕を広げて拳を突き上げる健一に、バッテリーを組む大輔や内野陣、外野陣、さらにベンチの下級生たちが一同に駆け出し、歓喜の輪を作る。

 一方でバッターボックスの小次郎は、片膝を地面につけながらなお、輪の中心にいた健一をにらむ。


(いつか…いつか必ずリベンジだ。…この様じゃプロに行ってる場合じゃない…)


 この翌日、小次郎はプロ野球界からドラフト指名を受ける意思を表明する、いわゆるプロ志望届の未提出を公表。大学球界でのプレーを表明した。だが、一方の健一はというと、同じようにプロ野球界に進むことはなく進学もしたが、そこに野球部はなく表舞台から姿を消した。



 だがこの二人、そしてここで名前を述べた面々は、ここから4年後に同じプロ野球チームのユニフォームを着ることになる…。

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