番外編12∶触れてしまった唇
広場を歩きながら、ジュリアはまたきょろきょろと辺りを見回した。
「あっ、アンリ!あれはなに?」
指さした先では、小さな子どもたちが屋台の前で群がっていた。
アンリはちらりと見て、短く答える。
「食べ物の屋台です」
「へぇ……楽しそう」
ジュリアは興味深そうに眺める。
だが、ふと小さく呟いた。
「でも……あの子たち、靴も履いてないわ」
アンリは少しだけ表情を曇らせた。
「珍しいことではありません」
「え?」
「街にはああいう子どもはいくらでもいます」
淡々とした声だった。
ジュリアは驚いたように言う。
「そんな……どうして?」
その言葉に、アンリの眉がぴくりと動いた。
「どうして、ですか」
わずかに苛立ちが混じる。
「あなたは本当に何も知らないのですね」
ジュリアの表情が固まる。
「……どういう意味?」
アンリは吐き捨てるように言った。
「世の中はあなたの館のように平和ではありません」
ジュリアの顔がむっとする。
「そんな言い方しなくてもいいじゃない」
「事実です」
「私は知らなかっただけよ!」
「だから問題なのです」
ジュリアの頬が赤くなる。
「もういいわ!」
怒ったように背を向ける。
「アンリなんて知らない!」
そのまま歩き去ろうとした瞬間――
アンリは思わず手を掴んだ。
「待ってください!」
ジュリアの体が引き寄せられる。
バランスを崩した彼女を、アンリはとっさに抱き寄せた。
気づけば――
互いの顔が、あと数センチの距離にあった。
息がかかるほど近い。
ジュリアの瞳が大きく揺れる。
沈黙が流れた。
ジュリアはゆっくりと手を伸ばす。
そして、そっとアンリの頬に触れた。
「そういえば……」
小さく呟く。
「私、あなたのこと何も知らないわ」
アンリの心臓が強く鳴る。
「年はいくつなの?」
「……17です」
少しだけ視線を逸らしながら答える。
それを聞いたジュリアは、くすりと微笑んだ。
「もっと年上かと思ったわ」
そして、言葉を続けようとしたその瞬間――
アンリは衝動的に、ジュリアの唇を塞いだ。
驚きにジュリアの瞳が見開かれる。
だが、次第にその目はゆっくりと閉じられた。
ジュリアの体が、そっとアンリに預けられる。
ほんの数秒の出来事だった。
だがアンリが我に返った。
はっとして、すぐに体を離す。
呼吸が少し乱れていた。
「……申し訳ありません」
低い声で言う。
視線は合わせないままだった。




