番外編18∶一ヶ月越しの約束と、その代償
あの日から――一ヶ月が過ぎた。
ジュリアは、屋敷の外に出ることを許されなかった。
あの日の一件以来、監視は厳しくなり、行動はすべて制限されている。
それでも。
(……会いたい)
その想いだけは、消えなかった。
ピナの傷が癒え、ようやく日常が戻り始めた頃。
ほんのわずかな隙を突き――ジュリアは屋敷を抜け出した。
心臓が、うるさいほど鳴っている。
見つかれば、ただでは済まない。
それでも、足は止まらなかった。
向かう先は、ただ一つ。
――あの約束の場所。
(……いるはず、ないわ)
分かっている。
一ヶ月も前の約束だ。
あの日、現れなかった自分を――彼が待ち続ける理由など、どこにもない。
それでも。
わずかな希望が、胸の奥で燻っていた。
やがて、見えてくる。
噴水。
そして、その傍らに立つ――一本の木。
ジュリアは、息を呑んだ。
「……っ……」
そこに。
人影があった。
夕暮れの光の中、静かに立つその姿。
見間違えるはずがない。
「……アンリ……?」
信じられない、というように呟く。
その声に、男がゆっくりと振り向いた。
そして。
「……ジュリア……?」
同じように、信じられないものを見る目で、彼は名を呼ぶ。
一瞬の静寂。
次の瞬間――
二人は、同時に駆け出していた。
「……っ!」
「ジュリア!」
勢いのまま、抱きしめ合う。
確かめるように。
失ったものを、取り戻すように。
強く、強く。
「……これは……夢じゃないのね……」
ジュリアの声が、震える。
「ああ……本物だ……」
アンリは、さらに腕に力を込めた。
「やっと……会えた……!」
一ヶ月。
たった一ヶ月。
それでも――あまりにも長かった。
言葉にできない想いが、胸の奥で溢れる。
離れていた時間が、そのまま熱となって、二人を包み込む。
アンリは、かすれた声で言った。
「……来ない日も、ずっとここにいた」
「……え……?」
ジュリアが、顔を上げる。
「毎日だ。夕刻になると……ここで待っていた」
息が止まる。
「……どうして……」
震える声で問う。
アンリは、わずかに笑った。
「……分からない。来るはずがないって、分かっていたのに」
それでも、と続ける。
「待つのを、やめられなかった」
胸が、強く締め付けられる。
「……ごめんなさい……」
ジュリアの瞳が揺れる。
「私……行けなかったの……」
その言葉を、アンリは首を振って遮った。
「いい」
短く、しかしはっきりと。
「……こうして、来てくれた」
それだけで、十分だとでも言うように。
再び、抱き寄せる。
その温もりを、確かめるように。
――だが。
「そこまでだ」
低く、冷たい声が、空気を切り裂いた。
はっとして振り向く。
いつの間にか、周囲を取り囲む影。
ブリリアント帝国の衛兵たちだった。
「……なっ……」
ジュリアの顔が、強張る。
その背後から、さらに一人、前へと進み出る。
「お嬢様。お迎えに上がりました」
無機質な声。
逃げ場は、ない。
「……監視、していたの……?」
ジュリアが呟く。
答えは、沈黙だった。
だが、それがすべてを物語っていた。
「離れろ」
衛兵が、アンリへと手を伸ばす。
「やめて……!」
ジュリアが叫ぶ。
だが、無情にも二人は引き離される。
「ジュリア!」
「アンリ!」
伸ばした手は、届かない。
次の瞬間、アンリの腕が拘束された。
「……離せ!」
抵抗するも、多勢に無勢。
押さえつけられる。
「この者は、不法に接触した罪により拘束する」
冷酷な宣告。
「やめて!!」
ジュリアの叫びが、虚しく響く。
「彼は何もしていないわ!」
だが、誰も止まらない。
アンリは、そのまま連行されていく。
遠ざかっていく背中。
「……ジュリア!!」
最後に、名前を呼ぶ声。
それが、胸に突き刺さる。
「……っ……」
ジュリアは、唇を噛みしめた。
そして。
ゆっくりと顔を上げる。
その瞳には、はっきりとした怒りが宿っていた。
(……父上)
すべて、分かっていたのだ。
監視し、見張り――
そして、この瞬間を待っていた。
「……許さない」
低く、静かに呟く。
宰相の娘としてではない。
一人の人間として。
ジュリアは、父のもとへ向かう決意を固めた。




