第8話 思わぬ掘り出し物
「リュシアナ様。店主が来られました」
『世界』のカードを再び手にした日から三日後。私は正式な手続きで、あの店の経営者を王宮に呼び出した。
表向きは、カリエンテ病の調査。店主の足取りを聞き、そのルートを知る必要がある、とお父様を説き伏せたのだ。
とはいえ、簡単に承諾を得られたわけではない。だから「病に怯え、一歩も王宮の外に出ない、なんて王女としてあるまじき行為です」「引きこもり王女、と後ろ指を指されたくはありません」と訴えかけた結果、勝ち取ったのだ。
そして、内実はカードの出所の他に、目的があった。
「ミサ、通して」
私の声かけに扉へと向かうミサ。入れ替わるように、カイルが私の方へと近づいてきた。
表情は硬く、全神経をミサの後ろにいる老婆へと向けられているのか、歩みも遅い。椅子に座っている私の背後へ回った時は、思わず背筋が伸びたほどだ。
「あなたが『忘れ路の小間物屋』の店主、グレティスですね」
「さようにございます、リュシアナ王女殿下。お初にお目にかかれて光栄です」
杖をつきながらも、丁寧に礼をする姿に、さすがは元王宮付きの魔道具師だと思った。椅子に座る姿も、どこか洗練されているように見える。
それなのに、『忘れ路の小間物屋』の中は騒然としていて……あまり褒められるようなところではなかった。
まぁ、仕事ができる人でも、私生活はダメダメって人はよくいるからね。
私は驚かないけど、ミサたちは違った。怪しい人物を王宮に呼ぶことに大反対。それならば、と素性を調べた結果。なかなかに凄い経歴を持っていたことが判明したのだ。
「病から回復されたこと、心から安堵いたしました。けれど私は――……」
「この度、あなたを呼んだのは、それを咎めるためではないわ」
「しかし……」
まぁ、無理もないか。そういう名目で呼び出したのだから、ある程度の罰を受ける覚悟で来るのが当たり前だもの。
「もしかして、カリエンテ病の出所を、グレティスは知っているのかしら」
私は城下に行った時の活気を思い出した。カリエンテ病が仮に流行っているのだとしたら、あんなに人で溢れていない。それならば、どうしてリュシアナが病に罹ってしまったのか。
答えは簡単だ。彼女は魔道具師。あの薄暗い店内に、いくつか魔道具を設置していてもおかしくはない。
「そ、それは……」
「質問を変えるわ。故意に病をうつす魔道具ってあるの? 王宮付き魔道具師だったのだから、そのような希少な魔道具があるかないかくらい、当然、知っているわよね」
「っ!」
グレティスは、年齢を理由に王宮から退いた。それでも故郷に帰らず、城下に留まったのは、おそらく背後に誰かがいるからだろう。
商いを新たにするような年齢ではないことや、寂れたお店であったこと。これを考慮すれば、嫌でも分かる。被害に遭ったのがリュシアナ、ということも含めて。
「それから、城下ではカリエンテ病が流行っている、という噂を王宮に流す手腕。あなた一人でできるとは、到底思えないの」
「も、申し訳ありません」
「いいのよ。私の落ち度もあったことだから」
とはいえ、今の私にリュシアナの記憶はない。前世の記憶は取り戻したけれど、肝心のリュシアナの記憶がない以上、グレティスを言及するのは難しかった。
あの日、本当に何があったのか、はグレティスしか知らないのだ。
いや、リュシアナと、グレティスの背後にいる者との確執も含めて。
「私からも謝罪させてください」
「ミサ?」
「そこまで入念に計画されていたことも知らず、姫様を城下へお連れしてしまいました」
「頭を上げて。その謝罪は、もうすでに何度も受け取っているわ」
「しかし……」
忠誠心の厚いミサからしたら、万死に値するレベルなのだろう。本当にそうされたら困るから、謝罪を受ける度に「気にしないで」「大丈夫だから」と言っていたんだけど、ミサの中では、なかなか処理できない事案のようだった。
グレティスの顔色も悪い。背後にいるのがあの人なら、ここに来たのも、相当な覚悟があってのことなのだろう。
とかげの尻尾切りなんて、よくあることだもの。とはいえ、グレティスを擁護できる力を、今の私は持ち合わせていない。
今回グレティスをここに呼ぶことだって、お父様とお兄様は反対したのだから。
「それでも私に悪いと思っているのならば、ミサとグレティス。それぞれに頼みがあるの。聞いてくれる?」
「な、なんでしょうか?」
二人の表情に緊張の色が一気に増す。私は意地悪くクスリと笑って、まずグレティスに声をかけた。
「最初に言ったように、私はあなたを咎めるために呼んだわけではないの。その代わり、あのお店にあったカードについて教えて。どこで手に入れたの?」
それを聞いたからといって、私はタロットカードの歴史を知らないから、ここがどのような世界なのか、予測することはできなかった。
ただ分かっているのは、私がいた世界ではないことと、昔にタイムリープしたわけではないことだ。アルフェリオン王国なんて、聞いたことがない。
けれど唯一、前世の記憶と結びつくものを発見した。これを聞かない方が野暮である。しかし、グレティスの表情は優れなかった。
「お恥ずかしい話、あのカードが店にあったことを知りませんでした。そう、リュシアナ殿下が倒れられた日まで」
「殿下の前で嘘をつくのか!?」
私は手でカイルを制した。
「今の話が本当なら、グレティスはあのカードを仕入れたわけではない。そういうことよね」
「は、はい。その通りでございます」
グレティスは私の意図に気づかず、首を傾げた。その姿に思わず笑いが込み上げてくる。
「ねぇ、そのカードを私に譲る気はない?」
だって目の前に、前世と繋がりのあるものを持っている人がいるのよ。
リュシアナに危害を加えた、といっても、グレティスは主犯ではない。それならば恩情を与え、代わりにタロットカードを貰ってもいいのではないかしら。
「ですが、カードは一枚ではありません。お譲りするわけには――……」
「誰が一枚だといったの? 全部で七十八枚あるはずよ。あなたの罪に比べたら、軽いものでしょう?」
「リュシアナ殿下は……あのカードが何か、ご存知なのですか?」
「っ! なんて無礼な!?」
今度はミサが反応した。王族相手に、質問を質問で返すという愚行。しかし見方を変えれば、咄嗟に判断ができないほど、グレティスが驚いたことを意味する。
つまり、この世界にはタロットカードがない。もしくは存在自体が珍しいことを意味していた。
ふふふっ。これは……ますます欲しいわ。