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番外編3 ∶庭園で出会った青年(後編)

ジュリアが名を告げた瞬間だった。


アンリの表情が、すっと険しくなる。


「……ジュリア」


低く呟き、じっと彼女を見つめた。


「もしやあなた様は……グラヴィス宰相のご息女か……?」


ジュリアは少し首を傾げながらも、にこりと微笑んだ。


「ええ。グラヴィス宰相は私の父上よ」


その言葉を聞いた瞬間だった。


アンリはその場に片膝をついた。


「……っ」


突然の行動にジュリアは目を見開く。


アンリは深く頭を垂れた。


「そうとは知らず、ご無礼を働きました。どうか……お許しください」


その声は低く、重かった。


「アンリ!」


ジュリアは慌てて駆け寄る。


「どうしたの?立って」


しかしアンリは礼を崩さない。


「それはできません」


静かな声で答える。


「私は、属国となったナグラート王国の第五王子でございます」


ジュリアは息をのんだ。


ナグラート王国。


その名前は聞いたことがある。


たしか――十数年前。


父、グラヴィス宰相の策略によって

ナグラート王国はブリリアント帝国の属国となった。


宮廷でも語られる有名な出来事だ。


「……アンリ」


ジュリアは戸惑いながら言う。


「属国とか関係ないわ。さっきみたいに普通に話して」


しかしアンリはゆっくりと首を振った。


「それは許されません」


短く答える。


そして立ち上がった。


「……用がありますので、これで失礼させていただきます」


それだけ言うと、アンリはくるりと踵を返した。


月明かりの庭園を、まっすぐ歩いていく。


その背中はどこか固く、遠かった。


「アンリ……」


呼び止めることはできなかった。


ジュリアはただ、その後ろ姿を見つめる。


やがて彼の姿は庭の木々の影に消えていった。


静かな庭園。


噴水の水音だけが響いている。


それなのに――


ジュリアの胸は、なぜかざわめきがおさまらなかった。


さっきまで普通に話していたのに。


どうして、あんな顔をするのだろう。


どうして、あんなに距離を取るのだろう。


そして――


どうして私は、こんなに気になっているのだろう。


ジュリアはそっと胸に手を当てた。


夜風が、静かに吹き抜けていく。


それは、まだ誰も知らない


小さな運命の始まりだった。

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