第7話 見つけた
それはどうやら私の杞憂だったらしい。思いの外早く、目的のお店にやって来た。
そもそもお忍びとはいえ、箱入り王女が、王宮からかなり離れた場所に行くこと自体、難しいのだ。今回の外出もそうだが、カリエンテ病に罹った時も、お父様とお兄様には秘密で抜け出していたと聞いた。
けれど目覚めた時、ミサも含めてお咎めはなかった。おそらく、私が無事に回復したからだろう。もしもそちらに気を取られていなかったら、お小言を食らっていたに違いない。
いや、もしくはあれが通常だったのだろう。事前にミサから聞いていても、緊張と驚きの方が勝り、私も気にしている場合ではなかった。
とはいえ、ミサを処分せず、カイルという護衛騎士をつけてくれたことには感謝している。
目的のお店を知っているのはミサだけだし、そこに辿り着くまで、不慣れな私は何度か人にぶつかりかけた。その度にカイルは私を守ってくれたのだ。前を行くミサは、お店の場所を思い出すのに集中していたから、余計に心強かった。
初めての場所は、ワクワクするのと同時に、緊張感も増す。おそらく、黒いフードを目深に被っているせいだろう。
そこからほんの少ししか見えないのに、寂れたお店だと分かる佇まい。活気のある市の中でも、そこだけ異様な雰囲気を醸し出していた。
とてもじゃないけれど、リュシアナのような人物が入るお店には見えない。
「ミサ、あのお店で間違えないのね」
「はい。まだここに店を構えてくれていて、助かりました」
「そうね」
「本当に入られるのですか?」
明らかに怪しい、とカイルも感じたのだろう。普段の私なら、それに同意していた。けれど……。
「そのために城下へ来たのよ。行かないでどうするの?」
「ですが……護衛としては――……」
「分かっているわ。だからミサも、渋ったのよね」
「……はい」
今からでも遅くはない。引き返してほしい、と二人が目で訴えかけている。
でも、ダメなの。上手く言葉にできないけれど、あの場所に行け、と私の中の奥にある何かが、確信めいた声で囁いている。
「ごめんね。少しだけ私の我が儘につき合って」
目深に被った黒いフードを少しだけ上げて、二人の目を交互に見る。黄緑色と深緑色の瞳が僅かに揺れたが、私の行く手を開けてくれた。
「ありがとう」
私はその何かに突き動かされるかのように、歩を進めた。
***
寂れた外観であっても店内は、というのがよくある話だが、ここは予想通りの内装だった。あえてミステリアスな雰囲気を醸し出したいのか、照明は最小限。
天井に吊るされたペンダントライトと、ステンドグラスに覆われたテーブルランプの二種類のみ。それも淡い光を放ち、来る者を別世界へと誘っているかのようだった。
けれど店内を見渡すと、それが間違いだと気づく。奥へと進めば進むほど、本当にお店なのかと疑うような光景を目にしたからだ。
「リュシ……ではなく、シア様。まだ奥へ進むのですか?」
ミサが怯えた声で、お忍び用の名を呼んだ。それは、お父様の寵愛が国内に知れ渡っているから、だそうだ。
「……怖かったら、無理してついて来なくてもいいからね」
「それこそ、無理な話です。私から約束を破るわけにもいかないし……」
どうやらミサにとってこの状況は、敬語を忘れるほどのことらしい。
でもごめんね。あと少し、あと少しで分かりそうなの。
私はさらに突き動かされるかのように、奥へと進んだ。その間、店主らしき人物は姿を現さなかった。それもまた、ミサが怯える理由なのだろう。私にとっては好都合だったけれど……。
「あっ」
思わず声が出た。前方にあるのは、無造作に置かれた古本たち。中には地図のような折り畳まれた紙も混ざっている。間に挟まっている紙さえも、その一種だと錯覚してしまうことだろう。ましてやカードなど、栞に見えるかもしれない。
でも私には、はっきり見えた。探していたカードだと。中庭で見た、蔦の絡まったアーチの中にある女性像が脳裏を過る。
「シア様! 危ないです」
そんなミサの言葉さえも、今の私の耳には届かなかった。古本に近づき、間に挟まっているカードへと手を伸ばす。
「っ!」
カードの絵柄は、想像した通りのもの。その下に書かれた『THE WORLD』(世界)の文字もまた、私には見覚えがあった。
どこで……どこで見た? あぁ、思い出した。私の部屋だ。
リーディングの動画にハマって、占い師の真似事のようにカードを購入した。入門書を買うほど入り込んではいなかったから、ネットで占い方を調べたが、動画のようにカードを読むことはできなかった。
けれど買ったからには使いたい。使い続けたい意欲までは失せなかった。せめてもの足掻きのように、私は毎日、出勤前に一枚引いて、アドバイスをもらうようにしたのだ。
意味は出勤時に調べて、バスの中で内容を自分に当て嵌める。そんな毎日を送っていたところ、あの日は珍しく、大アルカナを引いた。それも、二十二枚ある大アルカナ、最後のカードである『世界』を引いたのだ。
最も強く、最も良い意味を持つ『世界』のカード。
目的成就。成功など、様々な意味を持つため、今日はどんな一日が待っているのだろう、と心躍らせたものだ。けれど私に待っていたのは、思わぬ事故だった。
乗っていたバスに、車が突っ込んできたのだ。それも私が座っている場所に近かったから、逃げることもできず……。
あぁ、そうか。私はあの時、死んだのか。でもなんで、リュシアナの体に?
もしかして……『世界』のカードが示していたのは、このことだったの? 成功などの他に、旅や出国、場所の移動、という意味がある。
つまりあれは……私が異世界へ移動する、という暗示だったの? 元の体を離れ、リュシアナの体に。
嘘でしょう!?