【第33話】夜明け前の誓い ― 不安と愛、そして戦の足音 ―
城の離宮に軟禁されている母上アマデルを、久しぶりに訪ねた。
かつての威厳ある姿はどこへやら、そこにいるのは弱々しく、静かに震える母の姿だった。
「母上……」
声をかけると、母は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに視線を逸らした。
(これからは、もっと母上を理解してあげよう……。これからちゃんと家族として前に進むんだ)
胸の奥で、私は決意を新たにした。
母上は静かに微笑むように顔を上げ、声を絞り出した。
「……あなたも、強くなったのね」
その言葉に私は少し涙がこぼれそうになる。
かつては母の存在が恐怖でしかなかったのに、今は理解し、受け止められる自分がいる。
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夜の宮殿に戻ると、静けさの中に不安が忍び寄る。
ナグラート王国との戦は刻一刻と迫り、明日、グラヴィスは前線へ赴く。
胸が張り裂けそうなほど、不安でいっぱいだ。
最近は戦の準備に追われ、夜遅くまで帰ってこなかったグラヴィス。
「今夜くらいは……」
心の奥で、ただ一つの願いを繰り返す。
すると、いつもより早い足音。扉が開く。
「ジェニエット」
低く、落ち着いた声。心臓が跳ねる。
グラヴィスは少し息をつき、私を優しく抱きしめた。
「最近は忙しく、中々ゆっくりできず、申し訳ありません。今夜は、ジェニエットをそばに感じていたい」
涙が止まらず、私は彼に縋る。
「ええ、私も……貴方の温もりが欲しいです。不安で仕方がないの!」
夜の静寂の中、二人は見つめ合った。
手を重ね、互いの鼓動を確かめ合う。
言葉は少なくても、伝わる温もりがある。
「泣かないでください。私は貴方を守ります」
グラヴィスの手が私の背を包み、唇が髪を撫でる。
その瞬間、恐怖も不安も、ほんの一瞬だけ消え去った。
夜は静かに更け、私たちは互いの存在に溶け込むように抱き合った。
心の奥まで触れ合い、体温と息遣いが混ざり合う。
甘く、切なく、そして確かな愛の中で、私たちは夜を越えた。
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夜が明け、空は淡いオレンジ色に染まった。
私は出兵の準備をしているグラヴィスの横に立ち、そっと手を握った。
「必ず帰って来てください」
震える声で笑顔を作る。
「私……ずっと待っていますから。私をひとりにしないでくださいね?」
彼は私の手を握り、ゆっくりと体を引き寄せる。
「必ず貴方の元へ戻ります。やっと想いが通じたのです。帰らぬわけがありません。帰ったら、二人だけの時間を過ごしましょう」
その言葉に、私は堰を切ったように涙を流した。
不安も恐怖も、愛する人への想いの前ではただの影だと気づく。
誰よりも大切な人。
私の推しで、そして今や愛するただ一人の夫。
「行ってらっしゃい……」
私は小さく囁き、彼を見送った。
その背中が遠ざかるたび、胸は締めつけられるが、信じる気持ちだけは揺らがなかった。
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そして、戦地へ向かうグラヴィスの騎馬列は、城門を抜けた。
太陽が昇る中、旗がはためき、兵士たちの足音が乾いた大地に響く。
これから訪れる戦の行方も、勝利も敗北も、まだ誰にも分からない。
ただ、今は互いの温もりを胸に刻み、未来を信じるしかなかった――。
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