番外編16∶恋の代償
ピナは屋敷の一室に運ばれ、すぐに手当てが施された。
衣を剥がされたその背は――
思わず目を逸らしたくなるほど、痛々しかった。
赤く腫れ上がり、いくつもの裂傷が走っている。
細い体には、あまりにも残酷な痕だった。
「……っ……」
ジュリアの喉が詰まる。
自分の胸が、ぎりぎりと締め付けられるように痛む。
(私が……外に出たから……)
(私が、あんな約束なんて――)
気づけば、ぽたりと涙が落ちていた。
「……ごめんなさい……ピナ……」
声が震える。
「私のせいで……こんな……」
言葉にならない。
ただ、謝ることしかできない自分が、情けなくてたまらなかった。
すると、ベッドに横たわるピナが、ゆっくりと顔を向けた。
痛みに顔色を失いながらも――
それでも、ふわりと微笑む。
「……大丈夫です、ジュリア様」
かすれた声。
それでも、どこまでも優しい。
「これは……私の役目ですから」
「ジュリア様が、ご無事で……本当に、よかった……」
その言葉に、ジュリアの胸が強く揺れる。
(違う……)
(違うのに……)
守られているのは、自分だ。
そのために、ピナが傷ついた。
「違う……違うの……!」
ジュリアは思わず首を振る。
涙が止まらない。
「あなたの役目なんかじゃない……!私が勝手に……!」
言いながら、自分の愚かさを思い知る。
ほんの少しの自由。
ほんの少しのときめき。
――それだけのために。
どれだけのものを、踏みにじったのか。
ピナは、そんなジュリアを見つめて、弱々しく首を振った。
「……ジュリア様は、お優しい方です」
「だから……どうか、ご自分を……責めすぎないでください……」
その言葉が、逆に胸に刺さる。
優しい?
違う。
本当に優しい人間は――
こんな結果を招いたりしない。
ジュリアは唇を噛みしめた。
視界が滲む。
やがて、ゆっくりと立ち上がる。
その足は、わずかに震えていた。
(……私が、しっかりしなければ)
宰相の娘として。
この家の主として。
軽はずみな行動が、誰かを傷つけるのなら――
もう、同じことは繰り返せない。
だが。
ふと、脳裏に浮かぶ。
夕暮れの中で交わした、あの約束。
『……明日の夕刻、あの市場の噴水近くの木の下にいます』
『絶対に行くわ!』
――あの時の、自分の声。
あまりにも、無邪気で。
あまりにも、軽かった。
「……っ……」
胸が締め付けられる。
(行けるはずがない……)
外出は禁止された。
それだけではない。
もし、また――誰かが罰を受けることになったら?
(……私が行けば、また……)
ピナの背の傷が、脳裏に焼き付いて離れない。
それでも。
会いたい、という気持ちが消えない。
「……どうしたら……いいの……」
ぽつりと零れた声は、あまりにも弱く。
答える者は、誰もいなかった。
ただ静かに――
夕刻の約束だけが、胸の奥で重く沈んでいく。




