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番外編11∶街の光、館の影

「ねぇ!アンリ!あれは一体なに?」

はしゃぎながら、ジュリアはアンリの手を引いて広場を歩き回っていた。

館からほとんど出たことのないジュリアにとって、街の景色はすべてが新鮮だった。

屋台、楽器を奏でる旅芸人、人々の笑い声。

ジュリアは目を輝かせ、まるで子どものようにあたりを見回している。

だがふと、彼女の視線が路地裏へ向いた。

そこには、ぼろ布のような服をまとった人々が座り込んでいた。

家もなく、ナグラートの貧民と思われる者たちだった。

ジュリアの表情がわずかに曇る。

ほんの一瞬、目を伏せた。

その一方で――

アンリの心臓は落ち着かなかった。

握られたままの手が、妙に熱い。

(いったいなんなんだ、この人は……!)

鼓動がうるさいほど響く。

アンリは咳払いを一つして言った。

「ジュリア様、手を離してください」

ジュリアが振り向く。

「みだりに男の手に触れてはなりません。それに……ベールはどうしたのです?」

するとジュリアはむっとした顔をした。

「なによ、アンリ。“様”なんてつけなくていいわ」

腕を組み、少し頬を膨らませる。

「私たち、友達でしょ?」

アンリの眉がぴくりと動いた。

ジュリアは続ける。

「それに平民の女性はベールをつけないのでしょう?

だから私もつけずに来たの」

ジェニエットが宰相夫人となってから、ベールの慣習は徐々に廃れていた。

今では、よほど身分の高い女性でなければ身につけない。

アンリは深くため息をついた。

「こんなこと、宰相閣下に知られたら大変なことになります」

するとジュリアは、からりと笑う。

「そんな大げさな。父上は優しい人よ?

これくらいで怒ったりしないわ」

その言葉に、アンリの眉間に皺が寄る。

「それは、あなたが娘だからです」

静かな声だった。

「宰相閣下は、そんな甘いお方ではありません」

――その頃。

宰相グラヴィスの館では、騒ぎになっていた。

「ジュリアが見当たらないだと?」

低く重い声が広間に響く。

グラヴィスの前には、ジュリア付きの侍女ピナが跪いていた。

「……申し訳ございません」

ピナは震える声で言った。

「ジュリア様がどうしても街をご覧になりたいと仰って……私が外へ出るのを手伝いました」

広間が静まり返る。

グラヴィスの鋭い視線がピナに向けられた。

「つまり、お前が手引きしたということだな」

「……はい」

小さく、しかしはっきりと答える。

その瞬間、ジェニエットが前に出た。

「グラヴィス様!」

必死に夫を見上げる。

「この子はジュリアを思ってのことですわ。どうか罰だけは……」

グラヴィスは妻を見る。

その目は一瞬だけ柔らいだ。

「ジェニエット。あなたの気持ちは理解しています」

しかしすぐに宰相としての顔に戻る。

「だがこれは、情で済ませてよい問題ではない」

静かに続けた。

「主の願いに従うことと、主を守ることは違う」

そして兵に命じる。

「その侍女に鞭を」

ジェニエットは思わず夫の腕を掴んだ。

「グラヴィス様……!」

グラヴィスは小さく息をつく。

「安心してください」

妻にだけ聞こえる声で言う。

「死ぬほど打たせはしない」

そして再び冷静な声に戻った。

「執行しろ」

次の瞬間――

バシッ!!

鞭の音が中庭に響く。

ピナの体が大きく震えた。

それでも彼女は声を上げない。

(どうか……ジュリア様が無事で……)

その頃――

街の広場では。

「アンリ!見て!」

ジュリアが楽しそうに笑っていた。

自分のために、侍女が罰を受けているとも知らずに。

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