【第27話】「暗夜の救出 ― 宰相の怒り ―」
夜風が肌を刺すように冷たい。月光が街路樹と邸の屋根を淡く照らす中、グラヴィスは邸へ足を急いでいた。
会議と戦争準備の疲労が体にのしかかるが、胸の奥に妙な違和感があった。
(……嫌な予感がする……早くジェニエットに会いたい……!)
門をくぐり、廊下に足を踏み入れると、邸内は騒然としていた。
衛兵やメイドの動きは乱れ、ざわめきが耳を刺す。
「何があった! 一体、どうなっている!?」
鋭い声に全員が凍りつく。
側近が息を切らし、震える声で報告する。
「……旦那様、ジェニエット様が……何者かに連れ去られた模様です!」
胸に衝撃が走る。額に血管が浮かび、瞳に怒りが宿る。
「……貴様らはいったい何のための護衛か! 帰ったら全員処罰だ! 覚悟しておけ! すぐに追う! 手がかりはあるのか!?」
倒れかけの若い衛兵がかすれ声を上げた。
「……北の古道へ…三十ほどの馬影が…あの房飾りを…」
門の柵に引っかかった銀と金の房飾り。細工は王子側随兵のものだ。
さらに近隣の見張りが報告する。馬蹄の跡が北の古道へ続き、国境方面へ。わずかな跡から人数と速度まで読み取れる。
グラヴィスは瞬時に決断する。
「行くぞ! 三隊を率い、北へ直行。追跡班は蹄跡を辿れ。この事態は誰にも知らせるな! 迅速に行動せよ!」
馬群は闇に消え、グラヴィスの怒りと直感が行動を駆り立てた。
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一方、ジェニエットは国境近くの古びた小屋で意識を取り戻していた。
薄暗い室内、冷たい風が吹き込む。見慣れない場所だ。
「……ここは……?」
背後から声が響く。
「しっ! 怖がらないでください。おとなしくしていただければ、何もしません」
振り返ると、アルフォンス王子の姿。ジェニエットは震え、後ずさる。
(アルフォンス王子!? でも…なんでここに!? 物語のシナリオ完全に破壊されてる…)
王子は近づき、低く甘い声で囁いた。
「この部屋には私たち二人だけです。兵たちは外で待っています。あぁ、貴方のせいで私はこんな状況になってしまいました…許せないと思っていたのに。貴方は美しすぎます…」
そして、ジェニエットの頭を両手で掴み口づけをする!
(いや!口が腐る! …グラヴィス様じゃなきゃやだぁ)
涙が頬を伝う。
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その瞬間、扉が蹴破られる。慌ただしい足音が小屋に響き渡る。
鬼の形相で立っていたのは、グラヴィスだった。
「どうしてここに!? 衛兵達は!?」と驚くアルフォンス王子。
「外の衛兵は皆殺しにした…貴様! 妻からその汚い手をどけろ!」と怒号を放つグラヴィス。
戦い慣れたグラヴィスと温室育ちの王子。格の違いは歴然だった。
「覚悟しろ!」
剣を振り上げるグラヴィス。
「ひぃ!」と王子が声を挙げた瞬間、ジェニエットが
「待って!殺すのはだめです。国際問題になります!」
と震えながら叫ぶ。
その姿を見て、グラヴィスは大きな溜め息をつき、剣を床に叩きつけた。
「くそっ!直ちにこの国から出ていけ! お前には人質にする価値もない!次に見かけたら殺す!」
アルフォンス王子は震えながらよたよたと這いずりながら去っていく。
とても物語のヒーローの姿には見えない情けない後ろ姿だった。
ジェニエットは心の中で思う。
(あんなことして許せないけど、殺されるのは可哀想すぎるもんね…)
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グラヴィスはジェニエットに向き直り、優しい手つきで額に触れ、口づけをする。
「遅くなって申し訳ありません。ヤツに何をされましたか?」
ジェニエットは涙を浮かべ、素直に告げた。
「……口づけされてしまいました。ごめんなさい」
怒りの鬼のような顔を整え、グラヴィスはジェニエットの肩に手を添え、静かに囁く。
「やはり殺すべきだったか……、もう大丈夫です。これからは私が守ります――絶対に離しません」
そして再び口づけする。アルフォンス王子の口づけをかき消すように、力強く、優しく、ジェニエットの胸に安心と喜びを与えた。
ジェニエットは心の中で思う。
(ああ…やっぱり私の推し、最高…♡)
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