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◆番外編④◆『誓いのベール ― 若き日の皇后たち ―(前編)』

こちらの話は、ジェニエットの母・アマデル皇妃の若き日のお話です。

ガールズラブ的な要素を含みます。

雰囲気を大切にした物語ですので、苦手な方はご注意ください。

アマデル皇妃が離宮に軟禁されて、ちょうど一年が経とうとしていた。

 窓辺から見える庭には季節の花が咲き、メイドたちが淡々とその世話をしている。

 けれどその静寂は、彼女にとっては鎖と同じだった。


 そんな日々の中、唯一の光があった。

 ――ジェニエットと、その幼い娘ジュリアである。


 ジェニエットは毎日のように離宮を訪れ、娘の小さな手を引いて母の前に現れた。

 最初こそ、アマデルはその姿に顔を背けたものだ。

 かつて“皇妃”であった自分に、素直に笑いかけるその娘の瞳が、

 あまりにも澄んでいて、胸が痛んだから。


 だが、ジュリアが庭で摘んだ花を無邪気に差し出すたび、

 その硬く閉ざされた心は、少しずつほどけていった。


 「……可愛らしい花ね」

 アマデルがそう呟くと、ジェニエットは微笑んだ。

 「母上に、少しでも春をお届けできたなら、ジュリアも喜びます」


 その柔らかな声に、アマデルは小さく息をつく。

 ――春。そんな季節が自分の中にもあったのだろうか。

 そう思ったとき、胸の奥底で眠っていた記憶が、静かにざわめいた。


 「……ジェニエット。あなたに、ひとつ話をしてもよいかしら」

 「……お話、ですか?」


 アマデルは、遠くを見るように目を細めた。

 その瞳は今にも涙をこぼしそうで、しかしどこか清らかだった。


 「わたくしが、なぜ権力に執着したのか……。

 誰よりも皇帝の寵愛を求め、誰よりも高みを目指したのか。

 ――すべては、ある“約束”のせいなのです」


 そしてアマデルは、静かに語り始めた。

 まだ“皇妃”ではなく、ただの一人のメイド――

 “マデラン様のお付き”として生きていた頃のことを。


 それが、彼女の人生を狂わせた“誓いのベール”の物語だった。



---


***


 マデラン皇后は、もとは名門貴族エルディア家の令嬢だった。

 その傍らには、幼い頃からいつも一人の少女――アマデルがいた。

 アマデルは幼い頃から彼女に仕え、まるで姉妹のように育った。

 泣きたい夜も、笑い合った朝も、すべてを共にしてきた。


 そして二人が十代半ばを迎えるころ、マデランは王宮へと嫁ぐことが決まり、

 アマデルもそのメイドとして共に王都へ上がった。


 ――だが、そこで待っていたのは、運命を変える出会いだった。


 ブリリアント帝国の若き皇帝、アルバーン。

 その存在は、まるで陽光のように人々を惹きつけた。

 マデランは初めて彼を見た瞬間、恋に落ちた。


 アマデルは、そんな主の想いを見守ることに幸福を感じていた。

 彼女にとってマデランの笑顔こそが、生きる意味そのものだったから。

 ――たとえ、その笑顔が誰か別の人に向けられていても。

(ああ、私のマデラン様……あなたが幸せなら、それでいい)


 しかし、そんなアマデルに対し、マデランにはひとつの恐れがあった。

 アマデルの素顔を、皇帝に見られること。


 アマデルの美しさを、マデランは誰よりも知っていた。

 白磁のような肌、波打つ銀の髪、夜明け前の湖面のように澄んだ瞳。

 その清らかさが、いつか皇帝の心を奪ってしまうかもしれない――。


 ある晩、マデランはアマデルの手を握りしめ、震える声で言った。

 「ねえ、アマデル。陛下の前では、絶対にベールを外さないで。素顔を見られては駄目よ……」

 「マデラン様……?」

 「お願い。あなたはあまりにも美しいの。

 陛下があなたを見たら、私は……自分を保てなくなる」


 アマデルは静かに頷いた。

 「……私はマデラン様を決して裏切りません」

 そう誓ったその瞬間、二人は確かに絆で結ばれていた。


 ――けれど、運命はあまりにも皮肉だった。


 やがて皇帝はマデランを正妃に迎えたが、その愛は長く続かなかった。

 政略、義務、そして多くの側妃。

 皇帝の目は日ごとに他の女人へと向けられていった。


 マデランの心は次第に疲弊し、時にアマデルへ怒りをぶつけるようになった。

 泣きながら、叫びながら、彼女は自分の中の“狂おしいほどの愛”と戦っていたのだ。


 アマデルは、それでも傍を離れなかった。

 マデランが壊れてしまわぬようにと、ただ黙って寄り添い続けた。


 そんなある日――。

 皇帝が通り過ぎる回廊で、アマデルは急な目眩に襲われ、その場に崩れ落ちた。

 反射的に彼女を抱きとめた皇帝の手に、彼女のベールがふわりと落ちる。


 露わになった素顔を見て、皇帝アルバーンは息を呑んだ。

 そしてその瞬間、彼は恋に落ちた。


 アマデルは抵抗しようとした。

 「私はマデラン様に誓いました。決して、裏切らないと……」

 だが、皇帝の命令には逆らえなかった。


 その夜、アマデルは――

 運命に抗うこともできぬまま、皇帝の寝所へと呼ばれた。


 そして、静かにすべてが崩れ落ちていった――。



---


アマデル皇妃は、誰よりもマデラン皇后を慕っていました。

けれど皇后が想うのは、皇帝ただ一人――。

その愛の矢印が交わらないことを、二人は痛いほどわかっていたのです。


今回の前編では、アマデル皇妃がなぜ権力に固執するようになったのか――その“始まり”を描きました。


後編では、彼女が母として歩む道と、ジェニエットへと繋がる物語が描かれます。

運命に翻弄されながらも、守りたいもののために強くなるアマデルの姿を、ぜひ最後までお付き合いください✨


後編は明後日公開予定です。どうぞお楽しみに。


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