【第11話】「庭園に差し込む想い――あの日の微笑みを胸に」(〜グラヴィス視点〜)
訓練場での一件から、私はジェニエット様に手紙や贈り物を送り続けている。
だが、公務の忙しさを理由に、直接会うことは避けていた。
──彼女の本心を知るのが怖いのだ。
彼女の笑顔が、私への好意からくるものなのか、それともアマデル妃の策略に過ぎないのか。
もし本物の微笑みなら、私はそのすべてを受け止めたい。
しかし、もし策略であるなら──それすら甘んじて受け入れよう。
公務に追われる日々の中、心は彼女のことでいっぱいだった。
そんな折、ドミニク皇子殿下から「秘密裏に相談がある」との伝言を受けた。
指定された庭園に足を運ぶと、辺りには人影ひとつない。
不審に思い、辺りを見渡していると、ふと──そこに立っていたのは、私が求めてやまない方だった。
──ジェニエット様。
その出で立ちは、いつもより艶やかで、甘く、胸をざわつかせる香りが漂う。
思わず息を呑む。
「こちらへ」
彼女は静かに手を差し出し、誘うように微笑んだ。
私は無意識のうちにその手を取り、庭園のベンチに腰を下ろす。
ジェニエット様は私の真横に座り、手を重ねてきた。
吐息がかかるほどの距離に、胸の奥が締めつけられる。
そのとき、かすかな感触──ベール越しの口づけに気づく。
唇が触れた瞬間、身体の芯から熱がこもり、心臓が跳ね上がるのを感じた。
──ああ、俺は、彼女を愛している。
彼女の微笑み、優しい仕草、そしてこの手の温もり。
すべてが確かに、私の心に響いている。
もし策略でも、それでも構わない。今、この瞬間、目の前にいる彼女は、私にとって唯一無二の存在だ。
胸の奥に湧き上がる感情を抑えきれず、
「ジェニエット様……」と手を伸ばし、
「よろしいですか…?」とベールに手をかける。
彼女は小さくうなずき、瞳を伏せた。
ベールを外すと、彼女の髪と頬が柔らかな光を受けて現れる。
気持ちが高ぶり、ため息混じりに目を閉じ、指先で彼女の顎をそっと支えた。
今度は布越しではなく、真っ直ぐに唇を重ねる。
距離はさらに縮まり、二人の間の空気は熱を帯びた。
何度も角度を変え、確かめ合うようにキスを交わす。
彼女は私にされるがまま……その従順さに、男心をくすぐられる。
しばらく唇を重ねた後、彼女は私の手を握り、微笑むと──
「怖くない……私、ずっとこうしたかったの」
と愛を告げてくれた。
まさに奇跡。
私の心は天にも昇るような心地だった。
それからというもの、私は彼女への抑えが利かなくなり、
まだ婚前であるというのに、会うたびに抱きしめ、口づけを交わすようになった。
そんな幸せな日々を感じながら執務室で公務に取り組んでいると、また彼女が訪ねてきた。
私の心は春のように満ち、両手を広げて彼女を迎える。
しかし、待てども彼女は腕の中に入ってこない。
「どうされました? 何かありましたか?」と尋ねる。
すると彼女は神妙な面持ちで言った。
「実は……お兄様たちのことでお話があります。このまま順当にいけば、次期皇帝はカーティスお兄様ですよね?」
私は(アマデル妃に何か吹き込まれたのか……?)と一瞬考え、
「はい。カーティス皇子殿下は知力も能力も優れておりますが……私の力で皇帝になるのを阻止します」
と、彼女を安心させるつもりで告げた。
だが、彼女の返答は意外なものだった。
「カーティスお兄様に害をなさらないでください」
「それではアマデル妃が……」と言いかけると、彼女はきっぱりと遮る。
「母上など関係ありません! この婚姻は父上も望んでおられますし、何より私自身が望んでいるのです。
グラヴィス様がカーティスお兄様に害を及ぼす必要はありません」
──私との婚姻を、自ら望んでいる……!?
嬉しさと驚きが入り混じる中、私は思わず微笑んで言った。
「あんなに母上に従順だったのに……しかし、貴方様がそう望まれるのであれば、私も従います」
すると彼女は嬉しそうに頬を染め、
「ありがとうございます! やっぱり大好きです」
と抱きついてきた。
その表情に、嘘偽りは感じられなかった。
私は微笑みを返しながら、
「本当に……お変わりになりましたね」
と、静かに告げたのだった。